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6日目

 早朝。詐欺師は難しい顔をして座っていた。


 その意識は全てヘッドフォンから流れる音声に割かれている。

 ヘッドフォンは小三塚の部屋に仕掛けた盗聴器が拾った音声を垂れ流しており、現在岬美咲が発するヒステリックな声がほぼ全てであった。


 岬美咲の関与と影響を考慮していた詐欺師ではあったが、その存在が事象に与える影響以上に感情的な部分で不快感が勝った。


 詐欺師が心の中で狂信者と呼ぶ岬美咲は基本的に苛烈な人間である。

 岬美咲の話は留まる事を知らず、その内容は詐欺師にとってある程度有用である物を内包しなくは無いと言う程度には聞き逃せない物であった。


 垂れ流される声に対してそれなりに意識を割きながら、詐欺師はパソコンを起動させて幾つかの電子メールを作成して送付した。

 その内容は全て本日の予定を反故にする謝罪と代替日の提案である。

 それらの予定の中には開耶勇気との面会が含まれており、それは殺人鬼の手紙に発端を持つ一連の案件に関する重要な面談であった。


 岬美咲の話は小三塚が執筆したとした原稿には全く含まれない要素である。

 そして、小三塚が魚岩省吾に関する取材に訪れた記者であると認識している岬美咲がこの話を小三塚にすると言う事は、多かれ少なかれ話が記事になる事を期待していると言う事だと詐欺師は考えている。


 しかし詐欺師は既に原稿を引き渡した後である。

 その為に今からこの点をフォローする方法を画策しなければならない。

 ただ話の内容を反映させると言うだけであれば別の顔と名前を使って情報をリークするだけで事足りるのだが、単純にそれをしただけでは開耶勇気との間で交わされた契約を履行出来ない。

 もういっそ小三塚を脅すなりして完全に巻き込んで協力させようかと、そんな考えに至る頃には昼になっていた。


 岬美咲の話は終わりが見えない。

 しかしながら一部の話はループを繰り返していた為、詐欺師が割く意識の割合はかなり減少していた。

 適当に市販の携行食料を胃に放り込みミネラルウォーターで水分を補充する。

 返って来た電子メールに対する返答を行いつつ今後の計画を再構築する間も、詐欺師の意識は一定量聴覚へと割かれていた。


 やがて今やらなくてはならない事は粗方片付き、詐欺師はベッドの上に背中を投げ出した。

 岬美咲はまだ話し続けている。

 そして小三塚の声は全く聞こえて来ない。

 自分同様うんざりとしているのかと考えた詐欺師だが、どうせ話半分に聞いていて無感動な表情をしているのだろうとも直感していた。

 これが小三塚視点で語られる一人称の小説であればきっと数行で岬美咲の話は終わってしまうのだろうと、詐欺師は些か小三塚の無感動具合を評価する。


 数行は行き過ぎであり、実際には十行である。

 まあ、大差ないと言えば大差ないのではあるが。


『要約すると』


 不意に小三塚が声を発した。詐欺師が実に約半日振りに聞いた小三塚の声だ。


「母親が元凶、と」


 詐欺師がその続きを予測して独白するが、小三塚は類似した意味を含ませながらも全くニュアンスの異なる言葉を発した。

 予想を外した事とその発言に岬美咲の語彙選択が垣間見える事に詐欺師の不機嫌係数が僅かではあるが上昇した。


 今更その程度の上昇では詐欺師の心情は変化すらしなかったが。


 続いて交わされる会話で、小三塚は予想と大差無い程度しか話を聞いていなかった事を詐欺師は確信する。

 幾度と無く繰り返された話の内四割程度しか聞いていなかった事を告白する様な小三塚の言葉に対して、岬美咲が幾度と無く繰り返した話をまた繰り返す。

 そしてその会話の最後に詐欺師はこれ以上無い程面倒な言葉を聞く。


『記事にしてもいいわよ』


 面倒だから聞かなかった事にしたいと、詐欺師はうんざりした。原稿はもう提出済みなのだ。


『きっと省吾は満足して死んでいったのよ。省吾が幸せなら私は幸せだし、死ぬ瞬間に幸せだったのなら不幸になる事は未来永劫有り得ない訳だからね』


 独り善がりの満足がたっぷりと含まれたその言葉に苛立ち半分殺意半分。

 それでも岬美咲はこれ以上関与して来ないと言う予測から、詐欺師は極めて冷静な部分では安堵を覚えていた。

 続いて岬美咲が残酷荘から去った事を伺わせる物音を聞いて、詐欺師は細長く息を吐き出した。


『何で、俺だったんだ?』

「やはりお前か」


 小三塚が自問する声が聞こえて、詐欺師は留息と共に独り言を絞り出した。

 詐欺師は一応小三塚の意味を考えて、恐らく魚岩省吾がその見当違いな贖罪の為に利用したのが何故自分だったのかと言う辺りだろうと推測する。


「一郎が不用意な手紙を出すからだよ」


 詐欺師は伝わる筈も無い回答を呟く。

 小三塚の災難は一通の手紙から始まったのだ。

 だが、その稚拙な内容から魚岩省吾が咎掠め取らなければ小三塚は殺人鬼として特定されて処刑されたであろう。


 その一方詐欺師は割と得をしている。

 詐欺に膨大な手間が付き纏うのは詐欺師にとっては当たり前の事であり、その手間に良い意味で見合わない過剰な報酬が得られ、小三塚との接点を再び持つ事が叶った。


「ただ、まあ、どう幕引きをするか」


 目下詐欺師の思考はその一点の為に費やされている。

 普通の詐欺行為における当て逃げの様な幕引きと違い、詐欺師の行う詐欺は理路整然とした、或いは理路整然としている様に錯覚する幕引きが必要なのだ。


『手紙だ』


 詐欺師の言葉に対する返事の様に、小三塚はそう言った。


『そうだ、手紙だ』


 何の事かは考える間でも無い。

 詐欺師は開耶勇気から預かった手紙が保管されている金庫へと視線を流し、手紙かと呟いた。

 幕引きの一つがその頭の中で形になった。

 理想とする幕引きからその準備を逆算し、必要となる時間を計算する詐欺師の耳に小三塚の言葉が流れ込む。


『明日だな』


 それはとても都合の良い言葉だったので、思わず詐欺師は部屋に盗聴器か監視カメラが仕掛けられている可能性を疑った。

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