ゲーム
『光学圧砕!』
爆音とともに目の前の大地に巨大なクレーターが作成された。
紫色に濁った空から、凄まじい速度で光の散弾が降り注ぐ。
刻一刻と地表の形状を無残に変形させていく冷酷な光の暴風の中を、俺は膨大な選択肢の中から最善と判断された回避行動を素早く実行する。もうかれこれ10分近く退屈な同じ動作を繰り返し続けていた。実際のところ避ける必要すら無いのだが、最近ハマリぎみの「ゲーム、アニメ」等の思想に感化されたこともあり、肉体に僅かの損傷も受けないように、一分の隙もない完璧なる回避行動を優雅に切れ目無く続けているのだ。飛来する無数の光の柱が通過するであろう座標、弾け飛ぶ岩石やら金属片やらの無規則に思える動き、大気の流れ、あらゆる要素をリアルタイムで入力して、次の瞬間に生起する世界の様相を予測し続けている。
俺の弟レインはその様子を自閉空間の中から、完成したパズルのような穏やかさを持って観察している。その密やかな鉱石のような瞳が、現実空間に展開するあらゆる軌跡を完璧にトレースし、記録していた。弟の持つ瞳、霊眼は我々のOSである世界精神<Weltgeist>に接続されている。アーキテクチャが保有する甚大な処理能力のかなりの部分を行使することができるのだ。
レインは、自律精神の中でもかなりの高位階に属する存在で、つまり人類でいうところの貴族のようなものだ。それに見合うだけの権限や個体能力を付与されている。そして俺はどうかといえば、それは弟の「影」とも「行間」とも定義できるような存在であると言っておこう。
「フム……これでは避けている内に入らないな。最近試したゲーム、約9000タイトルの難易度の平均値を大幅に下回っている。クソゲーレベルが<Under9thousand!!!!>、といったところか……」
間髪入れず金色に輝く光の束が、0.4秒前まで俺が踏みしめていた金属板を跡形も無く消失させた。キラキラとして綺麗なだけで、危機的な要素は何一つ含まれていないように感じられる。
依然として半径1km程の空間が、荒れ狂う光の暴風に晒されていた。
「何だ……何故かすりもしない……。学園のメインシステムで直接制御されたLv.8の殲滅魔法だぞ……」
不快そうに顔面の筋肉を小刻みに震わせながら叫ぶのは、全身を禍々しい法衣で包んだ赤髪の男だ。
「そりゃあ、そんなレトロなシステムではね……」
まぁ、この星の文明レベルとしては妥当な所だろう。この地球圏全域のインフラを制御しているという学園のシステムの力を使用すれば、限定された空間内の物理法則を一時的に変更することが可能らしい。何やら科学技術の発展の仕方に妙な偏向性があるように見受けられるが、いずれにせよ、できることとできないことの境界は常に明確にそこに存在するのだ。
直接制御された魔法とやらは、極めて原始的で素朴な物理学の原理に従って、あらゆる可能性の雫をボロボロとこぼしながら、俺の周りを乱雑に旋回し続けていた。
「レトロ……?何を言っている……。この星の"殆んど"全てを掌握しているシステムだぞ……」
「そう、殆んど。そこが問題だ……」
いくぶん声のトーンを落としながら、教え諭すように、しみじみと呟く。
実際は、そこもかしこも問題しかないのだが、それはいい。惑星一つの運行、生態系程度を完全に掌握できない程度のシステムでは、星間戦争でも起きればそれこそ全戦全敗だろう。アーキテクチャの支配が及ぶエリアでは、恒星系ごとまとめて操作して仮想システム化しているような文明圏が、それこそ供給過多、ハイパーインフレ状態だ。この星の取れる戦略といえば、右頬を叩かれたら左頬を差し出す精神ぐらいなものだ。それはそれで潔い態度だとは思うが。
「何が問題だって……?下らん戯言をほざいている暇があるなら……消し炭となれ!」
『光学冥嵐!』
赤髪のその男は幾分声を荒げながら、音声入力の如くスキル(魔術)の固有名を叫ぶ。
遥か上空に無数の魔方陣が出現するとともに、先程とは比較にならない量の暴力的な光が、俺の周りの地形をガリガリと削り取っていく。飽和攻撃を狙っているのだろうが、この程度の熱量と複雑性ならば、回避行動に要する情報処理量は先ほどと微々たる程度の違いしかない。
しかし少々面倒になった俺は、おもむろに回避行動を止め、無造作に左手でホコリを払うような動作をする。
「ヴゥ――――ゥ---ン」
その瞬間、空間を満たしていた膨大な光の奇跡が、電源を落としたように即時かき消えた。
「……!?」
何が起きたのか全く理解できていない男に、特に慈悲をかけるでも説明するでもなく、俺は"魔法"とやらを発動させている奴の腕に装着された情報端末の周囲に高密度のカマイタチを発生させる。端末は微塵に粉砕され、装着されていた腕もズタズタに裁断された。と同時に次のコマンドを虚空に向けて入力した。
『爆縮/ミニマム』
瞬間、法則の切り替わる音が炸裂し、奴のヒザから下がささやかな風情で消し飛んだ。
「ぁっグァアアぁぁあ!!」
随分と品のない音量でくぐもった悲鳴を上げ、中空でのたうちまわっている。
流石にこんな単調なゲームを延々と続ける趣味は俺にはない。地球人の作ったバーチャルゲームであれば、彼らクリエイターが造ったゲームバランスというものが存在し、それなりに俺にも楽しめるだろうが。
エピローグなどは特に必要ない。ここで強制終了だ。