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二日目

 よれよれのコートを羽織った殺人鬼は赤い軽自動車の中に詐欺師を見つけると、真っ直ぐにその車に向かって歩き出した。

 無遠慮にドアを開けて詐欺師の車に乗り込んだ殺人鬼は、コートのポケットから携帯電話を取り出しす。


「充電器の型が同じなら充電させてくれないか?」


 詐欺師は無言でケーブルを差し出した。

 殺人鬼は感謝を一音で表現すると携帯電話にケーブルを接続した。


 携帯電話が充電中である事を示す赤い光を灯すのと同時に、殺人鬼を乗せた軽自動車はゆるりと発進してするりと駅前の混雑を走り抜けた。


「何だか印象が変わったね」


 ちらちらと殺人鬼の事を見ながら、詐欺師はそんな感想を口にした。


「……いつと比べて、どんな風に?」


 殺人鬼は少し考えてからそう聞き返した。

 そこには殺人衝動が湧き上がらない現状に対する打開策を探る意図があった。


「七年前だっけ? 取材を受けたのは」


 強引に割り込んできた車に快く道を譲りながら、詐欺師はどこか懐かしむ様に言った。

 殺人鬼は詐欺師に取材をした時の事を思いだそうとしたが、大した事は思い出せなかったので曖昧に返事をしておいた。


 そもそもどんな内容の取材を行ったかすら覚えていないのだから。


「あの時より、うん、能動的な感じがする」


 記憶を辿る殺人鬼は、その頃は殺人衝動を抑える為に心を殺し続けていた事を思いだした。

 同時に更に古い記憶へと意識を向ける。


 意識しないと殺人衝動を抑えられなくなったのはいつ頃からだったかと。

 それは容易には思い出せないくらい昔の話だ。

 中学生の頃には犬猫で満足出来なかったなとそんな事を思い出した殺人鬼は、一つの不安に辿り着いた。

 偽殺人鬼魚岩省吾が何故咎を奪ったのかを解明したとして、殺人衝動は戻って来るのだろうかと。

 果たして自分の行動は正解へと向かっているのだろうかと。

 そんな不安が殺人鬼をがくがくと揺さ振った。


「それにしても、結局取材の後は数回電話で話したくらいだからね。こうして会うのは七年振りかな?」


 殺人鬼が黙り込んでいると詐欺師はあっさりと話題を変えた。


「ああ、少し頼みたい事があってな」


 殺人鬼は詐欺師の横顔を見た。


 詐欺師は奇跡的とも言える程の美形である。

 余りに顔が整い過ぎているのと、本人が中性的に見られる様に意識している事もあって、傍から見て性別が分からない。


 殺人鬼の視線に気が付いている詐欺師は、久しぶりに見て惚れ直したかいと妖艶な微笑みを湛えた口元から爽やかな声を零した。

 それは詐欺師が詐欺を働く際に多用する技術が込められていた。

 性別を問わず思わずときめいてしまいそうな表情と声に、今の殺人鬼が感じる物は無い。


「急に呼び出して悪かったな」


 そして本来ならば開口一番に言うべき言葉を今更発する。


 詐欺師は微笑んだまま構わないさと応えた。

 殺人鬼はその言葉に返事もせずポケットからくしゃくしゃに丸めた紙を取り出して伸ばし始めた。


「電話でも言ったが、橋場悟ってお前の偽名の一つだろ?」


 殺人鬼が伸ばした紙に印字されているのは名賀から送付されて来た取材対象の情報である。

 そこには調査を行った探偵の名前が記されており、その名前は橋場悟となっていた。


 それが詐欺師の持つ偽名である事を思いだした殺人鬼が詐欺師に電話をしてからまだ三時間しか経っていない。


「そんな事を覚えていてくれた事自体が嬉しくてね、つい馳せ参じてしまったよ」


 詐欺師はそう嘯いてハンドルを回した。


「岬大五郎から話を聞きたい」


 穏便に紹介して欲しい。それが、殺人鬼が詐欺師に連絡をした目的だ。


 名賀が殺人鬼に期待しているのは正攻法の取材では無く引っ掻き回す事だ。

 だから、取材対象の情報は寄越しても円滑な取材の御膳立てをする事は無い。


「ここに書いてある魚岩省吾の支援団体で相談役をしている坂下円花ってのもお前だろ」


 殺人鬼の指摘に対して、詐欺師は嬉しそうに笑うだけだ。

 殺人鬼は詐欺師の性別を知らない。

 男なんだか女なんだかと溜息交じりに呟いてから、この詐欺師めと悪態を吐いた。


「岬先生は一昔前に流行った熱血教師と呼ばれる人種でね」


 詐欺師はウインカーを灯しつつ緩やかに減速した。

 そんな詐欺師を見ながら、性別もそうだが年齢もまた良く分からないと思った。

 見た目だけなら二十台前半なのだ。見た目で判断するのならば、熱血教師が流行った頃この詐欺師はこの世に居ない筈なのだから。


「魚岩少年はそんな事をする人間じゃないと信じて疑わないのさ。でも本人からは支援を拒絶されていたのでね、そこに付け入る隙があったのさ」


 儲けさせて貰ったよと詐欺師はほくほくとした笑顔で嬉しそうに言った。


 全くもってちぐはぐだと殺人鬼はそう思った。


 魚岩省吾の無実を信じる熱血教師は正しく、拒絶する魚岩省吾は理解不能で、魚岩省吾が殺人鬼だと信じているであろう詐欺師は大間違い。

 極めつけに本物の殺人鬼は何の裁きも受けずに苦しんで、詐欺師が一番得をしているのだから、何もかもが間違っている。


「でもこの前支援する対象が死んじゃったからね」


 鴨肉も葱も食べ尽くしたと思っていたんだけれどと、詐欺師は意味ありげな声音でそう言って殺人鬼に視線を流した。


「じゃああれだ、魚岩省吾が無実だと証明出来るかも知れないとでも言っている奴がいると紹介してくれ」


 その提案は口実の様でただの事実だ。

 殺人鬼は詐欺師よりも大雑把な性格なのだから綿密な偽物語を考える気は無い。


 そしてこの場合真実が最も真実味に欠けているのだから、まったくもってちぐはぐな状態である。


「魚岩省吾に関する情報を出来るだけ沢山集めたいからな」


 そうやって、魚岩省吾が殺人を騙る理由に近付きたいのだ。


「構わないけれど、本当に無実なのかい?」


 詐欺師の声音は少しだけ真剣さを帯びていた。


「そんな事を証明するのは大した問題じゃないさ」


 何故なら殺人鬼にとっては証明するまでも無い事実なのだから。

 詐欺師は少しだけ不思議そうに相槌を打って、あっさりと殺人鬼への協力を約束した。


「何だかまだ搾り取れそうだな」


 詐欺師にとってその理由は非常に重要なのだ。

 不幸な事に岬大五郎は坂下円花と名乗る人物が詐欺師だとは思っていない。

 詐欺師は非常に巧妙に岬大五郎を騙し続けていた。


「どれだけ荒稼ぎしても構わんが、俺の邪魔はするなよ」


 殺人鬼が不安そうにそう言うと詐欺師は声を出して笑った。


「そっくりそのまま同じ言葉を返させて貰うよ。一郎は真面目な取材が下手なんだから」


 詐欺師は殺人鬼と初めて会った時の事を思いだしてそう言った。

 憮然とした殺人鬼が何も言い返せないでいると、二人を乗せた軽自動車は紳士服屋の駐車場に入って行った。


「紳士服屋?」


 殺人鬼は不思議そうにそう尋ねた。


「服装って重要だよ?」


 詐欺師は妖艶な微笑みを湛えてそう言った。

 殺人鬼は自らの服装を見下ろして、不本意ながら納得せざるを得なかった。

 金なら無いぞと偉そうな殺人鬼に対して詐欺師は奢るよと事も無げに言い切った。


 二人は颯爽と軽自動車から降りて、そして二時間後。

 げんなりした表情の殺人鬼と満足気な詐欺師は再び軽自動車の中に戻って来た。


 殺人鬼は窓ガラスに側頭部をぶつける様にして寄り掛かり、詐欺師が女である事を確信した。


「こっちの連絡先は一郎の携帯電話に入れておいたからね」


 殺人鬼はいつの間にと聞こうとして、ケーブルを繋いだ時だと悟った。

 恐らくこっちの情報も抜かれているのだろうと思うのと同時に、まだ何の情報も入ってないぞと心の中で嘲笑った。


「多分明日には会えると思うから予定開けておいてね。迎えに行くから」


 詐欺師のそんな言葉を聞きながら疲労に塗れた殺人鬼は瞼を下した。


 窓ガラスに映る殺人鬼のその顔を見た詐欺師は、妖艶に微笑んで感想を述べた。


 微睡む殺人鬼は詐欺師が何かを言った事を認識してはいたが、その内容までは認識出来なかった。

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