プロローグ
古いテレビゲームを起動した。タイトル画面から『つづきから』を選択する。
少し、お母さんについて思い出すとしよう。
まず思い浮かぶのはだらしない姿だった。丸まった背中に、ぐしゃぐしゃの髪、だぼだぼの服。テレビの前で座ったままぼんやりと画面を見つめている。だるそうな横顔を見る時もあれば、無気力な背中を眺めていた時もあった。
そういえば、正面から向き合ったことはあまりなかったのかもしれない。面倒くさかったのか、照れくさかったのか。どう見ていたかは思い出せるが、どう見られていたかは思い出せなかった。
後は。確か、テレビゲームが好きだった。セーブデータがソフト本体に保存される、ロムタイプのものばかりだった。中古で買ってきて、残っている他人のデータで遊ぶのが楽しいと言っていたことを覚えている。
だが、ふと。疑問が頭に浮かんだ。
「楽しい?」
そんなキャラだったか、お母さん。
眉間にしわを寄せる。嗜好についてはいくつか聞いた記憶は、確実にある。他人の思い出や記録について語る時は、活き活きとしていた。ような、気がする。
まだ使えるから物を拾うのではなく、他人の物だったから物を拾ってくるお母さん。
お母さん。
お母さん。
お母さん、と。
砂を一粒ずつ拾うように、丁寧に思い出そうとする。お母さん。何度も頭の中でそう呼んでみて、ずっと黙っていた疑問を思い出した。
「……いらないものだから、捨ててしまうのに」
その矛盾は、最後まで胸にしまっていた。お母さんに言ったことはない。言えばどんな顔をしたのだろうか。怒るだろうか、悲しむだろうか。顔か。顔ねぇ。はて、お母さんは僕に笑いかけたことってあったっけ。どうだったかな。感情の分かりにくい人ではあったけれど、優しい人ではあった。それだけは本当だ。
お母さんの手は冷たくて。けれど柔らかくて。お母さんに触れられるだけで何故か無性に嬉しくなって。
「あ」
画面の向こうで主人公が悲鳴を上げていた。耳に痛い電子音が鳴って、不気味な葬送曲でタイトル画面に戻される。
「……うわぁー」
脱力。寝転がることにした。
これも、僕のデータではない。他人の記録で、他人のデータだ。他人の形で、他人の物だ。遊んでいくうちに僕の物になってしまうことだろう。
もうどれほど遊んだのか。自分の色が染み込んでいく音を聞いているようで。元の形を失っていくようで。お母さんは、本当に楽しかったのだろうか。
起き上がる。再びゲームスタート。
「その時はその時で」
気にせず進めた。堅苦しいことは嫌いなお母さんだった。けれど。
忘れないでいる、と言ってしまったわけで。
自分の小さな世界を壊せるほど、僕は子どもではない。
自分に嘘をつけるほど、大人でもない。
ため息混じりに笑う。
面影は、自分の中に。
思い出せることを、思い出していこう。