貴方の命
楽しんで頂けると有り難いです。
葉田葉太はソファーに座って俯いていた。
ここは病院の待合室。葉太がおっぱいスマホケースの付いたスマホを、指先で弄りながら思い出すのは数分前。
葉太と、千歳の両親の前に立っていたのは中年の男性医師だ。千歳の両親のに向かって口を開いていた。
「志摩千歳さんは先天性心疾患を患っていらっしゃりましたね。それによって、人工弁などを用いた治療などもしていましたよね?」
せんてんせいしんしっかん?医師の口から出てくる言葉があまり理解できない。
「はい、そうです。」
そう答えたのは、葉太が「おやっさん」と呼んでいる千歳の父親だ。家族ぐるみの付き合いだったので、千歳の両親とも、葉太は親しかったのだ。
それに続けるようにして、葉太が「おばさん」と呼んでいる千歳の母親が身を乗り出し、
「でもそれはっ、もう治療してとっくに治ったはずなんです!!」
必死に訴えかけるようにおばさんは医者に言った。
それを聞いた上で医師は慎重に言葉を紡ぐ。
「はい、その様ですね。しかし、千歳さんの心臓は成長と共に形が変わってしまっています。
非常に申し上げにくいのですが、残念なことに、現状では千歳さんが彼女自身の(・)心臓で(・)生きる事ができるのはあと半年といったところだと考えられます。」
千歳の命があと半年?え?何。誰のこと?分からない。
千歳のこと?なのか。
何でそんな突然?
医師の言葉に、誰もが言葉を失った。
言っている意味を理解した上で、わけが分からなかった。
千歳があと半年で死んでしまう?そんな事をすんなりと信じられるはずがない。理解できない。
さっきまであんなに元気だったのに。そんな−−−−
事態を理解できない、否、理解したくない。
そんな葉太達に医師は気の毒そうな表情を浮べている。
「千歳さんは今はお休みになって居られますが、もう少ししたら目を覚まされると思われます。病室で待ってあげといてください。」
そう言って医師が去っていったのが数分前、それっきり誰も動けずにいた。
もちろん会話も一つも無かった。ただ、おばさんのすすり泣く声だけが、やけに静かに響いている。
「病室に行ってきます。」
そう言い、立ち上がったのは葉太だった。病室に向かって歩き出す。
そんな葉太におやっさんが声をかける。
「悪いな、葉太くん。何も伝えてなくて。」
それは千歳の病気についてだろう。その言葉に、葉太は振り返りながら答える。
「気にしてませんよ、誰にでも話せるような事じゃないですから。こちらこそごめんなさい。今日僕が千歳を連れ出したばかりに、こんな事に−−−−。」
「こればっかりは、誰も悪くないんだ。誰も」
そう言っておやっさんはまた俯く。おばさんは泣きじゃくってハンカチで顔尾を覆っている。
葉太は病室に向かって歩き出そうとして、立ち止まった。おやっさんに尋ねる。
「千歳には、この事は−−−−?」
病気の事を、余命の事を伝えても良いのだろうか?
「もし聞かれたら正直に話してやって欲しい。隠しても良い事はないから。辛いことばかり任せてすまない。でも、今は、私達も混乱しているんだ。」
本当に辛く、申し訳なさそうにおやっさんが声を絞りだすようにして答えてきた。
「分かりました。」
そう言って葉太は再び病室に向かって歩き出した。
病室に着くと、千歳はまだ寝ていた。
さっきまで苦しそうに悶えていたとは思えない程、穏やかな顔で寝息を立てている。
葉太は千歳の寝ているベッドの横に置いてある丸イスに腰掛けた。
頭が、いや、心が現実に、状況に、追いつけていない。
千歳の手を握る。
可弱い女の子の手だった。死という運命を背負っているとは思えない、細く小さな手だった。
千歳の顔を見て、再び俯く。
「嘘、だろ?千歳」
そんな、葉太の目から涙が零れた。
1つ2つと増えていった涙はもう止まらなくなった。涙腺がバカになっている。
頭の中をめぐる、千歳との思い出。何よりも尊く、愛おしく、守りたいと思った笑顔が心を深く削っていく。
「よーた?」
声が聞こえた。バッと顔を上げる。
千歳が葉太の方を見て微笑んでいる。
「ちと、せ?」
葉太は千歳の頬に触れる。
その手が、温かい、優しさを感じた。千歳はここに生きている。当たり前のことが今は救いだった。
「心配かけてごめんねよーた。もう治ったと思ってたんだけどなぁー。黙っててごめんねよーた。私ね実は−−−−」
焦るように話す千歳の言葉を遮る様に葉太は言った。
「言わなくても分かってる。医者から全部聞いたよ。」
本当は、分かりたくない。
「他に何か言ってた?私の病状について。」
千歳の病状?
「いや、何もっ」
葉太は反射的に否定してしまった。
おやっさんから、話してやって欲しいと言われていたのに。
でも、でも、この、余命半年という言葉は、千歳には重すぎると思った。
そして僕にも重過ぎた。
いやだった。自分の口からこんな事言いたくなかった。
しかし、そんな葉太の嘘も千歳には通用しない。
「私のために嘘をついてるのは、分かる。でも、よーたが抱え込まなくて良い。だから、本当のことを教えて?ねっ?」
「ちと、せ。こんなこと僕も信じたくなんかない!今も信じてない。
でも、ほんとの事なんだ。理解はしてるんだ。
千歳は、千歳の心臓では、あと半年しか生きれないって。医者がそうやって言うんだよ」
そう言うと葉太はまた泣いた。この言葉は千歳にはもちろんの事、葉太にとっても辛いものだ。
こんな時、千歳の方が怖い筈なのに、そんな千歳の目の前で泣く自分がたまらなく情けなかった。
「よーたは私のために泣いてくれるんだ。嬉しいな。そこまで本気で泣いてくれるなんて、嬉しいな。」
何言ってるんだよ。
「当たり前だろ!僕は、僕は千歳の事が何よりも大切なんだ!誰よりも好きなんだ!!愛してるんだっ!千歳だけ居たらいいそう思ってるのに何で、何で−−−−−−−−。」
千歳への想いが葉太の口から溢れでる。
「好きなんだ!ずっと一緒がいいんだ!愛して、−−−−いるのに−−−−」
好きなんだよ。一緒がいいんだよ。
ただそれだけを言い続けていた。
「よーたが私のことを女の子として好きなのはずっと知ってた」
愛する人からの言葉に、葉太は驚く。涙で濡れた顔を千歳に向ける。
そんな葉太の口から間の抜けた声が漏れる。
「でも、その気持ちに私は応えれない。」
「・・・うん」
葉太の想いに対する返事だろうか?こんな話、ほっとけばいいのに。今は返事なんてどうでもいいのに。
そしして、そんな返事は分かりきっていたし今は、今の葉太には、千歳の気持ちなんてどうでも良かった。
それよりも、それよりも今大事なことは、ただ一つ。
「千歳が僕を好きじゃなかろうと、僕には関係ない。
僕は千歳のことが好きだ。だから絶対に死なせたりしない。
なんとしてでも千歳を助けるよ。」
そう言って千歳の手を強く握る。
そう、死なせない。
医者でもないし、魔法も使えない。でも
助けたい。助けて見せる。
涙は止まっていなかったが、葉太の目には力強い意志が宿っていた。
と、ちょうどそのタイミングで病室のドアが開いた。
「お父さん、お母さん」
千歳の両親が部屋に入ってきたのだ。それと同時に葉太は立ち上がる。
「千歳、おやっさん、おばさん。また明日来ます。」
そう言って葉太は病室を出た。
待合室に置きっぱなしだった、千歳に買ってあげた服を持って病院を出る。
冷たい秋の夜風が頬に当たる。葉太は泣きながら家へ帰った。
走った。走った。
帰りの電車でも人目を気にせずに泣いた。
走った。走った。
でも、家についても涙は止まらなかった。
空っぽの自室に泣きながら崩れ落ちる。
こんな世界に神がいるとすれば、そいつはあまりに非情だと思った。
泣き崩れた葉太は泣き疲れて、そのまま眠りに入ったのだった。
葉田葉太は夢を見ていた。
中学一年生の頃の夢だ。
幼稚園の頃から仲が良かったが、小学校が分かれてしまった千歳に再会をしたのもこの頃だ。
しかし、当時、千歳はいじめに遭っていた。
リーダー格の女友達の好きだった男子が千歳に告白してきたのだ。千歳は友達の好きな相手だったし、別に好きでも無かったため断ったが、泥棒ネコ的な扱いを受けていじめられていたのだ。
それを止めたのが葉太だった。昔から好きな相手が、いじめられているのだ。葉太が黙っているはずが無かった。
ある日、葉太は千歳をいじめていたリーダー格の女子を殴ったのだ。鋼の心を持った男女平等主義者の葉太は、相手が女子でも手加減をしなかった。
ブスに存在価値はねぇ!!と言いながら相手の顔に痣ができて顔面がボコボコになるまで殴った。
世間から見ると、葉太はいじめっ子と同等ぐらいにゲスい言動をしている。だが、葉太にとっては千歳を守る事だけが正義だったため、どう見られようと、どうでも良かった。
その後、千歳は葉太や成瀬、琴美と一緒に過ごした。
千歳の楽しそうな笑顔の数々が思い出される。
そんな千歳に恋しながら、葉太はいつもそんな千歳の横顔を見ていた。
ハッと目が覚める。随分と懐かしい夢を見た。
のっそりと起き上がると、葉太は部屋の隅に座り込んだ。
「色々とあったよなー」
もう戻れない、時間。
だが、戻れないだけでなく時は、進んで行く。
千歳の命を削りながら。
着々と。
志摩千歳は病室の窓から月を眺めていた。
思い出すのは中学生時代。いじめられていた自分のために非難を浴びながらも助けてくれた葉太。
私はその時からずっと葉太のことが好きだった。
その後、葉太が転校するような頃には、みんなが千歳は葉太のことを好きだ、ということを知っていた。
でも、肝心の葉太だけは気付いて無かった。
次、葉太に合う事があったらこの気持ちを伝えよう。
そんな時、葉太に再会したのだ。
でも、あっという間にこんな大変な事になってしまった。
自分の病気は恐らく良くない。
だから、伝えようと思っていた気持ちも胸の奥に仕舞っておいた。
葉太と恋人になった後に病状が悪化したら、葉太を余計悲しませる。
だから、千歳は自分の気持ちに嘘をついて、葉太をフったのであった。
「あんな頃が懐かしいなー」
月に照らされる病室のベットでそう独り言を漏らすと、千歳は目を瞑った。
その目から涙の粒が一筋の軌跡を描いた。
読んでいただきありがとうございました!
アドバイスなどがありましたらどしどし頂けると有り難いです。
次回も楽しんで頂けると嬉しいです。