マリネ先生
「それにしても本当にアッサリした決着でつまらないデスね!赤髪の狂信者さんはいまや完全に、疑いようもなく"黒炭"みたいになって転がってますし。あれデスかね、原理教は学園に跋扈する四大テロリストの中でも最弱!!的な展開デスかね。そして新たに学園に巣食う強大な闇の存在が明らかに……?」
「いや……名実ともに大陸随一の指定テロ組織のはずだが……。実際、学園のシステムにハッキングして最上位魔法を使用するとか技術的にも魔術的にもまさにウィザード級だ。それに他大陸の系列組織も含めると二十万人近い構成員がいる。政治的な影響力も相当なもんらしい。こんな組織は他に類を見ない」
「私もよく学園のシステムにはハッキングしますけどね?新しい魔法構成式を思いついた時に、物理シュミレートするのにすごく便利なんデスよ。処理能力が桁違いなので」
ふふん、といった風情で腕を組みながら自信たっぷりにのたまう瞳子。腕の良い書家が一筆で描いたかの如く、優雅に全身の各部位を空間に配置している。
「まぁ……、お前もちょっとした国家テロリストみたいなもんだし、若干頭もオカしいし……。今の発言は聞かなかったことにするけど」
少し疲れた、否、大分疲弊した顔で、ぼそぼそとクラスメートの問題発言を受け流すカイト。誰かさんのせいで今まで散々とばっちりを食らってきたので、若くして諦めの境地に至ったのだ。
「ではこれから更なる凶悪な追っ手が派遣されてくる展開デスか。となると不良転校生君も大変ですねぇ。カワイイ追っ手だといいんデスけどね」
「さっきアッチで繰り広げられてた顛末が白昼夢でもなければ、法皇クラスの使い手でも来ない限り問題はなさそうだが……。さっきも言ったがLV8の魔法を易々と無効化するなんて想像するのも難しい」
法皇とは、地球の各大陸に一人ずつ存在している、国家元首兼、各大陸軍の最高指揮官である。任命方式は大陸によって様々だが、何れにしても人類トップクラスの魔法使い(マジカルエンジニア)である。西大陸オズワルト共和国の"聖王"ジルバルト、レッドオーツ帝国の"死神"ドクターポップ、その他数名が、法皇として今この地球上に君臨している。とはいえ、平時には政治を専門とした文官からなる統治機構によって各国家が運営されているが、千年前の大陸間戦争のような事態になれば、彼らが大陸軍最高指揮官としての権限を行使し、己が大陸の持てる技術、資本あらゆるものを投入した総力戦を行うことも可能だ。
「法皇クラスともなれば、歩く戦略核兵器と言われますから。そんなものが大手を振るって動き出した日にゃ、我々人民の命が幾つあっても足りませんデスね」
わざとらしく怯えたようなフリをしながら体を縮込ませてみせる。勿論その目は愉快そうに爛々と輝いているが。この娘、厄介事だの予想外の事態だのが大好きなのである。そしてそういった事態を楽しみつつ、火の粉を振り払うだけの実力も持ち合わせている。それがなおさら厄介だとは言わないでおくが。
「カイト君~!瞳子ちゃんも~!!そろそろ学園に戻りますよ~!周りも騒がしくなってきましたから!」
二人の掛け合い漫才のようなやり取りをさえぎるように、20代後半と思しき女性が、声を上げる。
学園のクラス担任のマリネ先生だ。カールした金髪セミロングを元気よく揺らしながら、二人の下に駆け寄ってきた。パタパタと可愛らしい効果音を発しそうな不思議な走り方をしている。小柄な体躯を、黒を基調とするフリフリしたドレスで包んだ、いわゆるゴスロリ教師である。ハァハァと息を切らしながら、若干演技っぽい仕草で息を整えている。年齢に似合わぬ純粋ロリっぷりが一部学園職員の間で人気らしいが、それと同じ理由で一部の根強い反感も買っているとの噂だ。ちなみに、ちょっと強めの台風が来ればフリルをひるがえしながら吹き飛ばされていきそうな見た目をしているが、なかなかの大食漢で同僚からは"マイクロブラックホール"と呼ばれているらしい。
「あれ?マーちゃん先生、雷来軒のスペシャルランチ食べに行ったんじゃなかったスか?本日限定っつて」
「大急ぎでかきこんで来たんです!味わってる暇なんかないんですよ!緊急事態なんですから!」
「しっかり食べてきたんスね…」
「そんなことより!後は特衛軍の皆さんに任せて私達は撤退しますよ~!」
オレンジ色の瞳を見開きながら興奮気味に彼女が言うとおり、先ほどまで戦場だった場所に特別護衛軍、つまり学園の領域内で発生した厄介事をひねり叩き潰すために編成された戦闘集団が到着しつつあった。
先端軍事技術の塊である最新鋭の戦闘車輛、軍用機等が続々とやってくる。
たった一人のテロリストの為にこれほど大掛かりな動員がされるのも不思議ではなく、原理教の幹部が事を起こしたという事になれば、A級自然災害の発生と同等の危機とみなされるのだ。
特衛軍専用のパワードスーツを身に纏った一級戦闘員達が、尋常ならざる覇気とともに現場に展開する。学園特衛軍といえば、各大陸に数ある特殊部隊の中でも、戦闘技術、情報収集能力ともに抜きん出た実力を有する怪物集団である。学園に蓄積された膨大な魔法技術、エリート教育をもって養成すれば当然の結果とも言えるわけだが。
「瞳子が通報したのか?」
「いえ、私は何も。通報なんかしなくても学園周辺で起きている万事について、彼らが見逃すはずも無いでしょう。うちが民主主義?の国家で良かったですよ。もし全体主義国家だったら、と考えただけで背筋が凍りつきそうで興奮に身悶えしてしまいます。私生活の隅から隅まで丸裸間違いなしデスよ」
体をクネクネさせながら、フザけたような深刻そうな表情で目を細める。
「まぁ実際民主主義かどうかは、だいぶ怪しいところだけどな……」
「民主主義なんてものが一種の建前、幻想であることは誰もが認識していることでしょうがね。この国に限ったことではないデスが」
カイト、瞳子、両名は冷めた表情で眼下に広がる光景を眺める。
「そういえば、あの問題児兄弟はどうするんですか。放置ですか?」
「あ……あー……、それは、その取り合えず特衛軍の皆さんにお任せするという話で……。そういうことになってるんです……」
解り易すぎるほどに目を泳がせながら、四肢を色んなバリエーションでワタワタさせている。
「なんデスか……。そこはかとなく怪しげな……。厄介事の匂いがしますね。それも結構なスケールの。興味深し……ヒヒ」
「と……とにかく!!、転送魔法を起動しますよ!二人とも早くこっちに来て下さい!取り合えず新校舎に戻りましょう」
マリネ先生は時空間魔法の専門家だ。空間転移、時間操作、その他色々幅広く使うことができる。状況に応じた最適な術を、正確に、極めて迅速に使いこなすプロでもある。そして魔法を使った身体強化、体術による戦闘技能も一流。さすがに学園の講師を努めるだけのことはあるのだ。
「では行きますよ!『ジェネリテ<生起>:転送』!」