奴らが敵だ
凝視すれば瞳が焼け焦げる程の光と熱量を放つ膨大な電流が、大気中で幾筋にも分節しながら連続して標的に襲いかかる。複雑に歪み広がった木の根のような青白い閃光の隙間を、マリネ、カイト、瞳子の三人が寸分の狂いなくトレースしながら高速で移動していた。
紙一重、ギリギリのタイミングで致死的な熱量から身をかわしているが、三人の動きにはまるで危うさのようなものは感じられない。ここしかありえないというタイミングで、そこしかありえないというエリアに、流れるように遷移していく。まるで煩わしい日常の瑣事を淡々とこなすかのように。
「キリがありませんね。このまま永久に避け続けるわけにもいきませんし」
高速で空中をクルクルと回転しながら、黒いマリオネット、もといマリネ先生が冷静に呟く。
「術者はどこにいるのやら……或いはいないのやら……?」
困ったような表情を浮かべつつも、その視線は状況を把握するために高速でフル回転する。
その後ろを交錯するように駆け抜ける瞳子。大型の肉食獣さながらに体を躍動させ、巨大な毛筆で線を引くように、黒々とした長髪が流れていく。風を切る音が衝撃波となって四方へと拡散した。
「まぁ、先ほど見ていた光学シリーズとは比べるべくもないデスが。もしあんなものを使われたら流石に回避できんデスよ。それにしたって、これでも大分きついデスね。おそらくはLV5の元素改変系でしょうが」
瞳子の脚の筋肉がミキミキッという音をたて、強靭なバネを使った一段と高い跳躍で空を舞う。
勿論魔法による身体強化による離れ業であるが、彼女の場合、通常時でもイッパン人とは少々比較にならない身体能力を持っている。マッチョで凶悪なお兄さん程度が間違って彼女にチョッカイを出してしまえば、次の瞬間には鼻血を噴出しながらローリング土下座をするはめになるだろう。そして、土下埋まりになるまで頭を踏みつけながら、愉快そうにニヤニヤ笑う魔女の表情が目に浮かぶ。
「あ……、あっちも大分マズイことになってますよ……!?」
攻撃を回避しつつ、崖下に視線を向けたマリネ先生が焦ったように声をあげる。
約2km程先の特衛軍が展開している一帯も、青白くうねる死神の毛髪のような無数の雷光が覆っている。
屈強なエリート軍人達は完璧に統率された指揮系統のもと、突如もちあがった事態に適切に対処しているようだが、流石に手痛い足止めをくらっている様子だ。LV5~6程度の魔法ともなれば効果の対象範囲がかなり広い領域になるため、術者の居所を突き止め処理するのも容易ではない。学園で規格化されている軍用魔装具を使用して、各々が雷撃の猛威から身を守るに留まっている。
「なんか随分な大ごとになってきたな」
他の二人とは対照的に、必要最小限の動きで、極めて狭い領域の中で、電流祭りを避け続けているカイトが他人事のように呟いた。腕を組みつつ、ため息混じりに、軽快なステップを、踏んでいる。四方八方に、ランダムに、かなりの速度で、悪魔的な幾何学模様を描きながら回避行動を行っている。時折、あからさまに物理法則に反した方向へ体が遷移し、そしてまた規則的なステップが始まる。
「その魔法、相変わらず反則気味デスねぇ。使い方は無限大というか」
羨むような冷やかすような曖昧な感情を滾らせる黒魔女。
「じゃあお前も使えばいいじゃんか。登録すれば、何時でも何処でもご自由にご利用頂けます」
どこを見ているのか判然としない瞳で、殆んど抑揚のない平坦なトーンでのたまう。
「またまた、ご冗談を。早い話がちょっとした瞬間移動じゃないデスか、それ。人類の99.98%までが体質的に無理ゲーデスよ。肉体と空間を同期させるような魔法構成式なんて、個人のゲノムに組み込むには情報量が膨大すぎマス。よほどの開放系でもない限りは。そんな無茶をすれば生体構造に異常をきたして、気の弱いご婦人が見たら卒倒するレベルのオモシロ生物に成り下がるのが関の山デスよ」
「そんなもんかね……。気の持ちようじゃないか。まぁ確かに廃人になっても当社は責任を負いかねますが」
政治家の戯言なみに空虚で無責任な台詞を吐き出しながら、銀色の髪を手で梳いている。
「ウヒヒ!その傍若無人な感じが、たまらなく最高デスねぇ……」
二人の会話を遮るように、一段と巨大で暴力的な電流が空間を穿った。
「まぁ、それはそれとして。あれだな、あの岩の上。あれがそうだ」
カイトが面倒くさそうに、遠くに屹立する不恰好で巨大な岩山の上辺を指差す。
「どうやらそのようですね~」
息つく暇もなく飛来する電流フルコースをかいくぐりながらマリネ先生が頷く。
「あれが術者デスか?随分と無防備に身を晒してマスが。」
ゴツゴツした奇怪な動物を思わせる岩山の上に、人影が三つ、揺らめく。
「あの無駄に禍々しい魔力、さっきの赤髪と同じだ。俺が保証しよう、奴らが敵であると」
したり顔で解説する評論家も真っ青な軽薄さで、力強く宣言するカイト。
「成程。そう言うならそうなんでしょう。では、とりあえずこれでもお見舞いしマスかね」
瞳子の表情がサディスティックに歪む。仰々しく広げた両手の平とその周囲が赤熱し始める。
その腕には焼印のように漆黒の古代文字のようなものが浮かび上がっている。
「まぁ、国産一般人の丸焼き(冤罪風味)ができあがっても、当方は責任を負いかねマスが?」
クックッと愉快そうに、悪びれない様子で洒落にならないことを口にする。
その両手の平から両肩にかけて、太陽のコロナの如き灼熱の赤が暴れまわり、覚醒を始めた不死鳥の如く、両腕から翼のような陽炎が立ち昇る。
「え、ちょ……!何する気で……」
慌てたゴスロリ教師が急いで体勢を変え、何かを訴えようとする間もなく、瞳子が魔力を解放した。
『炎滅=業化!!』
その瞬間、爆裂する赤黒い超高温の光のラインが、瞳子の両腕から照射先に向けて、空間を音速で伝播していく。
遠く岩山の上の正体不明の人影の辺りまで一瞬で到達すると、大型機械がねじ切れるような大音量とともに空間を焼き尽くした。その周囲に次々と魔方陣が展開し、全てを飲み込むように爆発の連鎖が巻き起こる。岩山は砂に分解し、やがて気化して綺麗サッパリ消え尽くした。
「あーあ、完全に吹き飛んだな。本当に敵だったのかな、あれ」
両手をポケットに突っ込みながら、心底心配そうな表情を装いながら立ち尽くすカイト。
「大丈夫デスよ。さっきの君の台詞は確りと録音してありマスからね」
そう言う瞳子の手にはピコピコと点滅する魔法端末が握られている。
マリネ先生はといえば、プルプルと震えながら、一筆で描かれた二頭身キャラみたいになっている。
「まぁ、雷オンパレードも止んだことだし。たぶんビンゴだったんだろうな」
その言葉通り、先程まで辺り一帯を蹂躙していた電撃の嵐はピタリと鳴りを潜めていた。
「まさか、これで終わりデスか。随分とあっけない」
一昔前の漫画のようなすっとぼけた顔を浮かべながら、肩を落とす瞳子。
空気を抜かれた猫のように、残念そうに全身を少しずつ縮めている。
その黒水晶のような髪とミルク色の肌の上を、細かく刻んだような冷風が撫でて行く。
『勿論、終わりじゃないですよ。お嬢さん』
感情の死滅したような声が、不吉な音色で荒野に響いた。