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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

壊れる

「あれ、おかしいな」と、男が言った。

「どうしたの」

 ソファに腰掛けて一緒にドラマを見ていた女は、スナックを食べる手を止めて不思議そうに恋人の顔を覗き込んだ。

「いや、なんか……壊れたみたいなんだ」

「えー、なにが。テレビ?」

「いや、違うよ、そうじゃなくてさ。ちょっと待ってて」

 男はリモコンをテーブルの上に戻して立ち上がった。「なんか最近、たまに壊れるんだよね」と女に笑いかけて「修理道具とって来る」。

「あとでいいじゃん、リモコンくらいさあ」

 言い終わらないうちに、彼氏はもうリビングから出て行こうとしている。

「まったく、これだから理系の男って」

 彼氏は扉のところから振り返り「そういうわけにもいかないだろ。壊れてるんだから」と苦笑いを漏らした。

「これってさあ」

 女は腕を伸ばしてリモコンを掴むと、それを裏返して電池カバーの辺りをペシペシ叩きながら「こうすれば直るんじゃない」と声をかけた。

 しかし、男はすでにリビングからいなくなっていた。

 置き去りにされた格好になった女は、眉間に小さなしわを寄せて「ふむ」と唸ってから、気を取り直して、リモコンをテレビに向けてチャンネルボタンを押した。

 すると、ピッという機械音とともにチャンネルが変わって九時台のニュース番組が映し出された。

「なんだ。直ってんじゃん」

 女は拍子抜けしたように独り言を言って、チャンネルを元に戻した。

 ドラマはちょっと進んでしまっていた。

 ちっ、と舌打ちしてから「直ったよー」と大声で呼びかける。

 ちょっと間があって「まじで」という声が返ってきた。方向から察するに脱衣所にいるらしい。

 たしか、工具箱があるのだ。

「まじで。叩いたら直ったー」

「はぁ?」

 理系の男の声は不満そうだ。

 女はくすくすと笑いながら「早く戻っておいでよ」と言った。

 やがて男はリビングに戻ってきた。未練がましく片手に日曜大工の工具箱など提げている。

「ほら、見て」

 女はリモコンをテレビに向けてボタンを押した。音量表示が出てボリュームが上がった。

「ね。接触が悪かったんじゃない? 大袈裟なんだから」そういって男に笑いかける。

「叩いたら、直ったって?」

「そうよ」

 男は「んー」と唸ってから「技術屋としては腑に落ちないけど……ま、最終手段としてはありかな」と苦笑して、ようやく工具箱を床に降ろした。

「負け惜しみ」

 女は勝ち誇ったようすでソファにもたれかかりテレビに向き直った。その後ろで、男がなにやらぶつぶつ言いながら工具箱を開ける。工具箱にはドライバーをはじめ、電気ドリルやノコギリが収納されている。

 女は気にせずにテレビを見ている。

 男が独り言のように呟く。

「やっぱ、直すには、叩くのがいいって事かな」

「だって、直ったでしょ?」

「そうか」

「どうしたの」

 振り返った女の目に、振り下ろされる鈍色のレンチと狂気に歪んだ男の顔が映った。

 悲鳴を上げる時間すらなく、プッと、女の視界は暗転した。


 男は返り血にまみれながら、ふうと息を吐いた。それから二、三度レンチを自分の頭めがけて素振りしてみて「自分じゃ上手く叩けないな」と呟くと、ベランダに出てそこから鼻歌交じりに身を乗り出した。

 そうして、今度は自分自身を修理するために、七階からポーンと身を投げた。

潜在する怖さを扱った作品です。

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