第百十話:慈悲深き殺戮者
勇者を自分達の陣営に連れて帰りたい正統人国連合の奪還部隊は、それを拒否して独立解放軍と合流しようとする慈に対し、実力行使に出る事を選んだ。
慈は十分に警告した上で、勇者の刃の光を纏わせた突剣杖を向けると、囲むように迫って来る奪還部隊に向けて撃ち放った。
宝剣フェルティリティを使っていた時は武器の性質やイメージも手伝ってか、三日月形の光の刃が飛んでいって敵と見做した対象を斬り裂いていた。
慈が今使っているこの杖は中身が仕込み突剣になっているせいなのか、勇者の刃は粒状の光弾となって飛び出した。
散弾型勇者の刃。殲滅条件は『慈に害意を持つ者』の他に『人類を裏切って魔族側と内通している者』という少し穿った内容にしていた。
(セネファス婆さんは味方の裏切りは流石にないとは言ってたけど、過去の時代で魔族派があれだけ居た事を思うとなぁ……)
拡散する致死性の粒光弾が奪還部隊の全体に浴びせられる。その一撃で、ほぼ全員が倒れ伏した。
身体中穴だらけにされて血溜まりに沈む兵士達を見て、解放軍の若者達が青褪めている。
「あー……これなら光壁型で消し飛ばした方がマシだったか」
今回は目撃者を消さなければならない理由も無かった為、死傷させても遺体が残るように配慮したつもりだった。
斬撃型の勇者の刃で殲滅した時とは違って、臓物で溢れる地獄絵図にはならずに済んだ。が、散弾型による蜂の巣状態も結構キツイと呻く慈は、奪還部隊の僅かな生き残りに目を向ける。
包囲していた甲冑の兵士は六人のうち二人が無傷。後方に控えていた非武装の隊員も一人が無傷で無事。他は奪還部隊長も含めて全滅であった。
『慈への害意』に引っ掛かったのか、『魔族側と内通する裏切り者』に引っ掛かったのか。
「なあ、ここからあんた等だけで帰れる?」
「……えっ、ぅう……あ……」
奪還部隊の生き残り達は、唐突な仲間の死に酷くショックを受けている。まともに言葉も返せない状態になっていたので、落ち着くまで少し待つ。
その間に、ルイニエナが解放軍の負傷者を癒し、十分に歩けるくらいまで回復させていた。
「おつかれ」
「ああ。というか……お前は人類の救世主なのに、同胞をあんな風に殺して大丈夫なのか?」
「あんま大丈夫じゃないけど、明確な害意を持って攻撃して来たり、そもそも裏切り者だったりする相手なら仕方ないよ」
慈の返答に、ルイニエナは「裏切り者?」と怪訝な表情で小首を傾げる。慈は、先程の勇者の刃に込めていた殲滅条件について説明した。
その実、警戒感を隠せずこちらの様子を窺っている解放軍の若者や、奪還部隊の生き残り達にこの会話を聞かせて、慈の真意を伝える目論見もあった。
勇者の刃の特性。それによる敵味方の判別法。慈の能力の詳細が語られるにつれ、今し方その勇者の刃に淘汰された奪還部隊の兵士達に裏切り行為があった事が示唆される。
「私も経験している以上、その判別法の精度に疑いはないが……もう少し威力を抑えたりは出来ないのか?」
「その辺りはもっか試行錯誤中だな」
設定した条件に触れる敵と見做して、当たれば必ず滅する力。
非殺傷設定で当てた場合は、死や殺意の気配を対象の精神に通して萎縮を狙う効果もあるが、そんな威嚇だけで止められないような相手は倒すしかない。
慈とルイニエナの会話を聞いた解放軍の斥候部隊長が、おずおずと訊ねて来る。
「あの、それでは……死んだ人国連合の兵士達は、人類の裏切り者だったと?」
「まあ半分はそうなるかな」
「半分?」
「さっきの殲滅条件は二つで、一つは『俺に害意を持つ者』。もう一つが『人類を裏切って魔族側と内通している者』っていうかなりピンポイントに絞った条件だったんだ」
『魔族側との内通』の条件に掛かっていたなら言わずもがな完全に黒。
『慈への害意』の条件に関しては余程明確な傷害の意思が無ければ引っ掛からない筈なので、かなり黒よりのグレーだ。
「あんた等とは組まないって表明しただけで、殺意に近い害意を向けて来るようなのはなぁ」
「ああ……なるほど」
人類側が一つに纏まる象徴ともなる救世主。召喚されし異界の勇者。
その存在を邪魔に思う者が居るとすれば、それは魔族側に依る者か、でなければ味方の足を引っ張り、背中を撃つ愚か者か。
正統人国連合に魔族派がどこまで浸透しているのか。或いは、閉じた組織の中でどれだけ腐敗が進んでいるのか――という所である。
「まあ、真っ当な人も居るだろうから、その内こっちから顔出しに行くのもありかもな」
まずは独立解放軍と合流だと話を締めくくる慈に、警戒を浮かべていた解放軍の若者達はひとまず納得したようだ。
それからしばらくして。落ち着きを取り戻した奪還部隊の生き残り達は、ここから何とか拠点まで帰る事にしたようだ。
「大丈夫か? 一旦解放軍に寄ってからの方が良くないか?」
「いえ……隊長の事もありますから」
廃都の宝具回収に向かっていた奪還部隊は、裏街道廃都方面の森の中で独立解放軍の少数部隊と遭遇。目的が同じく宝具の捜索だった為、優先権を巡って一戦交える。
その最中に、召喚されて来たと思しき勇者と遭遇。
勇者は独立解放軍を目指しており、正統人国連合への合流を拒否。部隊長の判断により、身柄の確保へ強硬手段に出た結果、勇者の応戦により部隊の七割が死傷するに至った。
一刻も早く戻って、これらの報告を上げなければならないそうな。
「そっか。今回の事はあくまであの隊長の独断と見做すから、連合の偉いさん達によろしく」
慈は自分からそう明言する事で、人国連合側の敵対行動をチャラにすると示した。組む気は無いが争う気も無い。
その意味をきちんと察した奪還部隊の生き残り達は、慈の配慮に頭を下げてこの場から去って行った。
仲間の遺体はそのまま放置になるが、形見となる身分証明のタグは回収していったようだ。
「埋めるくらいはしておくか」
人類の文明的な生活が破壊され、死が身近なこの時代において。
死者の冥福を祈る習慣は残っていても、急ぎの任務先で死んだ場合は埋葬までは行われない事が殆どらしい。
異世界で大量殺戮者となっても現代人の感覚を失っていない慈は、このまま森に野ざらしにしておくのも忍びないと、勇者の刃で穴を掘って埋めてやった。
躊躇なく敵対者の命を奪うかと思えば、その相手の遺体を埋葬し、弔う気遣いも見せる。
独立解放軍の若者達は、そんな慈に掴み所の無さを感じたのか、終始不安そうな感情を浮かべていた。