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体重は一定です!

『ジェネリテ<生起>:転送(トランスポータ)!』

 マリネ先生が、小さな手の平をピッと宇宙方向へ振りかざし、質量のある声で呪文(スペル)を唱えると、三人の周囲を幾層にも重なった金色の魔方陣が円転する。バシバシッと鋭い閃光を放ちながら、その場の法則が徐々に不安定に揺らぎ始め、術者の体が眩い白光を燻らしながら輪郭を失くしていく。

『ディスティネート:第6新校舎(セントラルタワー)!』

 力強く転送先の地名を叫ぶと、目も眩むような光が辺り一帯を包み込み、大小様々な不定形の魔道文字が三人を中心とする円錐空間の中を激しく飛び回る。

 全員の輪郭がまさに消失する寸前、唐突も無くバシュゥゥ……!!という気の抜けるような音が響きわたり、何事も無かったかの如くその場に棒立ちになる、マリネ、カイト、瞳子の三名。

「…………」

「お……?」

「え、なんデスか……?」

 戸惑いの言葉を呟き、三者三様に残念な顔をさらしながら視線をキョロキョロと彷徨わせる。魔法の気配はすっかり消失していた。

「転送されてませんデスが……」

「…………」

「ちょ……、マーちゃん先生、、やっぱり食べる量少し減らしたほうが……?」

 哀れむような目付きで担任を見つめる二人。呆れたように口が三角形に半開きになっている。

「な、なんの関係があるんですか!!体重は常に一定です!!お……おかしいですね……。起動構成式に問題あるはずないし……端末は最近調整したばっかで……」

あれれ、と最近買い換えたばかりの魔法端末をキョドリながらいじくり倒している。

「システムとのリンクも正常ですし……。というより術が途中まで起動してましたから発動されないはずが……うぅ~……」

「じゃあ、やはり食べすぎなのでは……、そういえば二の腕のあたりが少しだけポチャッと……」

「してません!!食べすぎてません!!なんですか、もう!!」

 腕と足を精一杯ジタバタさせながら、ムキャー!といった感じで飛び跳ねるマリネ先生。その落ち着きのない感じは全然ゴスじゃないし、年齢的にいえばロリでもない。彼女の存在意義(レゾンデートル)危機(クライシス)だ。

 ビュウッと微量の冷気を含んだ風が吹き、細かい砂塵が宙に舞っていった。


「も……もう一度起動しますよ!えっと、と、こうして」

 素早く端末を操作して、キッと真剣な表情で天空に手をかざす。

『ジェネリテ<生起>:転送(トランスポータ)!』

 先ほどよりも一段と気迫のこもった声で叫ぶ。

 だが、今度は起動すらしなかった。自由の女神も真っ青なフォルムでマリネ先生が立ち尽くしているだけだ。勿論サイズはずっとコンパクトだが。

「…………」

 若干顔がひきつっている。

「もう、あっちの不良転校生に頼んで連れ帰ってもらったほうが早い気がしてきましたケド……。何かさっきも転送術みたいなの使ってここまで来たみたいデスし。面倒なんでそうしマスかね」

「ちょ……!それは駄目、駄目ですよ!それは駄目です!駄目駄目!絶対駄目!」

 大急ぎで瞳子の行く手に立ちふさがり、腕をぶんぶん振り回す。

「どんだけ駄目なんすか……6回言いましたけど……」

 ボソッと無感情ぶった声でカイトが囁く。

「ええー。でももう寒いんで早く帰りたいんデスけど~!」

 不満に口をとがらせながら、瞳子が両手で体をさすっている。

「で、ですから。もう一度、もう一度~……」

 眉間に困惑の色を浮かべて、変だな~変だよぅ~と呻きながら苦戦奮闘する。彼女の手のひらの上の漆黒の端末のまわりをピコピコとカラフルな立体魔道文字が回遊する。登録されている様々な魔法構成式が入れ替わり立ち代り、表示されては消えていく。


「それにしても、ここから見てもレイン君は可愛いですねぇ。あ、兄さんと何か喋って?ますよ」

「ん……あんまり見えねぇけど……お前、眼良すぎな……」

「これでもこの眼鏡で視力抑えてるんデスけどねぇ。それにしても、なんであの不良(兄)はスカートはいて踊ってるんデスかね。ド変態デスか、まぁ変態は嫌いじゃないデスけど、ああゆうのはちょっと違う気がします」

「よく見えねぇけど、それは疑いようのない変態だな」

「むむ、レイン君が兄のスカートを引きちぎってマス。修羅場の予感デスねぇ……」

「特衛軍急いで。急いで特衛軍~」

 担任を完全放置で能天気な会話に花を咲かせる二人。控えめにいっても、教師に対する敬意は殆んど感じられない。

 その間にもマリネ先生は担任の威厳をかけて端末の再調整を完了させたようだ。

「よし、これで絶対大丈夫な"ハズ"です。もう一度行きますよ!」

 思いつめたようなピリピリした雰囲気を身に纏わせながら、そう宣言する。

「え~、本当に大丈夫なんですか~?またしても三人ともども不思議オブジェと化す運命なんじゃ……」

「大丈夫です!」

「そういえば、雷来軒のスペシャルランチって何だったんですか?」

「特製大盛りから揚げと、海王海老のスープですよ!」

「美味しかったんデスか?」

「お…美味しかったですよ…!?!」

「だから食べすぎちゃったんデスね?」

「た……食べすぎて……ないです……!!」

「体重はほんとうに一定なんデスか……??」

「うぐ……」

 端末を握り締めながらプルプル震えるマリネ先生。丸い瞳がウルウルし、小さめの口はムグムグ言う。身にまとった衣装さえ、その自慢の黒さが少し弱まっているように見える。ゴスではない。しかしロリとしては合格点だ。

「あ、ちょ……泣かないで下さいよ。冗談ですよ。瞳子が言いすぎなんだよ~!」

「ぇぇぇ、私のせいなんデスか!?ええ、と、そんなに気にしなくてもいいと思いマスよ?少しくらいポッチャリしてたほうが……」

「うううぅぅぅ………!!」

 掌の中の端末がミシミシいっている。鳴る直前の大音量目覚まし時計さながらに体が細かく痙攣し始め、今にも破裂しそうだ。

「あ、あれー……?それ程までに気にしていたんデスか……?えぇと、いや悪い意味ではなくてデスね……?そもそも現代人は脂肪に対して敏感すぎるというか……」


 そんな他愛も悪意も取りとめも無いやり取りをヨソに、三人のいる場所の上空に、黒く濁った雲とも霧ともいえない不穏なナニカが立ち込めつつあった。自然現象にしては限定されすぎた範囲を覆うそのナニカは、濃密な悪意と明確な意図を充満させながら、その空間を包囲し始める。どす黒く粘度を増していく粒度の細かいソレが、病的な抽象絵画のように重苦しくウネる。その隙間を白滅した電流の滝が凄まじい速度で走りぬけ、三人のいる場所に吸い寄せられるように流れ込む。

 ガガァァン!!という凄まじい轟音とともに、周辺の岩石がことごとく砂に還り、朦々と粉塵が舞い上がった。

「な、何ですか!?!」

 ハッと我に返り、臨戦の型へと素早く身を翻すマリネ先生。

 カイトと瞳子も、電流の着弾したポイントから迅速に距離を取りつつ、魔法端末の自動警戒レベルを7ポイント引き上げ、戦闘態勢に入る。学園内ではそう珍しくない事態だ。対処の仕方は十分過ぎるほど心得ている。

「さっきから妙な魔法構成式が空間に紛れ込んでるような気がしたが、何か来たな」

「何デスか。本当に新たなる追っ手ナウ!ってことデスか?でも何故こっちに!?元凶のトラブルメイカー君はあっちで相変わらずフェティッシュな踊りを披露してますケド。冗談じゃないデスね。フヒヒ!」

「また来ますよ!!」

マリネ先生が言い終わらぬうちに、放射する電流の嵐が、絡み合いながら地表の三人に向かって降り注いだ。

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