第百五話:最果ての救世主
「な、なにが起こったの……」
「怪我は無いみたいだな」
未だ呆然としているルイニエナの傍に歩み寄った慈は、彼女の状態を確かめる。ハッとしたルイニエナは、慌てて立ち上がりながら慈から距離を取った。
「い、今のはなんだ……ファーナはどうなった?」
「俺の固有の攻撃。さっきの子は悪いけど消えて貰った」
「消え……? それは、何処かへ飛ばしたとかではなく?」
「ああ。実際はどうなのか分からんけどね。死んだと思って間違いない」
「死……ファーナが――」
淡々と答える慈に、ルイニエナは青褪めた表情のまま視線を彷徨わせる。
「随分ショック受けてるみたいだけど、もしかして仲良かったのか?」
「それはない。ないが……あの名門ガーイッシュ伯の令嬢が、そんな簡単に倒されるなど信じられなくて……」
ガーイッシュ家の令嬢ファーナは、征服戦争時代、第一師団で精鋭支援中隊として活躍していたフラーグ将軍の娘で、魔術士としての才能も高く、魔王親衛隊の候補にも上がっていた。
こんな辺境を監視する左遷部隊に所属している事自体おかしい、エリート士官だったのだ。
「まあ、誰でも死ぬ時は簡単に死ぬよ」
妙に達観じみた慈の返答に少し落ち着いたのか、ルイニエナが改めて問うた。
「……お前は、何なのだ」
「召喚されて来た勇者だよ。多分ここに魔族の征伐軍? が来るより大分前くらいに」
慈はそう答えながら辺りを見渡し、他に誰も様子を見に来る気配がない事を訝しむ。ファーナの爆裂魔法で結構大騒ぎした筈だが、兵士の一人もやって来ない。
「なあ、他の兵士とかは居ないのか? 割とデカい音とか響いてたと思うけど」
「ん……私達の部隊は、今は街の外に野営地を敷いて駐屯している」
廃都内で攻撃魔法などによる爆発音は珍しくないので、特に不審に思われる事はないという。ファーナに限らず、気晴らしに瓦礫を吹き飛ばしている者も居るのだそうな。
「ああ、そういう……」
「お前は、私を攻撃しないのか? ――いや、それ以前に……なぜ私や父の事を知っている?」
ルイニエナは自分が丸腰である事を思い出したように肩を窄めると、先程の疑問も重ねて問う。この勇者を自称する男は何か色々不可解だと感じているらしい。
「ん~、そうだな。とりあえず俺の事情を説明するから味方になってくれ」
「は?」
「まずはどこから話すべきか。やっぱ召喚されて来た最初の日の事からかな」
「いやいやいや、まてまてっ、味方になれとはどういう意味だ」
いきなり何を言い出すんだと面食らったように慌てたルイニエナは、思わず周囲を見渡して人影がないかを気にする。
「ルイニエナはヴァイルガリンに忠誠を誓ってないし、人類の滅亡も望んでないだろ?」
「……なぜ、そんな事が分かる」
「ヴァイルガリンの信望者だったらさっきの一撃で死んでるからな」
「え?」
「さっきの攻撃『勇者の刃』つってな、俺の攻撃は当たる相手を条件で決められるんだ」
これで敵味方の判別もできる事を説明した慈は、ファーナを消し飛ばした『光壁型勇者の刃』の範囲内に、ルイニエナも入っていたと告げる。
「敵味方が入り乱れてる中で使ったら、敵だけ消えるようになってる」
「なんだ、それは……」
あまりに都合が良過ぎる『勇者』の力に唖然とするやら呆れるやらなルイニエナだったが、慈の次の言葉に納得する。
「召喚された勇者に与えられる能力ってさ、その世界の環境に最も適したものになるらしいよ」
ここは人類が敗北し、魔族が支配する世界。魔族至上主義者が王として君臨する時代に喚ばれた人類の救世主に与えられる力だと考えれば、案外『妥当な規格外』なのかもしれない、と。
「そ、それで、私に味方になれというのは……」
「それはこれから説明する。まずは今の世界の詳しい情勢を教えてくれ」
この時代の現状について、知識が全く足りない。行動を起こすにしても、知っておかなければならない情報は山ほどある筈だ。
今の状態では何から手を付けるべきか検討さえできない。
「けどその前に、ひとまず場所を変えようか」
いつまでもこの瓦礫の廃墟に囲まれて立ち話というのも落ち着かないからと、慈は移動を促した。
老いた六神官達の最果てであり、今時代の魔族将校を初めて討ち取った場所でもある大神殿の聖域跡から歩き出した慈に、ルイニエナは戸惑いながらもついて行く。
魔族軍の士官としては、直ちに部隊の野営地に戻ってこの事態を報せるのが正しい行動だ。そう分かっていながらも、ルイニエナはこの不可思議な『勇者』から離れられない何かを感じていた。