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五日目

 殺人鬼が起床すると既に日は傾きかけていた。

 時計は十七時を示しており、それは殺人鬼が十九時間もの間眠っていた事を証明していた。寝過ぎである。


 それだけ寝ても尚半分眠った状態でもそもそと冷蔵庫を漁った殺人鬼は、いつからあるのかも判然としない和菓子を数個胃袋へと放り込んでぼりぼりと腹を掻いた。

 徐々に覚醒して行く思考回路が睡眠時間を算出して、それはここ数日の活動内容と照らし合わせれば妥当な物だと判断された。

 元々今日は外出する予定では無かったのだから時間はどれだけ浪費しても問題は無い。

 問題なのは不健康な生活サイクルの方である。


 ばきばきと肩と首の関節を鳴らして立ち上がった殺人鬼は、部屋の片隅に投げ捨てられていた資料を拾うと丸机の前に胡坐をかいた。

 紙類に埋もれた電話機が赤く点滅していたが、殺人鬼はそれを無視した。


 殺人鬼が目を落とすのは当初は不要と判断した資料。

 事件発生から魚岩省吾逮捕までの流れを時系列順に整理した資料。

 当初不要と判断した理由は自分の犯行内容を読むまでも無いと判断したから。

 今更必要と判断した理由は自分の犯行内容を一部しか覚えていなかったから。


 殺人鬼の記憶にあるのは恐怖に歪んだ顔とその日の日付、後は命を奪う感触だけだった。

 人間の記憶は曖昧な物である。それがダメ人間を体現する殺人鬼の記憶であれば欠陥商品と呼んでも差し支えない代物であった。

 机の上を引っ掻き回してボールペンを一本発掘した殺人鬼は、事件の時系列をチェックする。

 資料を全て読む訳では無い。一頁目に簡潔に纏められた箇条書きを見るだけである。

 殺人鬼は資料に開耶勇気から聞き出した魚岩省吾の動向を書き加えて行く。


●00年 8月・登山部の事故

● 同年 9月・高校を中退

○00年10月・一人目の被害者水木羊子

●01年 1月・新聞配達のアルバイト

● 同年 同月・拠点縮小に伴う事務所閉鎖の為失職

○01年 2月・二人目の被害者佐藤花緒

● 同年 3月・塗装会社に準社員として採用

● 同年 7月・会社の倒産に伴い失職

○ 同年 9月・三人目の被害者金尾良子

● 同年10月・コンビニのアルバイト

● 同年11月・閉店に伴い失職

● 同年12月・郵便局のアルバイト

○02年12月・四人目の被害者御堂美智

●02年 1月・郵便局のアルバイトを辞職

○ 同年 6月・五人目の被害者夜野マリア

○ 同年 8月・魚岩省吾自首


 時系列順に纏めてみた所で特別な発見は無かった。

 強いて言うのであれば意外と転職のタイミングが殺人のタイミングに同期していると言う事くらいだと、殺人鬼はぼけっと資料を眺めていた。


 そうやって数十分眺めていたが、他に気付いた点は郵便局を辞めた理由だけが明確でないと言う点だった。

 その点については開耶勇気も詳細を聞くタイミングが無かったと言っていた事を思い出した。

 郵便局の件に関してこそはっきりしないが、その他の職は全て魚岩省吾に責任の無い理由での失職である。


 殺人鬼は一瞬自殺する為に自首をしたのかとも思ったが、それにしたって回りくどいやり方だとその考えを否定した。

 死ぬだけならばもっと安易な方法が山程あるのだ。


 もし死ぬ為以外の理由で死刑判決を得る為に自首をしたのだとして、その理由は分からない。

 結局の所殺人罪をその身に背負う事が目的であった、或いは目的を達成する為の手段であったと言う結論に達して、そんな事は最初から分かっている事だと気付いた殺人鬼は酷く脱力した。


 当たり前の結論に回り道して辿り着き、それはスタート地点でもあったのだ。

 ぐったりと寝そべった殺人鬼はぼんやりと殺人の記憶を思い起こそうとして、扉をノックする音に邪魔された。


「郵便局です。速達郵便です」


 扉の向こうからそんな声が聞こえて来た。

 唸るような生返事で在宅を知らせた殺人鬼はのそのそと起き上がると、もそもそと歩いて扉を開く。

 歪んだ扉は強い抵抗の後に金属板がたわむ音を響かせて開く。


 郵便局の制服を来た配達員が封書を手にして立っていた。

 そ岩省吾の幻影がその姿に一瞬重なり、瞬きすると消えた。


「誰から?」


 不機嫌な声の殺人鬼に対して、配達員は努めて爽やかな声で差出人の名前を告げた。

 それは名賀の名前だった。

 殺人鬼が引っ手繰る様に郵便を受け取ると、配達員はもうここに用は無いと言わんばかりに踵を返して去ろうとした。


 それを殺人鬼が呼び止める。それは単純な思い付きで、大した意味なんて無い質問だった。


「魚岩省吾って、知ってる?」


 魚岩省吾が同じ仕事をしていた。

 それだけの理由から発せられた言葉だった。

 だから殺人鬼は言葉にしてから言葉足らずだった事に気付く。

 魚岩省吾を知っているかと問われれば、大抵の人間は知っていると答えるだろう。

 魚岩省吾に対する死刑執行は大きなニュースになっているのだから。

 そう思い至って言い直そうとした矢先に、配達員は予想とは違う答えを返した。


「……さあ、良く知りません」


 配達員の顔が若干引き攣っていた。

 その一言の意味を殺人鬼が考えている間に配達員は去って行った。

 配達員が去って行っても殺人鬼は封書片手に立ったまま考えていた。


 考えるべきは言葉の意味では無い。

 言葉の抑揚を思い起こして、その印象を考えていた。


「まるで」


 纏まらないので取り敢えず意味も無い言葉を口にしてみる。


「まるで、そうだ、まるで」


 そして言葉にすると意外と印象は纏まる物である。

 殺人鬼は天啓を受けたかの様な表情で、まるで面識があった様だと言葉を続けた。


「そう言えば魚岩省吾の勤め先って、この近くの郵便局か?」


 岬美咲がそんな事を言っていたのを今更思い出して、何だか気持ち悪いなと殺人鬼はそう思った。

 そう思うと同時に何かを思い出し掛ける感覚に襲われた。

 それは何かを、些細な何かを思い出す感覚である。

 唸る殺人鬼のその些細な記憶は視線が手にした封書に移る事で霧散した。


「何の用だ?」


 ここには居ない名賀に問い掛けつつ殺人鬼は部屋へと戻って行った。

 封書を開けた殺人鬼はそこに書かれた文面を見て名賀の依頼に対する返事をしていない事に今更気付き、色々と面倒になってそのまま布団の中へと潜り込んだ。

 明日は久し振りに獲物探しでもしてみようかなんて考えながら、十分を通り越して過剰な睡眠をとった筈の殺人鬼はあっさりと夢の世界へと旅立った。

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