第百七話:魔王の後継者
召還の途中で最初に召喚された時代に放り出された慈は、そこで勇者征伐隊として廃都を巡回していたルイニエナに遭遇。
慈の知る五十年前のルイニエナから少し大人の姿になった彼女と問答をしているところへ現れた、ジッテ家に敵愾心を持つ魔族軍将校と交戦。
結果的に背中を撃たれ掛けたルイニエナを助けた形になった。
過去の時間軸で見聞きして来た情報を与えてルイニエナの信頼を得ると、この時代の協力者として仲間に迎えた。
「そろそろ村が見えて来る頃だ」
「やっとか。徒歩だと結構掛かるなぁ」
廃都サイエスガウルを発った慈とルイニエナは、裏街道を通るルートで旧オーヴィスとクレアデスとの国境に近い辺境の街カルモアを目指していた。
過去の時代では地竜ヴァラヌスに乗って移動した裏街道だが、五十年前に比べても道の荒れようが凄まじい。
今はこの道を使う者が殆ど居ないのだから当然と言えば当然ながら、後数年も放置しておけば完全に森に飲み込まれそうな勢いで草木に覆われている。
とてもまともに歩けたものではなかった為、張り出した木の枝や根っこを勇者の刃で刈り取りながら進んでいた。
「それにしても便利な能力だな、それは」
「俺もここまで使いこなせるようになったのは過去の時代で色々経験したからだけどな」
最初の頃は敵を殺す事しか出来なかったという慈は、過去の時代に戻って活動していなければ、攻撃手段以外の使い方は中々思いつかなかったかもしれないと肩を竦める。
「ところで、カルモアには何をしに?」
そろそろ目的を教えてくれないかと求めるルイニエナに、慈は軽く答えた。
「実はカルモアには特に用事は無いんだ」
「は?」
「本当はこっちじゃなく反対方向。南にあるベセスホードっていう街に行きたかったんだけどね」
「……尾行や待ち伏せを警戒してか?」
直ぐに事情を察したルイニエナが問うと、慈は静かに頷いて見せる。
廃都を出発する時、近くに人影は無かったし、生き残った駐留征伐隊の兵士達もルイニエナに味方する者達ばかりだった。
だからといって油断は出来ない。野営地に撃ち込んだ巨大光壁の殲滅条件は、ヴァイルガリンに忠誠を誓っている者や、ルイニエナに敵対する者という内容だった。
あの時は両方の条件から外れていたとしても、時間が経って心変わりをしたり、後々損得勘定で立場を変える者が出てもおかしくない。
離れた場所に居た慈とルイニエナの会話に魔術で聞き耳を立てられていた可能性もある。なので、いきなりベセスホードに向かう訳にはいかなかった。
完全に本命を隠しながら情報も拾いつつ、途中で行方を眩ませるのに丁度いい道程が、裏街道を通ってカルモア方面に向かうルートだったのだ。
「ふむ。それで、そのベセスホードには何があるのだ?」
「魔王の後継者――の手掛かりがあればと思って」
「後継者?」
「ルイニエナは聞かされてないか」
慈は過去の時間軸でカラセオスから聞いた話と合わせて、ベセスホードの孤児院に匿われていた母子の事を説明した。
カラセオスが魔王の後継者として推していた、人間と魔族のハーフの娘。
ヴァイルガリンが簒奪を起こす前。睡魔の刻に入る時期が近付いていたカラセオスが、ルナタスの街で見つけた逸材だった。
当時の魔王とも相談して、将来王宮に召し抱えようと考えていた正当な次期魔王候補である。
「四歳くらいの子供がその当時の魔王に匹敵する潜在魔力を秘めてたらしい」
「ほう、それは凄いな……異種族とのハーフには、稀にそういう力を持つ者が生まれると聞くが」
もし無事に生き残っていたなら、是非とも協力者に加えたいと慈は考えていた。この時代のヴァイルガリンも討つ事になるので、人類と共存できる魔王が必要だ。
「しかし、仮に存命だったとして協力してくれるだろうか? そもそも見つけられるか?」
そして運よく見つかったとして、こんな時代である。ヴァイルガリンの思想に傾倒するような人物になっていたりした場合はどうするのか。
「その辺りは賭けだな。イルド院長とサラが真っ当に教育してくれてれば大丈夫だと思う」
もしヴァイルガリンに傾倒するような思想になっていたなら、とっくに魔族国ヒルキエラで重用されて、首都ソーマでも有名になっていそうだという慈に、ルイニエナは納得する。
「そうか、潜在魔力……それで、彼の者の名は?」
「テューマちゃんだ」
「……なに?」
慈から件の人物の名を聞いたルイニエナが怪訝な反応を示す。その反応に小首を傾げて見せた慈は、ルイニエナから意外な言葉を告げられた。
「その名は聞いた事がある。人間軍の独立解放軍を率いているリーダーだ」
魔族とのハーフという噂もあったらしい。
「マジか」
やがて目的の村が見えて来た。街道は酷い有り様だったが、村は活気こそ無いものの、それほど寂れている様子も無かった。
この時代での目的の一つである探し人の思わぬ情報を得た慈は、村での情報収集では独立解放軍の足取りについて重点的に探った。
と言っても、村人から情報を得たのは主にルイニエナであった。
「みんなルイニエナの事、知ってるのな」
「この辺りの村にもよく訪れていたからな」
ルイニエナは五十年前の戦争が終わった後、各地の反乱や小競り合いを治めて回る独立部隊に所属してあちこちの村や集落に滞在した時に、住人達と交流を図っていたという。
他の魔族兵と違い、人間の村人に横暴な態度を取らないルイニエナは比較的信頼されていた。
そのお陰か、普通の魔族が相手なら口を閉ざされていたであろう独立解放軍に関する有力な情報も得られた。
村には半日ほど滞在して直ぐに出る。わざわざ見送りに来た村人達に、カルモアに向かうと言って出発した。
途中でルートを変える予定だが、その事は村では一切口にしていない。
「お気をつけて」
「ありがとう」
「じゃあ行くか」
慈とルイニエナが発った後、村に潜んでいた魔族軍の密偵が小さな書簡をしたため、伝書鳥に括り付けて最寄りの魔族軍拠点に放った。
内容は、『勇者と思しき人間とジッテ家当主代理が行動を共にし、反乱軍を探してカルモアに向かっている』となっていた。