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君の命に値段が付いた  作者: あいまいもこ
4/5

想い


楽しんで頂けると嬉しいです。







 葉田葉太は焦っていた。時間。そう、時間が無いのだ。

 今日は千歳とのお出かけの日。自動改札にカードマネーを叩きつけ、改札を全力疾走で通過。東口に向かい、またもや全力疾走。待ち合わせ場所はブロンズ像少女。

 赤い靴の少女像を右手に見ながら、土曜日という事もあり、混雑する人混みを掻き分けながら進む。


 やっと見えてきたのは、ブロンズ像少女の足元で小さな本を一生懸命読んでいる千歳だ。


「ごめん志摩、待たせた!」


 千歳は本から顔を上げると不機嫌そうな顔になる。


「よーたの将来のために言うけど、女の子待たせるの良くないよ」


「ごめん志摩。返す言葉も無い。」


 そして葉太は千歳の方をもう一度まじまじと見る。ショートカットの濃い茶髪を左だけピンで留めたかわいい顔。

 白いニットにウーロンのケープ、アクバールでピンヘットストライプのインバーテッドスカートの裾にはクロッツェレースがあしらわれてる。ガンビアンのムートンブーツを履いて、手にはアパッチグリーンのエンベロープバックというなんともオサレな恰好。


 ついつい見惚れてしまった。ハッと葉太は千歳の顔を見た。見惚れすぎて変に思われただろうか?

 千歳は、?という顔をしている。


「お化粧してきた方が良かった?」


「いやっ、そんなこと無い。むしろ化粧してないほうがカワイイ!いつも思うんだが化粧の必要性が僕には分からない。普通に可愛いのに化粧したら違和感があるだろ?変に白すぎる肌とか、色が鮮やか過ぎる口紅とか!化粧するのは若さを失って誤魔化しきれない程になった人だけで良いんだ!」


「そ、そう。凄いアツイね。昔からよーたは見た目に固執するよねー。見た目じゃなくても、きれいなものはあるのに。」


「志摩は見た目がいいから別にいいだろ?見た目以外気にしてもらわなくても。」


「昔もそんなこと言ってたねー。それより、スマホ持ってきた?」


「お、おう。じゃあ行こうか。」


 葉太はバッキバキのスマホをポケットから取り出すと千歳と一緒にケータイショップに向けて歩き出す。



 ケータイショップに着くと、葉太と千歳はケータイを見て回った。千歳はこれ可愛いんじゃない?と、スウィートハートカラーのスマホを指差す。


「ちょっと女の子っぽくない?」


「別に良いじゃん。」


「じゃあこれにしようか。」


 そう言って葉太は、その可愛らしいスマホのパンフレットを持ってカウンターに向かおうとして、


「なあ、志摩。手続きに時間かかるだろうからどっかで暇潰ししといて良いよ。」


「別に良いよ。」


 分かった。そう言って葉太は千歳と一緒に手続きをしにカウンターに向かった。お店の人は営業スマイルを浮かべたあと、ニヤニヤして恋人ですか?と聞いてくる。


「そうです。」


「違うでしょ!」


「そうだな。まだ恋人では無いな。」


「まだって何よ。まだって」


 そんな二人のやり取りを見て、うふふっ、と笑うお店の人にぶち壊れたスマホを渡す。


「使ってたスマホがバキバキになっちゃったので、新しくしようと思って。」


「まぁ!落としたりしたんですか?」


「いえ、彼女に浮気がバレまして。勢いで、ほら、こう、ね?バキッとされまして。」


「だから付き合ってないでしょ!」


 隣で手続きをしていたお客さんが、吹き出してクスクス笑っている。


「それで実は、ここにいる彼女のアダルトな写真がこのスマホに入ったままなので、データを移してもらいたいんです。」


 ちょっと!と言いながらも否定しない千歳を見て、周りが鎮まり返った。横を見ると、さっき吹き出していたリクルート感のある人と目が合った。お前それマジかという目をして葉太を見ていた。


 いや、これ冗談じゃないですよ。




 「いっつも思うけど、よーたの心臓どういう造りしてるわけ?普通あんなこと言う?」


「ジョークよジョーク」


 1時間ちょっとかけて手続きを済ませた葉太は街の通りを歩きながら千歳に怒られていた。


「私ほんと恥ずかしかったんだから」


「僕は鋼のハートを持った強い漢だからね。あのくらい造作無い。」


「昔から人の目を気にしないフシはあったけど、ちょっとは変わってくれないと困るんだけど。」


「あっ、そうだ。あそこの雑貨屋行っていい?スマホのケース買いたいんだけど。」


 そう言って雑貨屋を指差す葉太に千歳は機嫌悪そうな顔をしながらも、良いよと言う。


「ありがとう。隣の服屋と繋がってるから、志摩は服でも見てろよ。昔からお洒落だっただろ?」


「うん」


 そう言って千歳は隣の服屋の方へ歩いて行く。それを見て葉太はスマホのケースを探しに雑貨屋の奥へ向かった。


 葉田葉太は、迷っていた。2つのスマホケースを両手に持って。

 右手にはおっぱいがついたケース。左手には日の丸弁当のついたケース。スマホに付けたときに画面の背面が、おっぱいなのか、日の丸弁当なのか。


 迷う迷う。迷い迷い迷い、迷ったので、両方買うことにした。


 レジに持って行き、女性店員の反応を楽しむ。軽蔑の視線を向けられたが、じゃあ売るなよと言ってやりたい。


 無事会計を済ませて、踵を返すと、千歳がいる服屋へと向かう。千歳を探していたところで、後ろから声をかけられた。


「ごめんよーた。探した?」


 振り返ると小さな袋を手に持った千歳がいた。


「いや、ちょうど探し始めたとこ。」


「はい、これあげる。」


 そう言うと千歳は、手に持った袋を葉太に渡してきた。ありがとうと言い受け取る。流石に店内で袋から出すわけにはいかないので千歳と一緒に店の前のベンチに腰かける。


 小さな包みを開けると、中にはキラキラと光るキーホルダーが入っていた。


「これは?」


「ダイヤモンドのストラップ。ケータイに付けたら。」


「え、ダイヤ?」


「そんなに驚かなくていいの。ダイヤモンドって言っても小さくて形が良くない物は別に高く無いの。それも砂粒ぐらいのサイズのダイヤを散りばめてあるだけなんだから。」


「いや、めちゃくちゃ嬉しいんだけど。ありがとう。」


「そこまで喜んでくれるとは思ってなかった。ほら、よーたって4月生まれでしょ?4月の誕生石はダイヤモンドなの。だから私ともお揃い。」


 そう言うと、千歳は自分のケータイに付いたキーホルダーを葉太に見せてくる。葉太は心の中で歓喜の声をあげた。好きな相手とお揃いのキーホルダーとか、嬉しすぎる。


「志摩。僕は志摩にスマホケースをあげよう。」


 そう言って葉太はさっき買った、おっぱいスマホケースを千歳に渡す。


「よーたはこんなに恥ずかしいスマホケースを女の子に渡すの?よーたの将来が本当に心配なんだけど。」


「いや、それも手で揉んでると心地良いんだよ!揉んでみ!」


「しないわよそんな事!」


 はぁーーー、と千歳は露骨にため息をつく。


 それならば。


「じゃあ、こっちあげるよ。」


 葉太は日の丸弁当のスマホケースを袋から出す。


「何で2つもケース買ってるのよ。しかも両方変なの。よーたちょっとセンス変わってる?」


「受け取ってくれよ。どうしても志摩に貰ってほしいんだ。きっと気に入るからさ。」


「そこまで言うんだったら貰うけど。もう私ケース付いてるよ?」


「部屋にでも飾っとけよ。美味しそうだし。」


「まぁ、うん、ありがと。」


「そう言えば千歳。なんか欲しい服あったか?」


「あったけど、お金がないの!」


「じゃあ僕が買ってあげよう。」


「いいよ、高いし。」


「そう遠慮するなって。僕の総資産いくらだと思ってるんだ?」


「知らないよそんなの」


「百二十一万七千八百六十六円だ。」


「ひゃくにじゅういちまんななせんはっぴゃくろくじゅうろくえん?そんなお金どうしたの?」


「田舎で、時給800円のバイトを週5日で2年半続けてきたんだ。そのくらいの額になるだろ。」


「へぇー、結構コツコツ頑張ってるんだ。」


「そうだ。だから今日は、志摩との再会を祝うと共に、黒のレースの盗撮と諸々のセクハラへのお詫びの気持ちも含めて僕が買ってあげよう。」


 そう言うと、葉太は千歳の手を引いて再び店内に入る。


 1時間弱、千歳に試着させまくった挙句に4着ぐらい買ったのだった。


「よーた、こんなにたくさん悪いよ。後でちゃんとお金払うからね。」


「僕は、この日のためにバイトしまくったんだ。人の幸福なお金の使い方は、誰かのために使うことだ!っていうふうに科学的に証明されてるんだ。だから僕は、今、幸せが最高潮なわけ。分かる?」


「う、うん。分かった。じゃあありがたく貰うね。」


 そう言いながらも少し申し訳無さそうな顔をしている千歳に言う。


「そう、それがベストアンサー。それよりお茶でもしない?」


「よーたの奢りじゃないなら良いけど。」


「まあいいや。じゃあ割り勘ということで行きますか?」


 そう言って葉太は千歳と共にレトロな喫茶店に入る。二名席に向かい合って座ると、千歳は紅茶、葉太はコーヒーを注文する。


「よーたは彼女とかあっちにいないの?」


 あっち、とは恐らく転校してた田舎のことだろう。千歳の口から出てきた恋愛関係の話題に葉太は内心ビビリながらも答える。


「彼女持ちの奴が転校先の女の子連れ回してたら最低だろ?」


「まぁ、葉太のことを好きになる変わり者は田舎にもいないか。」


「田舎には可愛い子がいなかったからね。田舎だけに。」


「やっぱりよーたは見た目ばっかり気にするよね。うちの中学でも、葉太とは付き合いたくないってみんな言ってたよ。」


「そりゃあ、僕はカッコよくないからな。でも、一瞬だけ琴美からのラブレターを貰ったことがあるけどな。」


「そういえば葉太はまだあの事聞いてない?」


「どの事?」


「琴美と成瀬が付き合ってる事。」


「は?」


「やっぱ聞いてないんだ」


 世那琴美とはこっちに帰ってきてから一度も会っていないが、葉太や千歳の仲良しグループだった。


「それはそうと千歳ってすごいかわいいな、そう思わない?」


 謎の話題転換。


「そんな問いかけされて私はなんて答えたらいいの?」


「その通り、って言えば良いんだよ。」


「よーたは私を困らせる。」


「迷惑?」


「別に迷惑じゃない。よーたほど何でも話せる相手はいないから」


「そりゃどーも」


 そう言いながらも、葉太は落胆していた。何でも話せる相手、とか異性として意識されなさすぎでは無いだろうか。

 そんな事を葉太が考えていると、千歳のお腹がぐうぅー、と鳴る。


「腹減ったな。なんか食おうぜ。」


 そう言って葉太は、恥ずかしそうに頬を染めている千歳にメニューを手渡す。千歳はそれを受け取ると、ドリアを注文した。ちなみに葉太はナポリタンだ。


「こういう店のナポリタンって美味いんだよねー。」


「じゃあ私も、ナポリタンにすれば良かった。」


「少し分けてあげるから心配すんな。」


「ありがとう」


 葉太と千歳が昔のことについて話していると、料理が運ばれてきた。葉太のナポリタンには半熟卵がのっており、それを崩し、麺に絡めて食べるのだ。それを羨ましそうに見ながらドリアを食べている千歳に言う。


「千歳は食べてる所もかわいいなー。」


 千歳は少し頬を染めながらも、「いつも調子のいいことばっか言って」と言っている。


 正直、千歳とのこの関係は心地いい。だがそれではダメだと思う。葉太が本心からかわいい、と言っても千歳にとってそれは冗談でしかない。


 それを葉太も分かっているから、他の人には恥ずかしくて言えないような本心もたくさん言える。


 この関係をなんと呼ぶか葉太は知っている。『友達』だ。

 だが、葉太が千歳との間に求めているものは『恋人』なのだ。


 この後、葉太は千歳に告白する。そうすれば嫌でもこの『友達』という関係は瓦解する。

 『恋人』という関係になるのか、『愛を求める者と求められる者』という関係になるのか、またはそれ以外の関係になるのかは解らない。


 ただ一つ解っていることは、もう『友達』ではいられなくなる、ということ。


 だが、葉太は『恋人』になりたい。

 だからこの気持ちを伝える。今日が終わってしまう前に。


「よーた、ボーとしてるよ。考え事?なら良いけど、体調とか悪くない?」


「大丈夫だ。性格は悪いけど体調は悪くない。という事で、あーん」


 そう言うと葉太はフォークに絡めたナポリタンを千歳の口に運ぶ。


「え、よーた恥ずかしいよ。」


「いいじゃん誰も見てないし。」


「じゃ、じゃあ。あーん」


 そう言うと、千歳は恥ずかしそうにしながら葉太が差し出したナポリタンを食べる。


「どう?」


「おいしい」


「千歳はかわいいね」


 そう言いながら、葉太は千歳の口に付いたケチャップをナプキンで拭き取ってやった。


 その後も楽しく話しながら、葉太は千歳との最後の『友達』の時間を謳歌した。


 その時はそのつもりだった。『友達』という関係はもう最後だと思って疑ってもいなかった。




 食事を終えた二人は駅へ向かって歩いていた。

 月が夜の街を優しく照らす。


「そういえば志摩。大学入試の勉強は良かったのか?」


「うん、今日は息抜きのつもりだったから。よーたと久しぶりに遊べて楽しかった。」


「僕もだよ。」


「ふふっ」


 楽しそうに笑う千歳を見ながら葉太は思った。言うなら、好きだと言うなら、


「なぁ、志摩。」


 この気持ちを伝えるというなら『今』しか無い、と。



「なに?よーた。」


 千歳が振り返る。


「僕は志摩が、−−−千歳が」


「志摩千歳のことが−−−−−−」


千歳の目を見つめる。この、気持ちを−−−−。



「うっ、ううぅっ!」



「ーーーーーーーーっ!?」


 何事かと思った。苦しそうに胸を押さえてうずくまる千歳の姿を見た時は。


 千歳に買ってあげた服の入った紙袋を地面に落として葉太は駆け寄った。


「どうした!!千歳っ大丈夫か!?千歳!!」


 うずくまって悶える千歳からの返事は無い。そう、そうだ救急車!!


 買ったばかりのスマホをタップしてかける電話先は119番。


「もしもしっ横浜駅東口で人が倒れました!救急車を、救急車をお願いしますっ!!」


 スマホを放り投げ、千歳の横にしゃがみこむ。苦しむ背中をさすりながら声をかける。


「千歳!!、大丈夫だ!!いま救急車を呼んだからっ!!」


「う、ううっ!」


 周りなんか見えてなかった。見えていたのは苦しむ千歳の姿だけ。


 今でも、なんにも覚えていない。思い出せるのは、近付いて来る救急車のサイレンと、地面で瞬く、ダイヤの輝き。


 読んでいただきありがとうございました。

 アドバイスなどがありましたらどしどし頂けると有り難いです。

 次回もぜひよろしくお願いします!

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