第壱話 ぱっとしない自己紹介と浸透の始まり
超能力。それには一生に一度、誰でも憧れた事があるのではないだろうか。
空を飛ぶ。触れずに物を動かす。瞬間移動。時間の支配。炎を創り、自在に操る、等。
だが、どんなに憧れてもどんなに願っても、冷酷な現実を突きつけられ、やがては諦める。しかし、皆様に約束しよう。この物語は、いや、すでにこの世界には超能力が存在している事を。
――さぁ、少しだけだ。少しだけ超能力をするとしよう
♢♦♢♦
「おーい、朝だぞ。いい加減に起きろ!」
心地の良い暖かい布団の中と言う暗闇で、与えられた使命をまっとうしていた俺を俺の父親こと、上郡誠が邪魔をしてくる。
「今おきるからー!もうだいじょうぶだって!だから、部屋を出ていってくれよー」
何が大丈夫なんだろうと、心の中で自分にツッコミながら親が出てってくれるのを待ってみる。
しかしながら、一向に親父は部屋を出て行ってくれる様子を見せない。
それどころか俺のかぶっている布団に手をかけ、引きはがそうとしながら、
「お前は、ほっといたら絶対寝ているだろ!!」
「いやまって、まって、すぐ起きるからー」
布団を引っ張り返す俺。
「お前、絶対起きんだろ!何年お前の父親をやっていると思っているんだ?」
親父がさらに布団を引っ張る。
関係のない話だが、今年高校二年になる俺の身長は平均を下回っている。
だが中学3年生の時必死に頭も体も鍛えたので、親父との布団の引っ張り合いで簡単に引っ剥がされることは無くなった。
もっとも、頭の方はあまり変わらないけれども。
「早く起きろ、じゃないと入学式に遅れるぞ?また中学の時や高一の時みたくぼっちになりたいのか?」
「…っ!」
――なッ!今親父はなんて言ったんだ?今日が入学…そ、そうだ、思い出した!昨日の夜、今日のためにいつもより二時間も早く寝ようとしたが、寝る前にまず初めて会った人たちとどう会話していくかを頭のなかでシュミレーションしていたらつい二時間前くらいに寝ることになってしまったんだ!ならこんなところで、綱引きなどしている余裕は無い!今度こそはっ…
超高速思考でそこまで思い立った俺は、体中をいつの間にか覚醒させて、朝の眠気を吹き飛ばしていた。
頭はスッキリ爽快だ。父親の存在は偉大なり!!
「うぉぉおお!気合いだぁ!気合い!俺はもうぼっちにならないっ!親父起こしてくれてありがとう!!だが今はそこをどいてくれ!今度こそ俺は青春を謳歌する!」
と高らかに宣言する俺。
いきなり叫びだした頭のおかしな、息子を親父は訝しむように見るが、
「いきなり、どうしたんだ?…ん?わかった、わかった」
何を言っているかわからないが、とりあえず起きる気になった我が子を見て部屋を出ようとしている親父に母親から声がかかった。
「あなたー今上で変な叫び声が――「起きたよ。ま、でも少し変なテンションだから」…わかったわ」
親父が心無いことを言っている気がするが、そんなことは今の俺に関係など一切ない。
大急ぎで着替え三段跳びで階段を下りる。途中で体のバランスを崩し、こけかけたが、気合いで踏みとどまり、最後の段を踏み床になんとか着地する。
「どんだけ、慌ててんだよ…」
親父のつぶやきが聞こえたような気がするが関係ない。
――いまの俺の前にはどんな困難でも跳ね退けられる気がするぜっ!前の様な友達が一人もできない事態にはならない!いや、なってはならない!!
一階に降りた後、母親が台所にいることを確認する。
「母さん!!ご飯はできてる?!」
母親はできているよと答えながら家族一同を呼んだ。俺の家は基本、全員が集まって飯を食うことになっている。友達に話したら珍しがられるのだが、はて珍しいのか?
「あ、お兄おはよー」
洗面所で顔を洗終え、出ようとすると俺の今学期から小学校六年生になる弟の勝が入れ替わりに洗面所へ入ってきて声をかけてきた。
「すまんな勝、今はそれどころじゃないんだっ!」
「え、何が?…って、もういっちゃたし…」
俺は颯爽と食卓についた。
親父は既に食卓に着いていて今は今朝届いた新聞を読んでいる。
まもなくして母さんと妹の美沙が食卓に料理を運んできて、俺の顔を見て不思議そうな顔をする。
「え?お兄どーしたの?今日は早いね」
「よくぞ聞いてくれた我が妹よ、それは…「あ、新学期だからか…なるほどー、去年は引っ越ししてから友達作れずに、ほとんどぼっちみたいなものだったもんね。」あ、ああ…」
そう美紗が説明してくれたように俺は、いや俺たち上郡一家は去年引っ越してきたのだ。
父親の長距離の転勤ですぐに他校へ編入する事を父親から聞かされていたのである。
俺は中学の頃からのぼっちを脱する計画を捨て、友達を作らずに高校一年生の一年間、勉強で休み時間を潰し、体を鍛えるためにジムに通い詰めていた。
結局、俺は影が薄かったようで、誰にも気をとめられず、嫌がらせ等ではなく自然にぼっちになってしまっていた。
つまり天然ぼっちである。
まあ妹は、普通に友達を作ってメール交換しているらしい。
俺はその話を引っ越しのトラックの中で聞き、俺の大切な青春の一年間を返せ!文明の利器の糞野郎!と叫んだ訳だが。
――しかし、我が妹ながらなかなか察しが良いなっ!
「道理でテンション高くてきもいと思った」
――ってそこで一々毒はく必要ある?お兄ちゃんひどく傷ついたよ…
「たしかに。父さんもきもいとまでは思わないけど、似たようなことは思ったよ」
――おいっ乗るなよ!似たようなことってなんだよっ!!あんた、親父だよな?ほんとうちの親父は…
「あなたそんなこと言っちゃだめですよ。この子は昔からテンションが上がると少し頭のイタイ子になっちゃうのは知ってるでしょ?」
――いや、笑顔でそんなこと言われても反応に困るのですが母上。
「……。」
先程はどんな困難でも乗り超えられると豪語してしまったが、早速ラスボスのお出ましのようだ。
とまあこんな感じで家族仲良くだんらんしながら全員集まったことを確認すると、両手をあわせて
「「「「「いただきます」」」」」
ご飯を食べ終わると銘々が皿を片付け、鞄を持って外に出る。
空を見上げるとそこには雲がほんの少しだけ浮いている清々しい空が広がっていた。
最高の入学式日和である。
――これで桜が咲いていたらもっといいのに…
なんて柄にもあわないことを考えながら、俺は玄関に立って手を振る母親に手を振り返す。
そして前を向いて、息を吸い込み、伸びをして緊張している身体を解す。
「さあ入学式、新しい学校生活の始まりだ!」
歓喜に震える心の声を思わず口に出してしまい恥ずかしくなった。
その恥ずかしさを隠すように俺は最寄りの駅に颯爽と歩みだした。
♢♦♢♦
駅に着いて改札を通過するとプラットホームには人影があった。
向かい側のプラットホームには高校くらいの男子が2人、こちらのプラットホームには俺と同じ女子高生のグループがいる。
しかしながら、向こうは女子のおしゃべり会を展開しているので話しかけることは疎か近づくこともできなかった。
むしろ、あまり目立たないように彼女たちと自分の間に柱を挟んで隠れ、柱によりかかる。
「はぁ―だめだな、これでは…」
そう一人でため息をつく。
皆さんはもう察したかも知れないが、俺は女子と話すのが苦手である。いやそれだと語弊があるかもしれない。
集団とか友達と一緒のときに話すのは大丈夫なのだ。そもそも友達いないけれど。
正面切って一人で話しかけることや女子トークをしている中に突っ込んで行って話しかける勇気がないのだ。そんなことする人ほとんどいないとはおもうがね。
それに極度のあがり症なのだ。ほかにも理由はあるが今は伏せておこう。
しばらくすると、先程の女子グループと逆の方に新しくもう一人、今度も俺と同じ制服の女子がプラットホームに入ってきて背もたれが向け合わされたベンチに座った。
――っ!大変だ。同じ制服だ!といって話しかけられるかもしれない。いやいやいや、何考えてんだ俺?あまりにぼっち過ぎて他人の行動とかほとんど見てなかったから思考パターンがおかしいのかもしれない…まぁでも一応念のために…
俺は顔を逸らし視線を必死に線路へ注ぎ神経をなだめる。
普通の人だったら喜んで話しかけに行くし、受け答えするかもしれない。
しかしながら俺は先程も言った通り、シャイボーイなのだ。
彼女の外見は来た瞬間、目を逸らしたから、しっかりとは確認出来たわけではないが黒髪ロングだと言う事と俺と制服が同じである事は確認できた。
今度はどうしようかと悩んでいると先程の女子が座ったベンチの方向から絡み付く様な嫌な視線を一瞬、感じた。
冷や汗が頬を流れるのを感じながらトイレ行く(逃げる)ために振り返った瞬間一瞬だけ視界に捉えたのは、さっきの女子高生だ。
彼女はと言うと、一切こちらに目線を向けずいや、上げずに視線は膝の上の本に釘付けみたいだ。
――ん?おかしいな、だれが見ていたんだ?俺の気のせいかな?
一瞬だったのでそこまでしか確認できなかった。
気になりだしたら止められない。歩み始めた瞬間、思わず振り返ってしまったのだ。
そして気がついた。
先程の視線の原因。
それは醜悪な心をそのまんま顔に表した男。その視線の先にいたのはさっきの女子高生だ。
俺が嫌いなのは女子に発情している。またはその逆。
反吐が出そうなくらい嫌いな人種なのである。
プラスアルファで『嫌いなもの自己紹介』しますと、目上の権威をもっている人間を尊敬しない人たちも苦手である。
ちなみに、俺自身が舐められるのは嫌だが別に放っている。
だけど俺にとって、尊敬している人に対して不敬名態度を取ったりする人は思わず殴ってしまうほど嫌いである
それらを見た日、またはそういう奴らの会話を聞いた日は機嫌が非常に悪くなってしまう。
滅多にキレない俺(自称)でもキレて喧嘩を売りに行ってしまいそうになる。
最も喧嘩など慣れていなさすぎて、途中で自分を収めて、ジムで発散してきだが。
俺は歩みを止め振り返ってその男を睨みつけて…
「…はぁあ?!!」
気がついてしまった。いや気がついた方が良かったのかもしれない。
その男の右手にはキラリと鈍く輝く金属が握られていた。
――ええ?おかしくないっ!?何さらりと銃刀法違反しちゃってるの、あの人…ってあれ?
俺が、いきなり走り出した。
なぜ他人ごとのように言うかというと、俺自身が体を動かしてるような気がしないからだ。完全自動的な感じである。
プラットホームにいる人々が俺を注目し始めた。
なにしろ、電車等来ていないのにいきなり高校生男子が全力疾走し始めたのだから。
さっきの女子高生は本に目を落としているが、女子学生グループに向かいの男子学生グループ。
今朝の朝刊を読んでいる男の人、子ども連れの母親など。
そして奴もである。
だが俺は一切躊躇せず周りの目は全く気似せずにやつとの距離を詰める。
俺の眼中にあるのは奴の醜い顔だ。
一直線に走る俺に奴は奇異の目をよこしながら突っ立ている。
「こんの!糞豚がッ!!!」
最後に地面に着いた左足で地面を後ろに蹴り、残りの距離を詰めながら右手で思きり奴の頬を打ち抜く。
当たり前だが漫画の世界ではないので3メートルとか吹っ飛んでくれる訳でもなく、奴は殴られた向きによろめき倒れた。
「なあ?……あぶねぇじゃねーかよ?おっさんッ!! 」
つばを吐きながら怒りに染まって脳の回転が鈍っている頭を精一杯働かせ、言葉を紡ぎだす。
「な、なにしていんだ?お前は、何をしたのか、俺が何を持っているのか、分かってんのかっ?!」
奴は一瞬惚けていたが後ろに這いずり下がり、立ち上がるとこちら睨みつけながら手から取り落とした鈍く光る金属、刃物を拾い上げて脅すようにかまえる。
「人様殴っといてタダで済むと思うなよっ!!」
――いやいやいや、まって、まって、やっぱりなしにさせて!!俺はなぜさっきの瞬間警察に、電話しなかったんだ?
ふと、冷静になると周りの喧騒と言う会話が聞こえてくる。
「え?あれ何?喧嘩?」
「え?怖っ!」
「手に持っている、あれ、ナイフだよね!?」
「警察呼ぶ?」
「ていうか、あの人何で殴りに行ってんの?」
様々な駅内の畏怖の声が聞こえる
刃物をもう一度、直視すると嫌な汗が体中にわき上がる。恐怖が沸き起こればもう体は動かない。いうことをきかない。
――さっきは勝手に動いてからに今度は動かないのかよっいい加減俺の体こコントロール権かえせよっ!!
心の中で悪態をつきながら現実を逃避する。
鋭利な刃物はキラリと光を反射させ人の恐怖を強烈に引き出す。
奴はそのままナイフを構えて右手で前につまり俺の腹に向けて突き出した。
――やばい!!!
声にならない叫び。
が、しかし、その動きが始まった瞬間とてもゆっくりに見えだした。
俺は疑問にも思いながらもそのまま奴の左側へ身体を回り込ませる。
――あれ?なんかコイツ、ナイフ出して怖い事言ってびびらせるだけでとろいな!いや、それともこれが俗に言う走馬灯ってやつか?
俺自身の動きの速度は普段と変わらない。つまり少々運動ができる人間の速度である。
そして喧嘩とかはあまり強くない。
――にしても、ゆっくりすぎるような気がするけど…ま、いいかっ!!
奴のナイフを避けきった後、俺はそのまんま左手で無防備な腹を殴りにかかる。
俺は右利きだが、この際威力が落ちるとか言っていられない。
攻撃のチャンスなのだから。
「っらぁぁぁぁあああ!!」
握っている拳を振り抜こうとした刹那、
「まって下さいッ!!」
「…痛っ!!」
殴る前の左手の肘を誰かに掴まれた。
体全体がガクンと衝撃を受ける。慣性の法則である。
素早く後ろを振り返ってみると、唖然としてしまった。
それもそのはず、おそらく先程ベンチに座って本を読んでいた女子高生の子が片手で俺の肘を軽く握っているように見えたからである。
――いや、まてまてまてまて。
空いてる手で目を擦る。そして、再び目を開ける。
「な、なん…で」
ありとあらゆる疑問によりこの台詞が口から零れてしまった。
なぜ、さっきベンチに座っていたはずの人がこの一瞬で俺の腕を掴んでいるのか?
なぜ、こんな女の子が片手でこんな簡単に俺の腕を止めるほどの馬鹿力を出しているのか?
なぜ、俺の肘を掴んでいるのか?
なぜ、この豚をかばうのか?
なぜこのタイミングなのか?
そう思っている間に彼女は肘を放してくれた。
そして締めの一言といわんばかりに、
「貴方、殺人を犯して殺されたいのですか?」
「…さつじん?」
その瞬間、さっきまでゆっくり俺が元いた場所をその手に持つナイフでなでていた豚が弾けたように逃げ出した。
それと同時に周りの声が耳に入ってくる。
「何?あの人の動き?」
「人間?」
「あの女の子もあんな物騒なところに突っ込んで行って、馬鹿じゃないの?」
「わざわざ喧嘩止めに行く必要ある?」
「いやいや、あの女の子自身の動きの速さおかしくない?」
そして先程の男が最後に
「ば、化け物だっ!!」
と喚いてプラットホームの階段を駆け上がって行った。
――はぁ?頭がおかしくなったか?脈絡がなさ過ぎだろ。
分けが分からない。そして周りの視線が俺に集中している事に気がついた。
俺か?
俺なのか?
今日の朝のテンションおかしかったからか?
まさかさっきの豚がスローモーションに見えたのは俺が動く速度が速すぎたからなのか?
ああ、とうとう俺にも超能力が目覚めて新しい冒険物語の始まりか…
彼女はヒロインで…
――って、まさか…な、そんな馬鹿な話がある訳がない
「あ、夢か、夢だろ?夢に間違い無い…」
――いま頃俺の本体はプラットホームで呑気に立ち寝入りか…
ほっぺたをつねってみようか。
「………痛っ!!」
――ヤバい、ほんとに痛い…いや、そうじゃなくて、夢じゃないのかっ!?
「貴方は何をしているのですか?」
「え?夢か現実か…って、え…ええと…うわっ?!…ごめんなさいっ」
「はい?何故謝るのですか?」
「いえ、なんでも…それであの、貴方様は何方様でしょう…か」
彼女は訝しむように目を細める。
というのは自分の目の前で高校男子が正座しながら後ろに高速で進むというこのシュールな光景を見たからだろう。
俺は家族外では中学生以来、同世代の女子とは一対一で会話したことすら無いのだ。
行動の理由はそれだけではない。
俺自身は分からないが体臭が臭いかもしれない。近くにいるだけで不安を煽るかもしれない。話した時の唾が飛んで行って嫌な思いをしているかもしれない。
更に俺意外の男子にも女性に対して無礼な行為を働く者を粛正させようとしてしまう。
つまり女子と面識が無さ過ぎて、女子は崇高なる生き物で出会った矢先には思わずひれ伏したくなるような衝動に駆られるようになってしまったのである。
余談の自慢話であるが前の中学校の仲の良かった先生には『究極の紳士だな』とか、言って笑われたことがある。
話を戻そう。そんな人間がこのような状態に巻き込まれたら、どんな行動に出てもおかしくはない。
そして彼女は口を開く。
しかし『私は』のあとは俺の耳に届くこと無く、低音から高音までの多彩な音を奏でる電車と言う名のオーケストラの音にかき消された。
電車が停車する。
ドアが開き、下車してきた人々が俺たちを横目で見ては通り過ぎてゆく。
先程の彼女はそのまますっと電車の開いたドアの中へ入って行った。
電車の到着によりもたらされたプラットホームの雰囲気が何とも言えない微妙な空気に包まれている中、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
俺は慌てて立ち上がり途中で投げ捨ててきた鞄を拾い上げると電車の中へ逃げ込んだ。
折角のこれから始まる桜色の高校生活の入学式に遅刻なんぞ誰がしたいか?
――あの子はどこに行ったんだろ…
そう思いながら、電車の座席に座る。ぱっと周りを見渡したが彼女は見当たら無かった。
♢♦♢♦
窓の外を流れる景色がどんどん灰色建造物に緑の自然から変わっていく。
俺が住んでいる街は極東連邦第2東区の中でも数ある数多の都市42番街。
都市なんて名前がついているが田舎とも都会とも言えない微妙な立ち位置の町である。下町などよりも田舎っぽい。
だから通勤ラッシュのはずのこの時間でもプラットホームも電車の中も人影は比較的にすくなかった訳である。
それでもそれなりの人数はいるのだが、俺が向かっているのはさらに田舎の58番街なのだからさらに電車の中の人数は少なくなる。
ただ今現在は134年。
田舎と言っても田圃や畑の中に家がぽつぽつ建っているわけではない。
畑等は決められた場所で大規模農業に変更し居住区と分けられた。
俺が住んでいる42番街の様な町の人口密度は、1番街の様な東区の都市の様な都心部などより圧倒的に低い。
ちなみに町の発展の度合いは1番街、2番街と言った様な数が少ない方が街として発達しているのである。
だからこの42番街には高層ビルや巨大な建造物はあまりなく、むしろ一軒家や最高三階建てのアパートばかりがあまり密接せずに建ち並んでいる。それが現在で言われる田舎だ。ちなみにショッピングモール等の大きな店も殆どない。
今から134年前に極東連邦が結成された。
その年から暦が代わり煌暦となった。
極東連邦とは世界中がEUを初め、大米大陸縦断連合、南アジア同盟等々続々と巨大な連合が続々と結成していく中、東アジアでも連合を作ることになったのである。
これの加盟国は、ロシア、朝鮮、そして日本である。
朝鮮というのは今から183年前までは南北で分裂していたのが統一された。
そしてこれら三国で政権交代を5年毎にすることになった。
残りの二国も政権を手伝うらしいが。
結成の中で効率的な町づくりを目指した結果かなり昔の町並み等はこわされたり改変したりしたそうだ。
昔は建物を灰色や、いろんな色に塗り分けたりしていたらしいが、現在は白一択みたいである。
その中では反対派も多かったそうだが強行したようである。
だが京都等の名所は満場一致で残された。
ただし朝鮮の反対派の暴動や、ロシアの辺境等ははやはり国土の故か手が回っていないのでほとんど人間が暮らしている地域を改革したのは日本だけになる。
運転手が58番街の駅に到着したことを知らせる。
俺は慌てて降車し、プラットホームを抜け、改札をくぐり駅を出た。
そこからしばらく山道を登っていくと学校の門の前に到着した。
「よし」
と気合を入れて門に近づく。
しかし校門の前には誰もいない。すこし訝しんだがすぐに門に近づいてみる。
俺は1つのことに気がついた。それは門の奥に階段があることである。
だがただの階段ではない。
とても長い階段だ。
非常に長い。
しつこいけれども、とてもとても長いのだ。
校門には国立白垣学園とあるのだ。
だから間違えようが無い。
これは何を意味するかというと、毎日この階段を登って登校、降りて帰宅となることを指す。
階段の外見と言えば横幅がおよそ10m。
灰色の石の階段だ。
奥行きが広く一段の高さもそれなりにあって『一段飛ばし登り』なんぞはできないようになっている。
段数は想像もつかない。
行く先は遥か上の山腹の中枢で消えている。
――こんな階段を毎日昇って毎日登校しなければならないのか?と言うか、そもそも、こんなド田舎に高校とかあるの?お坊さんとかが喜んで修行とかしてそうたけれども…
と、思考の海にはまっていっていると。
「誰だ貴様?なぜこんなところで突っ立ている?」
――あ!お坊さん?
振り向いた先にはお坊さん…ではなくて、
「え?あ、はい…」
――…ってかっけえぇぇえ!何この人かっこ良すぎるでしょ!
身を包むのは黒いスーツ。銀色の長い睫毛よってさらに鋭利に見える切れ長の目。
透き通る様な銀髪は肩を少し、過ぎるくらいの長さである。
そしてその前髪を右側だけ耳にかけている。その姿は凛としていてまさに研ぎすまされた刃物を連想させる風体だった。
「何が『はい』だ?何をしているか聞いているのだが?」
――こんな何も無い辺鄙な山道で出会うとうことは学校関係の人かな?それともお坊さん?
学生にはとてもじゃないが、見えない。
もちろんのことお坊さんにも。
「この階段に少しびっくりしていたので…」
「なるほど…この学校の入学生か?」
「はい、そうです」
――あれ?普通にはなせるぞ。何故だろう、前々緊張しない。あ、年が離れているからか?
「今、失礼なこと考えていなかったか?」
「い、いいえ」
――この人、人の心読めるの?それとも、女の勘的な?
「私はベルーシュカ・ツァーリヤ。年は18歳だ。お前とはそんなには離れていないだろう?」
――何!?18歳だと?俺、16歳だけど2歳上であんな大人っぽく見えるモノなのか?!絶対外国人補正だよな…
「ロシアの血を多く継いでいるが日本の血も四分の一入っている。ちなみに育ちは日本だぞ?」
「そ、そうですか…あの白垣学園の関係の方ですか?」
「この学校に新しく教師として就任することになった。一様軍隊に所属していてそこから派遣されたんだ。ちなみに階級は中尉。」
「この学校の先生ですか。それと…え?中尉、ですか?軍隊とかの」
「ああ、そうだ。歴とした軍人だぞ。女だからといって舐めるなよ?」
「え?まさか…舐めていませんよ」
――ぐ、軍人?!…しかも中尉とは…だが、俺をからかっている線もある。だけど、ここは乗っておくのが最善策と俺は考えるっ
そう思い俺は三歩下がり自分なりに敬礼し、
「こ、これは失礼しましたッ!ツァーリヤ中尉殿ッ!」
だが俺の行動を見た彼女は吹き出した。そして口を開いた。
「大丈夫だ。お前、軍に入隊すらしていない一般市民だろう?今は」
「は、はい…え?」
――…ん?『今は』って、含みのある言い方だな?
俺の思考を遮るように彼女は
「先生で良いぞ?」
「了解ッ!ツァーリヤ中…先生」
彼女はもう一度、苦笑を漏らすと
「さ、階段を昇れ。こんな所でぐずぐずしていたら入学式が始まってしまうぞ?」
彼女はそういいながら、階段を昇り始めた。実にその通りだ。こんなところで長話をしている暇はない。
俺も返事を待たずに颯爽と階段を上り始めた、彼女を追いかけて階段を昇り始めた。
が、なかなか追いつかない。俺、結構鍛えていたつもりだけど…
――さすがは軍人!だが負けてたまるか!
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
――おかしいなぁ、上り始めた時よりだんだん差が開いてきている。速すぎるでしょツァーリヤ中尉…
しばらく走っていると、疲労が激しくなってきたので、普段鍛えている時のペースに落とす。
――やはり平地と階段では体力の損耗が違うな…
だが彼女は俺の普段の全力疾走より速い速度で走り続けている。
だから、俺との差はみるみる開いていく。
しばらくすると彼女は突然立ち止まった。
と言うより、階段を昇りきったようだ。
――あそこがゴールか…ラストスパートだ!
♢♦♢♦
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…やっと…着いた…」
「よく私について来られたな」
「っはぁ…ありがとう…ござい…ます!…はぁ」
――彼女にほめてもらえるとは光栄だ…
だが、自分としては全くついて行けた気がしない。
それにしても、あの速度で走っていて息ひとつ切らさぬとは、軍人、恐るべし。そして俺は最後の段を昇りきった。
「ふぅー、やっと着いたって、えぇええ?ど…こだ?ここ…間違えたのか?」
それもそのはず、俺の目の前には建物どころか、草木一本も無いコンクリートの広場があったのだから。
「…と言うか、あの…学校は?」
「ん?何を言っている?」
「え?」
「ここからヘリ…ヘリコプターに乗って行くのだよ」
「……俺、そんな坊ちゃん学校に入学した覚えはないんですけれども…」
「んん…坊ちゃん学校じゃなくてだな…」
彼女は少し躊躇うように続けた。
「どちらかと言うと…軍事系学校、だとおもうのだが?」
「……ぅえっ?」
うそだろおおおおおおおおおおおおお?????!!!!!!!!
無意味な俺の心の叫び声が響くのであった。
第一話 -完-
コメントつけて下さる方に
連載するか否か迷ってます…どうすればいいかご教授願います