It's a Beautiful Day
大切な友人で、大好きな君へ
昨日はどうも私を訪ねてきてくれてありがとう。本当に感謝しているよ。
あの日、別れ際までには伝えておこうと思ったことが山ほどあったんだ。けれど、君を前にしたら全部吹き飛んじゃってね。だからこうしてこの手紙を書いているんだ。
えっと……ああ、もう。……うん、これでいいや。
私が思っていること、最初から書き連ねていくことにするよ。どんなに長くなっても、君ならちゃんと読んでくれるって信じてるからね。
私たちの出会いは、幼稚園だったよね。うん、間違いない。あれは昨日の事のように覚えているよ。確か、君が夏ごろに日ノ出町に引っ越してきて、そして私たちは出会ったんだ。同じクラスの皆とは馴染めなくて、初めは赤ん坊みたいに泣きじゃくっていたね。これを書いている今でも思い出せるし、笑いが込み上げてきて仕方ないんだ。
で、私が君の手を取ったってわけだ。君は知らなかっただろうし、気づきもしなかったかもしれないけれど、私もあのクラスは苦手だったんだ。だから二日、三日も右往左往している君を見て、思ったんだよ。君とはきっといい友達になれるってね。
そしたら見事、幼き日の予見は当たったわけだ。
その日から私たちは良き友達になったね。家が近いってこともあったし、ほんと兄弟みたいに仲良くなったんだ。奇跡みたいなもんだね。
でも今思い返せば、この頃から私達の間には違っていたところがある。
君は意外と人に愛される人柄で、私はどちらかというと人が離れていくような人柄だった。この時の私はそんなこと感じていなかったし、君だってそうだったに違いないね。君ほどの鈍感男もそうはいないし。
君が幼稚園に来て、肌寒くなって生きたころにはすっかりクラスの皆と仲良くなっていたね。私は君と……名前も思い出せない子達とだけ話していた。あの時の私は寂しさなんて微塵も感じていなかっただろうけれど。
小学生に上がったころかな。君と一緒のクラスになって、馬鹿みたいに騒いだっけ。私らの住んでいたところは丘の上だったから曲がりくねった坂道を一緒に歩いて、そんで私の家に「疲れたー!」って飛び込んでいたよね。そしたら母さんがご褒美に私達にお菓子をくれたっけ。夏場だったらアイスを出してくれて、それがまた美味しかったんだ。普通に市販されているものだったのに、私らにとってはまるで王様たちだけに許された神聖な食べ物みたいに見えたね。だから「むっかしはとっても食べられない」なんて、よく口にしていたっけ。
すっごく懐かしいなぁ。五年生か、六年生になったころくらいからやらなくなっちゃったっけ。あれ、もう一回やってみたいねぇ。今やったら、きっと周りに笑われるだろうけれど。
私らの小学時代は記憶に残らない位、毎日が輝いていたね。単調かもしれないけれど、毎日が確かにどこか違っていて、私たちの間に『退屈』なんて言葉は無かったんだ。
そんな私らに変化が訪れたのは中学に上がったころだったね。
日ノ出中学校には日ノ出小学校からだけじゃなくて、北側にあった日ノ出第二小学校の子も来ないといけないんだよね。いくら星都って言ったって、私らの住んでる日ノ出町は小っちゃいから、仕方ないか。
いや、むしろ中学校も高校も、小学校より広い世界なんだから、当たり前のことなんだよね。私が変化を恐れただけなんだ。
中学生にもなると青春ってやつが静かにやってきて、私たちは次第に会う時間が少なくなっていった。
君は『音楽をやる!』とか宣言してギターを始めたねぇ。ブルース・スプリングスティーンとかいう人に憧れて、だんだんファッションも彼に似せてきたよね。髪型とか、似合わない皮ジャケットとか。ああいうのは身長が180cmを超して、そんでもうちと厳つい顔をした人が似合うんだよ。君みたいに170ちょっとで、優しい顔した人には似合わないんだ。
私は……そうだね。今振り返ると、間違った道を歩いちゃったと思う。私みたいな人とうまく付き合えない人ってのは、不思議と同じ類の人とは話が合うんだ。類は友を呼ぶってやつだね。別にそれが悪いことだとは思えないけれど、私の場合はその『類』がいけなかったね。
学校でも『問題児』って呼ばれるような人たちとつるむようになったんだ。君も知ってると思うけど、ちょうどこの時期に両親が離婚しちゃっててね。大好きだった母さんはどっか遠い所に行っちゃって、代わりに大っ嫌いな親父と過ごさないといけなくなった。
そりゃあ、もう、荒れたね。
親父は爺ちゃん婆ちゃんが残した資産を食い潰すし、朝から酒は飲みやがってね。
私はまだ働けない年齢だったし、親父がいつも打ってきてね。すごく痛かったんだよ。しかもタチの悪いことにさ、あの親父、服で傷跡が隠れるようなとこばっかり殴ってきたんだよ。そっから私はあんまり家に帰らなくなって、新しく出来た友達ん家を歩き回ってたんだ。多分、君も風のうわさで聴いていただろ? あれは半分くらいは正しいってことさ。
こんな私だったんだけれど、先生たちは問題にしなかったよ。別の問題が山積みだったからね。思い返せばこの頃は日ノ出町だけじゃなくて星都全体が荒れていたから、仕方ないことだといえば、そうなんだろうけど。
いつも君に助けを求めようと思って、でも言えなかった。君と君の家族に迷惑はかけたくなかったんだ。荒れたくせに、妙な所だけはしっかりしてたんだ。変だよね、私って。
変な話になるけど、私は君に気づいても欲しかったんだ。昔の私たちは確かに繋がっていたから、いつもそれに賭けていた。けど、君は気づいてくれなかったんだ。
君を責めているわけじゃない。君に怒りを覚えたことがない、なんていうのは、もちろん嘘になるかもしれないけれど。あの頃の私は、口にしなかったけれど、ずっと君にメッセージを送り続けていたつもりだったんだよ。
でも、声にしなきゃ意味がないって、今になってようやくわかったんだ。声を出さなきゃ、君に届くはずもないんだ。
自分の気持ちを詩に乗せていつも誰かに伝えている君を見ていたのに、私はいつも耳を塞いでしまっていたんだ。青春を謳歌して、友達と一緒に輝いている日々を過ごしている君を見るのはもちろん嬉しかった。けど、同時に胸が引き裂かれそうなくらいつらいものでもあったんだ。
そうやって輝いている君を見るたびに、私はいつも君と一緒にいる夢を見るようになっていた。そんなのが一か月も続いて、そしてようやく気づいたんだ。
私は君を単なる友達としてじゃなくて、一人の男の子として好きになっていったんだって。親父に打たれるときも、ガラの悪い友達とつるんでいる時も、いつも心のどこかに君が居たんだ。
こうやって手紙を書いて思うけど、私の恋心はひどく歪んでいる。でも、どうしようもなく君がいないとだめって気づいたからなんだ。今も昔もね。
でも、何も言えなくて、そうやっている間に、私たちに卒業の季節がやってきた。
君は進学の道に進むことにした。どうせだから一人暮らしをしてみようとかいって、北の方に行くことにしたね。卒業式の日の公園で、久しぶりに二人きりになったときに嬉しそうにそう語っていたその表情、全部思い出せるよ。そんな君が本当に眩しくて、羨ましかった。
あの日、最後に私が言ったこと、覚えているかい?
私は君に「好きだ」って言った。君に帰ってほしくなかったんだ。ずっと私の隣にいてほしかった。抱きしめてほしかったんだ。
君は、私に「うん。僕も好きだよ」って言ってくれた。とても嬉しかったよ。やっぱり私らの心は通じていたんだって確信したから。
けど、街灯に照らされたその瞳を見て気づいたんだ。私の「好き」と、君の「好き」には大きな違いがあるって。君は唐変木だから気づいていなかっただろうけれど。
「私は女の子として、君が一人の男の子として好きなんだ」。私の意思をはっきり伝えようとして、でも言葉が出てこなかった。引っ込んじゃったんだ。だから君とまた逢う日を約束して「バイバイ」としか言えなかったんだ。
その後は、昨日も話したけど、この町で働くことにしたよ。幸い、知り合いにちっちゃいけれど、立派な工場をやっている人がいてね。そこで雇ってもらうことにしたよ。昔ながらの病弱な身体を何とかしたかったからね。荒治療ってやつだよ。
これを読んでいる君は、私が今まで何していたかってのを、昨日まで何も言わなかったのか気になっていると思う。でも、別に大した理由じゃないよ。
君に心配をかけたくなかったから。
これが一つ目の理由で、もう一つの理由は、この町に居れば、君がまた戻ってくるって考えたからなんだ。
その日を心待ちにして、私はこの店で働き続けた。
悪い日々じゃあなかったよ。粋がっている同級生が来るときもあれば、全身が恐怖ですくんで動けなくなるくらい迫力のあるヤのつく人も訪れてきて、いろんな人を見ることが出来た。全員社会のはみ出し者だったけれど、でもどこかしら良いところはあった。引き寄せの運がいいだけかもしれないけれど、根っからの悪人はいなかったよ。
そうやって一年、二年、そして三年。
私は十八になった。もし進学していたら、卒業の年。
この年、人生に一つの転機が訪れた。
卒業以来別居していた親父が夏に死んだんだ。葬式なんて執り行わないで、さっさと墓に入れたよ。最初は嬉しかったんだよ。親父がいかにダメ人間か分かっていたし、周囲も私の境遇を知っていたから同情はしてくれていた。
けどね、三か月もするとどこか寂しさを感じていたんだ。不思議だよね。働いている間に、幼い日のある記憶がふと蘇ってきたんだ。
母さんがまだいて、父さんがまだ優しい日々の記憶さ。雷山市に家族で出かけて、遊園地で遊んだんだ。二人に手を繋いでもらって、何も考えないでも大丈夫な幸せがあった日。家族の思い出の中で一番輝いていた日。
その日を思い出すと、親父の死を喜んだ自分に嫌気が差した。本当に、喜んでよかったんだろうかって。
そう思っているとね、ガラの悪い知り合いを見るたびに、親父と重ね合わせるようになっていた。いつもは私を打つけど、何かの拍子に優しさを見せてくれる親父。もしかしたら、親父は何か私に言えないことですごく悩んでいたんじゃないかって。
でも、既に時遅し。何か聞こうと思っても、親父はいないんだから。
そうやって心のどこかに出来たわだかまりを持ちながら、君を待ち続けたんだ。その間に私もだいぶ変わったもんだよ。髪を染めてみたり、タバコを吸ってみたりした(一回きりだけどね)。なんだか大人になれたみたいで、自分がかっこよく思えたんだ。
冬が明けて、また春がやってきた。風のうわさでどうやら君が大学に合格したってのを聴いて、こっちまで嬉しくなったんだよ。でも同時に、それって君がこの町にまだ帰ってこないってことで間違いないわけで。不思議と、すんなり受け入れている自分がいたんだ。
でも、気づいたんだよ。だんだんと君に対する気持ちが薄れてきている自分がいるってことに。それ、すごく怖かったんだ。
私の人生の半分は困ったことに、君っていう人間で出来上がっているんだ。君を忘れてゆくってことは、自分を半分も切り捨てるってことなんだから。
それだけは嫌だった。だから私は一つの決心をしたんだ。
今だから語れることなんだけれど、ちょっと聞いてほしい。
君がギターを手にした時から、私は君と一緒に歌いたかったんだ。
小学校の時、クラスを前にして二人でカントリーロードを歌ったよね。覚えてる? あれ以来、いう機会を逃し続けていたんだけど、私、君と歌うことが好きだったんだ。今となっては遅いけれどね。
もし君がスプリングスティーンなら、私はクアトロで間違いない。革ジャケットに身を包んで、ギターを手にした君とステージに立つ。そして歌うのはもちろん『明日なき暴走』。英語は苦手だけれど、そういうのは頑張ってどうにかするのさ。どっかから盗んできたバイクで一緒に当てもなく走って、辿り着いた場所で腹の底から声を荒げる。日ノ出町……星都をロックンロールで揺らすんだ。
君と違う道を歩んだ私の、汗と泥にまみれた夢さ。叶えるためにどうにかこつこつお金を貯めて、青いエレキギターを買ったんだよ(後で知ったことなんだけど、クアトロはベース担当なんだね)。一日の終わり間際に一、二時間くらい練習して、そして君とのステージを想いながらいつも眠りについた。一番大切な夢だったんだ。その時付き合っていた男も、私の腕前を褒めてくれたよ(君に憧れて始めたなんて伝えなかったけれど)。だから、君が帰ってくる時が楽しみになっていたんだ。
でも、なんだろうね。
立て続けに不幸が二つ、って表現をしたらいいのかな。
私、事故に合っちゃったんだ。追突事故さ。いつもは赤信号なんて無視することが多かったんだけど、この日に限って珍しく『待ってみよう』なんて考えて、ブレーキをかけたんだ。そしたらアホな車が左から追突してきてね。
ひどい耳鳴りと図頭の中で、左腕に嫌な痛みを覚えた。かすむ視界に赤く染まった左腕が見えたよ。
そっから病院に運ばれて、数日たってから厳しい宣告を受けた。『君の左腕は、もう繊細に動くことはない』ってね。折れた骨は治っても、切れちゃった細かい神経とか、そういうやつは直せないんだってさ。
目の前が真っ暗になったよ。
仕事ではたまに細かい作業を必要とされるから、両手がフルパワーで動かないと私には出来ることがなくなっちゃう。
でもそれ以上に堪えたのは、もうギターが弾けないってことだった。ネックを持つことまでは容易かった。けれど、弦を抑えることは出来なかった。抑えようとしても、そこまで指に力が籠らないんだ。
さすがに絶望したさ。君の隣に立つ日が完全に来なくなっちゃったんだから。
だからさ、しばらくは君のことを忘れるように何日も過ごした。そう思わなきゃ、多分私はそのうち自殺していたかもしれない。
でも生憎、自殺する必要は無くなったんだ。ここ二、三年、身体の調子が悪いと思って病院に行ったらさ、どうやら私の身体はもうダメになっているらしいんだ。荒治療失敗だね。
それで、余命は一年ちょっとらしいって告げられた。入院を勧められたけど、生憎そこに出そうと思う金は無くてね。
唐突過ぎて、さすがに現実かどうかを疑いたくなったよ。
でも、現実は現実。受け入れるしかないんだって一日経ったら不思議と受け入れられた。
だから、最初の一か月は散らかしっぱなしのいろんなことを片づけることにしたんだ。付き合っていた彼氏には心配かけたくなかったから分かれたし、部屋にある要らないものは全部売ってお金にしたよ。仕事もその月の間にやめさせてもらってさ(事情を話したら、ちょっとだけ退職金もらえたんだ。店長は最後まで優しかったよ)。
そして残された時間は、星都を周ろうって決めたんだ。修学旅行の時と、あとはちょっとした買い物と外食以外じゃ、私は日ノ出町から出たことはそんなに無かったからね。持つべき荷物はそんなになくていいから、準備は楽だったよ。
自分の足で日ノ出町を歩いて、街境に来て、凄く実感したことが一つあるんだ。
ああ、世界はなんて広いんだろう。ってね。
いや、目に映っていたのは境目のない、どこまでも続く道と、沿うように建っている建物だったよ。
でも、一人でこの町を出た君ならわかるよね、この気持ち。そう。すごく清々しいんだ。何ものにも縛られなくて、自由な世界に一歩踏み出す。誰だって止められないんだ、この最高の気分は。
それから五か月くらいは、雷山の至る所を見て回ったよ。今話題の雷山タワーとか、そっから蜘蛛の巣みたいに張り巡らされたモノレールとか。自然がたくさん残っている場所にも行ったし、私たちが生まれるずっと前に出来た家を見てきたりもした。『絶景』なんて呼ばれる場所にも行ったんだよ。
その間、本当に沢山の人に出会ったんだ。
君にも会いたいと思ったけれど、でも出会わなくて正解だった気がする。不思議とね。多分、この旅は僕のもう半分を作っている『私自身』を見つめるものだったんだよ、きっと。
そうそう。出会ってきた人たちの中には親切な人もいれば、嫌味な奴もいたさ。でも、これから離れるこの街を動かしている人だと思うと、親近感を覚えたんだ。私はもう無理でも、出会ってきた人が私の愛する街を生かしていく。
なんだか素敵なことに思えてこないかい?
まるで夢みたいな五か月だったよ。
でも夢の時間は長くは続かないものだね。
本当は星山とか海山とかにも行ってみたかったけど、お金が尽きたし、何より私の体力も限界になった。工場で働いていたから自身はあったんだけど、どうやらダメだったみたいだ。
日ノ出町に戻ってきて、もう一回だけ病院に行ったら、安静にしなさいって怒られたよ。どうやらもう私の体はぼろぼろみたいでね。
でも、もちろんそんな気はさらさらなった。
人生の残りを病院で過ごすなんて、まっぴらごめんだもん。
それで、自分の部屋に入ったら、なんだか病院の時以上に現実感を覚えたんだ。
ああ、帰ってきたんだねって。
いろんなものを売ったから、ひどく殺風景だったよ。タンスにコンポ、電話、お気に入りの曲を集めたカセットとCDに机。そして、青いエレキギター。
不思議なんだけど、親父の部屋を思い出したよ。片づけをしなくちゃいけなかったから、一度入ったことがあるんだ。酒の瓶ばっかりだったけど、寂しいところが嫌なほど私の部屋と変わらなくてね。やっぱり、私はあの親父の娘なんだって今になって実感させられたね。
久しぶりに布団を敷いて、シミのついた天井を眺めていたら、なんかいろんなことが頭の中を駆け巡ってきたんだ。まるで走馬燈みたいにね。でも、やっぱり沢山出てきたのは君の笑顔だったよ。
意外かもしれないけれどさ、すべてを失った後、短い人生を振り返ってみたらいろんなことがあったって気づいたんだ。昨日までは全く頭の中になかったのに、今では私が見てきたすべてが頭を駆け巡っている。そしたら書き残すべきこととか、伝えるべきこととか、沢山出てきてね。
だから、一昨日、君に電話したんだよ。
君が受話器を取って、「はい、もしもし。宮里です」って答えたとき、思わず心臓が止まりそうになったんだ。それで何か気の利いたことを言おうと思って、言えなかった。「おっす、清司」としかね。
『明日、日ノ出町に来てくれないかな?』
そんな私の無茶な頼みを、君は二つ返事で答えてくれたよね。すごく嬉しかったんだよ。
それで、見てきた中で一番綺麗な場所を選んだんだ。まだ日も昇らない時間に部屋を出たとき、胸が久しぶりに高鳴っていた。
車は使わなかった。トラウマもあったし、なにより自分の足で歩きたかったんだ。
三十分くらい歩いた頃かな。ようやくたどり着いたよ。
『日隠の木』にね。
まだまだ暗さを残した空と、太陽を待ちわびている木。
その根元近くに設置されたベンチに座っていたら、君は来てくれた。
君の顔を見たとき、時間が止まった気がした。
いろんな言葉が頭を駆け巡っていたんだ。だけど、最初に出てきたのは「久しぶり」だった。君の「久しぶり」って言った後の笑顔が、これを書いている今でも焼き付いているんだ。
一緒にベンチに座って、そこからいろんなこと話したねぇ。近況とか、あの子はどうなったとか。本当に楽しかったよ。
中でも傑作だったのは、君が中々売れているバンドのギターを務めているってことだった。あの時わざとらしく「凄い!」って言ったと思っただろう? あれは、私の心の底から出た言葉だったんだよ。久しぶりに君と話せて、なんだか言葉の運びが変になっていただけだったのさ。
そうしているうちに空に一筋の光が走って、ゆっくりと朝がやってきた。雲一つない蒼く染まってゆく空、澄んだ空気、彩る光。まるで町全体がようやく起き始めたみたい。
君と一緒に見た朝焼けは、今まで見てきた中で一番綺麗だった。
朝日が昇ってきて、私が唐突に言った。
「ねえ、キスしてもいいかい?」
なんて大胆だったんだろうって思うよ。意外に思うだろうけど、私はそういうの、まだ経験がなかった。なぜだか、他の人とは出来なかったんだよ。
それで、君は何も言わずにキスをしてくれた。優しい感触が唇から伝わってくる。
今度こそ、本当に時間が止まった。多分本当は何秒もないんだろうけれど、私にとっては永遠だった。目覚めながら見る夢って本当にあるものなんだね。
それで、君が私から離れたとき、ようやく時は動き出したんだ。
君の笑顔は、太陽よりも眩しかった。初めて出会ったときから変わらない、愛しい表情が、私にはしっかりと見えたよ。
そうして私たちはお互いに別れたね。さよならを残してさ。
今までの私なら、きっと一度だけ君を引き留めていたかもしれない。けれど、君が少し変わったように、私も少し変わったんだよ。
君はよく目の前のことを見落としがちだ。ほら、小学校の時ひどい失敗したことあったよね。確か算数の時間だっけ。もう黒板に回答は書いてあるのに、一時間使って答えを探していたよね。今からでも遅くはないんだから、そういうところは直しておいたほうが良いよ。
でも、私の体がもう駄目なことを見落としてくれたのは、幸いだったよ。これだけは気づいてほしくなかったからね。
えっと……
なんだか変な終わりになりそうだから、君を励ますよ。
別れ際に、君は夢を叶えてこの町にまた戻ってくるって宣言したよね。
頑張れ。
私が言えることはこれだけだよ。
君ならきっと叶えられる。
私は君の輝かしい姿を見ることは無いけれど、でも思い描くことははっきりと出来る。きっとそこには君の仲間が一緒に立ってくれている、私じゃないけれどちゃんと君を支えてくれる人がいる。
だから大丈夫だよ、絶対に。
……
…………
この点々、何の意味もないからね。単純に書くことが思いつかなかっただけだから。
……書くことも見つからないし、いっそのことだから、ちょっと詩っぽいことを書いて終わります。君の助けになれば幸いだよ。
輝ける日々を振り返って、思い出したんだ
僕はしっかりと生きていたってこと
確かに悪いことはたくさんあったよ
でも、君を想えば全部大したことじゃなかった
ひどく曖昧な僕だけど、確かなことがあるんだよ
やっぱり今でも君のことが好き
最後まで愛してるからね
うっわ。恥ずかしいこと書いちゃった。 でも後悔はないよ。これが私の遺せるメッセージ。これ以上に伝える言葉は見つからない。
……最後に。
もし神様が、世界が、そして君が許してくれるなら。生まれ変わって、もう一度君の傍に立ちたい。そんな子供じみた、ロマンチックなことをずっと考えてるんだ。
と、やっぱり変な終わりになりましたが、ここまで読んでくれてありがとう。
いつまでも大好きだよ。
水崎絢香より
追伸
君が昨日持ってきてくれた発表されたばかりのQueenのCD、すごく良かったよ。最後のプレゼントとして大事にするからね。
お返しとして、私の部屋にあるギターを持っていってほしい。部屋の鍵は玄関先に飾ってある植物鉢の下に置いてあるから。
お礼、というよりは私が生きた証として持っていてほしいんだ。
他でもない君にね。
きっと私よりもうまい語らせ方を君は知っているからね。