第百一話:何かの手応え
歩行速度で移動する光壁型勇者の刃の中に収まり、一塊になって進む慈達。
新たに張り直されたヴァイルガリンの多重複合障壁も、勇者の刃に触れた部分から中和されるのは変わりないので、その穴を抉じ開けるように進んで行く。
異形化兵が何体か突撃してくるも、全て光壁型勇者の刃の領域に入った途端に身体が消滅している。
遠くから『勇者の刃を撃ち込んで終わり』には出来なかったが、勇者の刃に包まれた状態で接近して、直接当ててしまえば問題無い。
慈の宣言通り、力任せのごり押しであった。
「ええイ! コの化け物メが! コれダから異界渡りワ――」
多少の負荷はあるようだが複合障壁が易々と突破され、異形化兵もあっさり屠られて玉座のある壇の手前まで接近されたヴァイルガリンは、癇癪を起こしたように悪態を吐く。
「出来レば、コの手ハ使いたクなかっタが……!」
後がなくなったヴァイルガリンは、万が一複合障壁が十分に作用しなかった時の為にと考えておいた策を打つ。
魔法戦特化型の異形化兵が一斉に過縮爆裂魔弾を生成すると、天井や壁に向けて撃ち放った。
ほぼ自爆とも言える攻撃で玉座の間が崩壊する。
天井が崩れて上階部分の瓦礫が降って来るが、『味方に害を及ぼすモノは殲滅』の条件で発現している光壁型勇者の刃が全て防いでいた。
「無茶をしおる」
「自棄になった訳ではあるまい。気をつけろ」
それなりに歴史ある玉座の間が崩れてしまった事に、憂いを浮かべた年嵩の族長達が顔を顰めて呟くも、カラセオスが「油断せぬように」と警戒を促す。
「奴の気配は消えていない。何か仕掛けてくるかもしれん」
もうもうと舞う砂煙に覆われて視界が効かない中、ヴァイルガリンの闘志に揺らぎがない事を感じ取った前衛組の族長が注意深くその気配を探る。
その時――
「んん?」
「どうした? 勇者殿」
宝剣フェルティリティを正眼に構えた状態で光壁型勇者の刃を重ね掛けするように放っていた慈は、正面の層が薄くなった事に気付いて足を止めた。
勇者の刃と複合障壁の中和は互いに浸食し合うように相殺される為、一瞬で消えてなくなる訳ではない。
なので削る時間を考慮して歩行速度での接近になったのだが、体感で五メートル以上は余裕を持たせていた正面部分が半分近くまで削られている。
やがて煙が晴れると、崩壊した玉座の間の惨状があらわになった。
まず、玉座の間の天井は完全に崩れ落ちていて、何階層分かの上階の部屋が断面図のように覗いている。
さらに、右側の壁から向こうが広い範囲に渡って倒壊しており、外の景色――城の庭園らしき敷地まで瓦礫が続いていた。
慈達の後方の壁は健在で、控えの間やエントランスの辺りは無事のようだ。
ヴァラヌスに残して来た御者やマーロフに護衛達は大丈夫だろうかと、慈は一度後方を見やってから前方の玉座に向き直る。
そこには、光壁型勇者の刃の正面部分が削られた原因がハッキリと見て取れた。
先程の攻防で、ヴァイルガリンがドーム状だった障壁を解除して自身の周りにだけ纏った濃い目の複合障壁。
スモークガラスのようにくすんで内側が殆ど見えない、玉座の壇上だけを覆う高密度な複合障壁は、遅延光壁型勇者の刃でも中和しきれず穴を開けられないようだ。
「さテ、仕切り直シと行こウじゃないカ」
城の一部を崩した事で風通しが良くなった玉座の間。断面を露にした上階部分や、城の庭園に陣取る異形化兵から、様々な遠距離攻撃が殺到した。
相変わらず危険な過縮爆裂魔弾の他に通常の攻撃魔法だけでなく、近接型の異形化兵が瓦礫や石飛礫も交ぜて投擲して来る。
いずれも光壁型勇者の刃に防がれているが、これでは味方も光壁型勇者の刃の範囲外に出られない。
「随分と泥臭い戦いになったな」
「なんとも強引に屋外戦の舞台を作ったものだ」
絶対防御状態にある玉座のヴァイルガリンに勇者部隊とカラセオス達が肉薄し、それを遠巻きにした異形化兵が集中砲火を浴びせるという構図。
(ふーむ?)
ここまでの流れに少し違和感を覚えた慈は、一つ一つの要素を挙げながら現状を分析する。
ヴァイルガリンの複合障壁は、遠距離からの勇者の刃なら完全に無効化できていた。
近距離まで近付けば、高密度にして更に強固になった複合障壁で身を護りながら、攻撃手段である異形化兵を遠距離に置く事で、勇者の刃で一網打尽にされる危険度も下げている。
慈が円環状に放った勇者の刃を、驚異的な反応速度と跳躍力で躱している庭園の異形化兵を見るに、これがヴァイルガリンにとって正解の戦術なのだろう。
身体能力も高い異形化兵は、広い場所で使う方が安定している。狭い屋内で隊列を組み替えながらちまちまやるよりも、よほど有利に戦えたのだ。
ではなぜ、ヴァイルガリンはわざわざ不利になる城内でこちらを迎え撃とうとしたのか。
(侮りとか自尊心で墓穴掘るみたいな、頭悪そうな奴とは思えないし)
高密度複合障壁に包まれた玉座のヴァイルガリンを見上げる。
黒っぽい巨大水晶のような見た目になっている複合障壁は、玉座の少し上に浮かんでいる亀裂のような何かと連動して脈動しているように見えた。
あの亀裂のような何かが、複合障壁の展開や維持に重要な役割を果たしていると仮定するなら、そしてあの場所から動かせないのだとしたら。
「……もしかして、ここから動けないのか?」
「勇者殿?」
思わず呟いた慈は、それに反応したカラセオス達に訊ねてみる。
「なあ、あの亀裂みたいなのって、何だと思う?」
「私も気になってはいた。かなりの魔力を纏っているようだが……」
「妙な気配だよねぇ。魔力の塊にも感じられるけど、魔力を吐き出してるようにも感じるし」
魔力の感知能力が高い妙齢の女族長が、亀裂のような何かに対する違和感を告げた。何らかの魔法による生成物には違いない筈なのだが、何故か実体を感じられないのだとか。
「さっき光線みたいなのが出てたけどねぇ」
「自動で攻撃してくる砲台とかってわけでもないのか」
そんなやり取りをしている間にも、周囲から撃ち放たれる夥しい量の攻撃魔術が玉座の間と周辺を瓦礫の山に変えていく。
高密度複合障壁に阻まれて玉座の正面で立ち往生している慈達は、もはや設置型と化している超遅延光壁型勇者の刃から出られない状況。
この状態ではカラセオス達も満足に反撃できない。
「これ、もしヴァイルガリンがここから動けないんだとしたら、一旦離れて仕切り直す手もあるけど、ここで仕留めた方が良いんだよな?」
「うむ。今以上に対策を練られると厄介だし、ここで目を離すのは危険だ」
カラセオスは、生き残りの魔族兵から聞いた話と今日までに集めた情報から、ヴァイルガリンが複合障壁や異形化兵といった戦力を手に入れたのは極最近であると分析している。
「今夜の襲撃も、前魔王様に簒奪を仕掛けた時のような周到な計画性を感じない」
恐らくは、カラセオス達穏健派の水面下での動きに警戒しているところへ、勇者との接触を察知。
それを脅威と捉えたヴァイルガリンが、手に入れたばかりの力で準備不足のまま穏健派一族への強襲を目論んだ、というのがカラセオスの推察であった。
「同胞を怪物に作り変えたり、歴史も深い建造物である城をこうも容易く壊すような行動理念を持つヴァイルガリンを野放しにはしておけぬ」
今日の襲撃に便乗して加担していた一部の武闘派魔族のような、ヴァイルガリンの思想に同調する一族に呼応されては目も当てられない。
各派閥一族同士の地区間戦争など起きれば、首都の被害も深刻なものになると予想される。
「何とか今夜中に決着を付けられるのが理想だが……」
そう言って超遅延光壁型勇者の刃の中から周囲を見渡したカラセオスは、かなり厳しい現状に表情を険しくする。
「そうは言っても、この有様じゃあねぇ」
「朝まで今の状態を維持するのか?」
時折、周囲の異形化兵に向かって攻撃魔術を放っている女族長と、近接専門で手持ち無沙汰な前衛組の族長が、カラセオスの表情に応えるように言葉を紡ぐ。
「勇者殿の『ごり押し』も止まってしまったし、こうして攻撃を浴び続けるというのものぉ」
年嵩の族長も、退く為に必要な理由を挙げて退路を模索し始めた。
慈としては、このまま夜が明けるまで根競べを続けられるだけの余力もあるのだが、それをやると恐らく城を含めてこの一帯が更地になり兼ねない。
今も凄まじい威力の過縮爆裂魔弾が、光壁型勇者の刃の周りで派手に爆発を繰り返しており、まだ残っている城の壁や床を破壊している。
光壁型勇者の刃に直接当てると掻き消されるので、至近距離で炸裂するよう工夫しているようだ。爆風も衝撃波も光壁が完全に阻んでいるが、状況は決して楽観視できない。
この我慢比べのような戦闘を朝まで続けて、半壊したソーマ城を首都の民に曝す事になれば、様子見していた各地区の一族にも動き出す者達が出て来る筈だ。
それらが皆ヴァイルガリン打倒に動けば良いが、この事態を引き起こした現魔王とカラセオス達双方に敵愾心を持たれる危険がある。
ヴァイルガリンとは別の思惑で、漁夫の利を狙った日和見組が、手薄になっているカラセオス達穏健派組織の地区に襲撃を仕掛ける等という泥沼に陥る可能性さえあった。
統一国家としての地盤が十分に定まっていない、魔族国が抱える問題点。カラセオスもそれが分かっているので、作戦の続行を強固に主張する事が出来ないでいた。
ともあれ、戦いを続けるにせよ退くにせよ、慈の力が必須なのは変わりない為、最終的な判断は勇者慈に委ねられる。
「今日の戦いでここまで有利に来られたのも、今現在我々が無事で居られるのも貴殿のお陰だ」
「我等は勇者殿の決定に従おう」
届かない範囲攻撃魔法の爆発音に包まれる中、カラセオスを始め穏健派魔族の族長達は、そう言って慈の裁量に全てを託した。
「そこで俺か~」
光壁型勇者の刃を重ね撃ちしながら慈が振り返ると、アンリウネ達六神官の皆にシスティーナやパークスも頷いて応える。
一つ息を吐いて高密度複合障壁に包まれたヴァイルガリンの居る玉座に向き直った慈は、その上に浮かぶ黒っぽい亀裂のような何かに意識を向ける。
(やっぱりアレが気になるな)
城を半壊させてなお継続される、ヴァイルガリンのほぼ捨て身に近い爆撃のような攻撃。
ここまで追い詰めているのに、もうほんの数メートル先の玉座に鎮座しているヴァイルガリンに、あと一歩届かない勇者の刃。
「まあ退くにしても、今やれる事を全部やってからだな」
慈は、宝剣フェルティリティを大上段に構えた。超遅延光壁型勇者の刃は意識だけで身体から発し、宝剣の白い刀身に光を集める。
収束する光の刃は二倍、三倍とその刀身を伸ばし、光壁型勇者の刃を突き抜けて約八メートル近い光の大剣となった。
巨大な光剣を掲げる勇者シゲルに対抗してか、玉座のヴァイルガリンを覆う高密度複合障壁が更に色を濃くする。黒くくすみ掛かっていた障壁は、内側が完全に見えないほどの漆黒となった。
(向こうからはこっち見えてんのかな?)
慈はそんな事を思いつつ、振り翳した光の大剣で玉座の上に浮かぶ亀裂のような何かを狙う。
超高密度複合障壁内のヴァイルガリンは慈の動きに気付いていないのか、はたまた亀裂のような何かを狙われても問題無いのか、特に防ごうとするような素振りは見せない。
女族長が実体を感じられないとも言っていたので、そもそも物理的に干渉さえ出来ない幻影のようなモノかもしれないが、ヴァイルガリン攻略の糸口になりそうな事は全て試す。
「とりあえず、ていっ!」
巨大光剣の先が亀裂のような何かに重なった。瞬間、光剣の先端部分から三分の一ほどが飲み込まれた様に消失。しかし、慈はその消えた先端部分から奇妙な手応えを感じていた。
(ん? 何か斬ったぞ?)
その時、ヴァイルガリンの狼狽するような声が響いた。
「「な、なニをヤって――何故ちゃんト防がナ――今のハ我のせいデハ……! ソもソも敵に手ノ内を喋ルなど! 目を離スなど油断ガ過ぎル!」」
二重にブレて聞こえるそれは、まるで自分自身と言い争いをしているようであった。