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続・最狂ボイス魔王(元勇者)

遊森謡子様企画の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。

  ●短編であること

  ●ジャンル『ファンタジー』

  ●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

 詳細は遊森謡子様の活動報告をご参照ください。

  http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763


よければ前作「最凶ボイス勇者?!」からお読みください。

読まなくても問題はないと思います。

 武器っちょ企画参加作品




 異世界に勇者としておまけ(本当は俺が勇者だった)で召喚された。

 そんな面倒なのは勘弁ってバックレたのに見つかり、騎士たちに脅され渋々魔王退治に行った俺。

 魔物を倒す道すがら歌った俺の素晴らしいデスボイスに、全魔族がひれ伏した。

 俺の歌を聞いてもへこたれないファン(魔族・魔物)を手に入れ、勇者から魔王に転職。


 俺の「声」にはあり得ない量の魔力があり、歌う時の強い意思や歌詞の意味に反応して「デスボイス」が発動するらしい。

 もちろんそんな歌を収録したCDも魔力を帯びた武器になってる。

 元魔王が言うには、俺の唄は中毒性が強く毎日聴かないとイライラしてきて、破壊衝動を押さえきれないとか!

 そんなこととは知らず、暢気に毎日ライブをしていた俺。

 ま、毎日歌えばいいだけなら楽だなと、この時はまだ気楽に考えていた。


 元魔王を筆頭に魔物が日々賢くなり、難しいことはそいつらに丸投げ。

 俺の仕事は毎日一度、必ず歌うことだけだった。

 魔王城があるから寝るところには困らないし、食べ物も魔物たちが貢いでくれて上げ膳据え膳な生活を満喫していた。

 人間が住んでいる街とはそれなりに距離が離れているので、毎日ライブしても問題ない。

 マジでこの世界サイコー!


 …というのが数日前。

 今朝起きて恒例のライブのために発声練習をしようと思ったら、声が出ない!

 歌いすぎて喉を痛めてしまった。昨日までなんともなかったのに…。

 最近は過激な内容は控えた歌詞にして、魔物たちの賢さアップを狙った曲にしていた。

 それがまた微妙にデスボイスしづらい。

 でも、デスボイス抜きの歌にしたら、魔物たちがブーイングしたり欠伸したり…あれ、なんか俺の価値はデスボイスだけって気がしてきた。

 そもそもデスボイスというのは、歌い方の一つであって、決して魔物を調教する武器じゃない!

 叫んだり声を歪ませて歌う一種の技法なんだ、…誰も理解してくれないけど。

 喉に負担がかかるから、もとの世界でもライブは週末だけ。

 いつもバンドのメンバーが気絶するし、客も白目むいて倒れるから演奏予定通りに歌い終えたことがなかった。

 新魔王になり思い切り歌えるのが嬉しくて…つい毎日ライブをしていたけど、俺の喉は限界に来たようだ。

 とにかくライブをどうするか決めないとまずいと思い、滅多に使わない呼び鈴で元魔王を呼ぶ。


「(声が出ない。ライブができない、これってヤバくね?)」


 すっ飛んできた元魔王と筆談をしている。

 俺が書いた内容を見て、驚いて目玉を落とした。

 元魔王が落としたついでにと拾った目玉を俺の喉に突っ込み、喉の様子を見てため息を零す。


「ああ、こんなに腫れて…ここまで腫れてしまうと、しばらくライブもお休みですね。腫れが引くまで安静にするしかこの世界では治療の仕様がありません。」


 目玉をギュイギュイと元の位置に戻しながら、さっき見た俺の喉の様子を壁に投影して見せてくれた。

 誰が見ても「腫れてます!」ってくらい真っ赤に腫れていた。


「ちなみに主様の世界でなら治りますか?」

「(多分、無理。喉を休めるくらいしか方法はないと思う)」


 もとの世界でも一度痛めた歌手の喉を治す治療っていうのは、とにかく時間がかかると聞いている。

 俺は今回初めて喉を痛めたので、どれくらい日にちがかかるかわからない。

 元魔王と二人でどうしたものか…と悩んでいたら城の外で轟音がした。


 …ドーン、ドゴーン!バリバリ!


「何事ですか!」


 元魔王が慌てて音のした方へ向かう。

 俺も喉をさすりながら、元魔王のあとに続く。

 なんかものすごく嫌な予感がする。


「うおおおお、歌! 歌を!」

「ウタ、キク。ハヤク!」

「ぐおおおおお!!」


 朝礼がわりに俺が歌を歌っていたのが裏目に出てしまった…。

 魔物たちが歌を歌え、歌ってくれ、歌わないのか?と騒いで、さらに気の短い魔物が手当たり次第に物を掴んでは投げ、破壊していた。

 普段は大人しくライブでは耳から血を流しながら聞いているけど、今日は様子がまるで違う。

 目は血走り、牙を剥き今にも狂いそうで怖い!

 俺のデスボイスで抑制が効くのが一日。

 元々知能の高い魔族は、毎日聞かなくてもそんなに問題はないらしい。

 問題なのが知能の低い魔物達。

 歌を聞きたいという欲望に抑制が効かず、暴れだしてしまった。


「(うわーどうするよ…これ。喉が治るまでこいつらずっと暴れるんじゃね?)」

「困りましたね…、これでは城が破壊されてしまいます。」


 とりあえず、元魔王が暴れている魔物たちを強制的に眠らせ、無理やりその場は収まった。

 うん、えげつないね、元魔王。

 眠らせるっていうか、カッチカチに凍らせた。

 とりあえず俺の喉が治るまで、このまま飾っておくそうだ。

 嫌なオブジェだわー。


「緊急措置として、城の周囲全体に強制的に眠りの魔法をかけておきます。時間を稼いで、早く喉を治す方法がないか調べましょう。」

「(俺が歌わなくてもこのCDが再生できれば、ライブと同じになるんだけどな)」

「それはどういう意味ですか…? これは武器だと思っていましたが…」


 俺の歌を収録したCDは勝手にケースから出て、俺の言うとおりに動く世にも恐ろしい武器という認識の元魔王。

 うん、それってCDじゃないよね。

 悲しいかな、この世界には電気がない。

 そう、電気がないからCDを流せるコンポも当然存在しない。

 電気がないので、CDとそれを流す機械の説明をしたいけど、電気の説明ができない。

 最初からないものをどう説明すればいいんだ。

 だから、俺の世界じゃ普通に存在する便利な魔法みたいなもんと適当に言っといた。

 それにしてもこの世界、魔法があるばっかりに中途半端に文明が止まってる。

 だけど召喚した歴代の勇者のおかげなのか、風呂やトイレと言った生活習慣に関してはわりと文明が進んでいる気がする。

 多分召喚されたけど、バックれた勇者候補もかなり存在したんじゃないかと俺は考えてる。

 俺も一度は逃げたしね!

 一緒に召喚されたリーマンのおっさんを元の世界に戻せたんだ、俺、元の世界に帰れるんじゃね?

 それを元魔王に相談してみた。


「無理ですね。」

「(なんでだよー!!)」

 納得がいかず、思わず机を叩く。

「召喚は普通一方通行です。喚ぶだけなら魔力は微小(魔族換算)で済みますから。あの人間たちもそう言っていたのでは? ごく希に帰れたモノもいたようですが…」

「(あッ!そういやそうだった…)」

「それに主様があの男性を元の世界に戻せたのは、”偶然”の一致だったと思われます。彼も強く元の世界に戻りたいと願い、そして彼が戻ることを強く願っている存在がいたのではないかと…」


 あの冴えないリーマンのおっさんにリア充の臭いがするなんて…、ということはこっちと向こうで”帰りたい””帰ってきて”と合致してそこに魔力が加わって世界を移動するってことか?

 よし、それを俺に当てはめてみよう。


 恋人=当然いない、親=家の金をCD作成につぎ込んだのがバレて絶賛勘当中、バンド仲間=俺は親友と思ってるけど、どうなんだろうか…。

 自由気ままに生きてきたから、俺に帰ってきてくれ!なんて思ってくれるヤツなんているのかな…。

 やばい、泣きたくなってきた。

 気分が落ち込んだので、気分転換に携帯の電源を入れてみた。

 予想外なことに、たくさんの着信と留守電・メールが入っている。

 あれ?この世界って電気なかったよな?なんで圏外になってねーの?

 まあ使えるなら良いやと、携帯を弄ろうとしたら突然バンド仲間からの着信が入った。


「…(あ、声出ないの忘れてた)」

「てめぇ! 今どこにいんだよ、電源ぶっちしやがって!」


 いや、異世界にいるんでどこと言われても…、ノブすげー怒ってるな。


「テレビの出演依頼があったって、留守電聞いてねえのか!」


 テ・レ・ビの出演だってー!!

 超底辺のインディーズバンドに?


「今日が返事の期限なんだよ、リハとかもあるし代わりのボーカル入れたから…恨むなよ、…じゃあな!」

「…」


 切れてしまった携帯をしばらく呆然と見てたけど、気を取り直して大量に保存されてる留守電を聞いていく。その内容を聞いて、俺は非常に憤慨した。

 なんと、歌での出演じゃなく『街で噂のデスボイスに耐えれる人間はいるのか? いや、いない。それを検証してみようぜっ!』~ノブからのメールに、こんな内容の台本の写真が添付されてた。

 なんだこの番組。

 要するに、オカルト番組で都市伝説特集の検証のための出演らしかった。


 ふ ざ け る な !


 俺の歌は都市伝説じゃねー。

 そりゃ、確かに悪魔が出てくるような歌い方だけれど。 

 俺の歌はデスボイスだけじゃないんだ! 

 その逆もあるんだ…デスボイスは超低音の音域だけど、その逆の超高音のハイトーンデスボイスもあるんだ。

 でも、それを歌うと近所中のガラスやらその他諸々が割れるから、やらないだけで…違う、俺は悪くない、脆いのが悪い!

 変なトラウマを思い出してしまいそうだから、もう携帯は切ろう…。

 でも、色々取りに行きたい日用品(メイク道具とかコンタクトとか)とかもあるし、一度は元の世界に帰りたかったなあ…。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、いつのまにか俺は自分の家に戻っていた。


 あれ、ここって俺の部屋じゃん。はは…、簡単に帰れたよ…。

 誰か俺に帰ってきてほしかったのかな…誰だか知らないけどありがとう。

 しかし急に元の世界に来たから、携帯だけしか持ってない。

 異世界に財布も置いてきたから所持金ゼロ。

 うーん、と考え込んでいたら、俺の後ろからいるはずのない声がした。


「ほほう、ここが主様の世界ですか?」


 元魔王がついてきたー!!

 しかもダンディなおっさん(推定150㎝)に化けている。

 ずいぶんちっさいけど、人に変身できるなんて聞いてないぞ。

 俺の表情で悟ったのか、元魔王がニヤリと笑いながらこう話した。


「お忘れですか? 私は、主様の忠実な下僕です。主様がお困りであれば、下僕である私はどこにでも参上します。主様の世界に魔物はいないと聞いていましたので、人化しております。しかしこの世界には、”魔”が非常に少ないので本来の姿の半分程度しか…」


 なんかまだ話してるけど、とりあえず必要なものをさっさとまとめるか。



 ◆ ◆ 


 元魔王を無視して、必要なものをカバンに詰め込んでいたら、シクシク泣き出したので話を聞いてやることにした。


 とりあえず、ここにはそんなに長い時間は滞在できないだろうと言うこと。

 魔物たちが魔王様ー!歌ってー!と叫んでるのがビシバシ聞こえるらしい。

 俺には聞こえない。この耳鳴りのような唸り声かなとは思うが、聞こえないことにする。

 今は俺の”意識”がこっちの世界にあるけど、俺が少しでも魔王城に戻りたいと思えばすぐ戻れること。向こうからガンガン帰ってこいコールが来てるためだ。


 せっかくだから、この世界を少し見てみたいこと。

 それまで魔王城に戻りたいと思わないでください!とすがり付いてお願いされた。

 それは全然構わないんだけど、移動するにもお金かかかるし…先立つものがない。

 俺がそう書くと、元魔王が金貨をジャラっと出した。


「これを換金すればよいのでは?」

「!!」


 元魔王が金貨を持ってきてくれて助かったー!

 どこで手に入れたとか、なんで血まみれなの?とか俺は知らない。

 さくっと換金して、病院行って喉を診てもらい日用品を買い込もう。

 もう、バンドのメンバーなんて知らねー、ふん。


「そういえば主様、しーでぃーこんぽとはこれのことですか?」


 元魔王がCDコンポを指差す。


「(そう、それがCDコンポ。使ってみせるよ)」


 コンセントを差して俺のCDをいれて…ボリュームを最小に絞って、再生スタート!


 パリン。


 少し再生しただけで、部屋の電灯が割れた。

 えー、なんか前より威力が増してないか?

 そんなことよりも、あれだけイガイガしていた喉が痛くないような…。


「気のせいじゃない…喉が痛くない!」

「私も肩凝りと腰痛とその他諸々の痛みが消えました!」

「しかし…なんで急に治ったんだろ?」


 元魔王はCDコンポに耳を傾けて、何やらぶつぶつ呟いている。

 CDコンポ壊すなよ?それしか再生できないんだから。


「主様…どうやらこのCDの曲から治癒の魔力を感じ取れます。」


 マジか?!そのCDに入ってる曲は…たしかバンドメンバーの親が重い病気になったときに書いたな。

 歌詞はあまり覚えてないけど、ハイトーンデスボイスで、治癒祈願したはずだ。

 確か…健康第一…いや、家内安全だったか?それを元魔王に伝えると、納得したらしい。


「なるほど…健康になることを思いながら歌われたので、体の不調を治す奇跡の歌になったのですね…さすが主様です。」


 いや、奇跡の歌は誉めすぎだ…最小の音量で再生してるのに、部屋の電灯だけじゃなく…窓ガラスにヒビが入り出したし…。

 さしずめ破壊と治癒の歌だな、まぁ壊してばっかよりはマシか!

 病院行かなくて済んだし、用事を済ませて異世界に戻るか。

 CDコンポもばらして持っていくことにした。電源は元魔王が考えがあるそうな。

 電気ないのにどうすんだろ?パソコンもボロいけどバッテリがあれば、辞書がわりに使えないか?

 あ、親からくすねたお金も返しておこう。血のついてない金貨数枚と手紙を書いておく。

 今の時間なら家族は仕事に出て誰もいない、これで足りるといいなあ…。


 それから家を出て、金貨を換金し必要なものを買いまくる。

 やっぱり後釜が気になる、俺の代わりに入ったボーカルがどんな声をしてるか見たいと思う。

 ちょうど今日は収録リハすると予定では書いてあったな。

 ささっと一般人に変装。元魔王はなぜか最初からホストみたいなスーツ着用だったので、そのまま。


 指定されたテレビ局に着いたけど、部外者な俺たちがすんなり入れる訳もなく…。

 元魔王に頼んでこっそり潜入した。


 首から見学者パスをぶら下げて、収録のリハーサルを見学する。

 観客席からだとメンバーにバレるので、大道具の熊みたいな人の後ろから顔だけ出して見学。

 む、アイツが代わりのボーカルか…、俺よりイケメンじゃねーか!

 なんかムカつくな…、メイクも薄いし、やる気あんのかアイツ?

 逆にメンバーのメイクが濃すぎて、ドン引きだ。気合入れすぎだろ…。

 ムカムカしながら、リハーサルを見る。

 デスボイスも普通のヘビメタバンドではよくある声だった。

 耳は痛いけど、気を失うほどじゃない。


 当然、検証は失敗なわけで…今、俺の目の前でバンドメンバーがコメンテーターにひたすら馬鹿にされている。見ていた観客からもヤジが飛ぶ。


 うるせーよ、ヘビメタの何が悪いんだよ。かっこいいじゃねーか、デスボイス!

 おい、俺の書いた歌詞を馬鹿にすんなよ。

 みんなで悩みながら曲を作ったんだ、まったく売れないけど。

 ああ、もううるさいよ。黙れよ、そいつらを馬鹿にするな。

 ついに怒りが爆発した俺は叫んだ。


「こいつらを馬鹿にした奴はみんな黙れ!!」


「「「ビリーっ!!」」」

「あ、誰だ?」


 ずかずかとステージに上がり、ぎゃあぎゃうるさいイケメンを蹴落としてマイクを奪い取る。

 突然現れた俺に驚くメンバーだったけど、すぐに演奏準備に入ってくれた。

 テレビ局のスタッフがあたふたしてるのが見えるけど、元魔王が動きを封じてくれてるらしい。

 気持ち悪いウインクをしてきた。おっさんのウインクはやめてくれ。


「俺がボーカルだ。本当のデスボイスを聞きやがれ。おい、アレやるぞ」


「うげ…マジか…」

 一瞬、顔が引きつったメンバーだったけど、散々馬鹿にされたからか出禁ソングを演奏することに賛同してくれた。

 禍々しいドラム、高音で空間を切り裂くギター、低音で地獄から死者を喚ぶようなベース、そして、この俺のデスボイス。

 曲名は持ち歌の中でも最恐に最悪な「降霊」ソング。タイトルはずばり「亡者すし詰め」。

 一度ライブ会場で演奏したら、出禁になったのは記憶に新しい。

 本当に亡者がうじゃうじゃ出てきて、大騒ぎになったからなー。


「~♪ここに蔓延るすべての邪霊よ亡者よ、今こそ生者に恨みをぶつけろ。~♪恨め、呪え、祟れぇぇえええ~」

 俺がムカつくやつらに対して怒りを込めて歌い始めると、スモークも焚いていないのに白いモヤが収録スタジオに蔓延。

 そして、どこからともなく血まみれの亡者がよろよろと集まり始めた…


 …


 ハッと我にかえると、収録スタジオは亡者で溢れていた。まさにすし詰め。

 というか亡者だらけで生きてる人が見当たらない。

 やばい、やりすぎた!

 あわわ、どうしよう。オロオロしていると、メンバーが亡者に襲われそうになってる。


 つい金切りハイトーンボイスで叫んでしまった。

 出てきた亡者、みんな元に戻れと。

 ついでに怪我した人もみんな元に戻れと。


 はい、綺麗なスタジオに戻った…。けが人もいない。ふー、よかった。

 なんだろう、みんなの視線が痛い。メンバーの視線がもっと痛い。


「俺さ、やっと思う存分歌える居場所を見つけたんだ。悪いけど、バンド抜けるわ。あのイケメンボーカルとうまくやってくれ!」

 行方不明のままで、いるよりはきちんと別れを言っときたかった。

 多分、俺を喚んでくれたのはバンド仲間の誰かだろうし。

 まぁ…このスタジオの惨状を見る限り、二度と喚んでくれねーよなー。


「主様、そろそろ帰りましょう。人間どもが懲りもせず、またちょっかいをかけてきたようです。」

「なら、帰るか。」


 これ以上いたらすげー怒られそうだから、とっとと逃げることにした。

 あとは、こいつらに任せよう。


「じゃ、元気でな。」


 俺と元魔王は、ざわつくスタジオを尻目に異世界に戻った。

 記憶を消したり、撮られた映像を消したりなんてその時は頭が回らず放置で逃げたので、俺たちが消えたあと、スタジオ内は騒然となっていたなんて気にもしなかった。 


 ◆ ◆


 さて、魔王城入口辺りに戻ってきたはいいんだけど、この氷漬けの魔物の山と、下半身だけ中途半端に凍って喚き散らしてる人間の山はなんなんだ…。

 いっそ全員凍ればよくね?

 俺たちが戻ってきたことに気づいて、四天王たちが迎えに来てくれた。


「オカエリナサイマセ、人間ドモはなぜか半分が凍りマシた。」

「どさくさに紛れて、この城を強奪しようとしたらしいデス。」

「人間の王もイマシタ。」

「コレが王という豚。」


 四天王の一人が王らしきおっさんをどさっと投げた。

 元魔王がかけた魔法が人間には中途半端に作用したらしく、下半身だけカチカチに凍っている。

 ぷー、変な格好! 

 チャーシューみたいな体型のおっさんは、頭に小さな王冠を載せていた。

 美女ならすぐにでも助けたんだけど、おっさんだしなー、しばらく放置でよくないか?


「俺らがいなくなってから、どれくらいでこいつら来た?」

「下位の魔物たちが、魔王様がイナイ!と大騒ぎシマシテ、そんなに時間は経過してないカト…」

「ふーん、和解を持ちかけたのはそっちからだと思うんだけど? ねえ、オ・ウ・サ・マ?」


 俺という邪魔者と元魔王がいないと知って、魔王城とこの近辺の土地を強奪しにきたんだろうな。

 バツの悪い顔でこちらを恨めしそうに睨んでいる。


「お仕置きを受けてもらわないと。」


 俺はにっこり笑って、下半身が凍った人間たちをざっと数える。

 おお、結構な人数いるじゃん、いいねえ。今日はお城のみなさんにも聞かせてあげよう。


「みんな、この広場に魔物と人間をうまく配置して。ライブを開催するから準備よろしく!」


 ライブと聞いて、動ける魔物たちが俄然やる気を出し、泣き叫ぶ人間たちを抱えて移動し始めた。


「あ、その豚のオウサマは一番いい席で聞いてもらうから。できるだけ前の方に配置して。」


 俺は意気揚々と自分の部屋に戻り、フルメイクを施し魔王らしく盛っていく。

 CDコンポを組み立てて、電源をセットする。といっても元魔王がこの世界でも使えるようにと、電力に似た力を持つ魔族にコンセントを持たせるだけなんだけど。

 その魔族は、魔王様の歌を間近で聞けるなんて!と大喜びで引き受けてくれたらしい。

 今は口でコンセントをくわえ込んでるから話はできないけど、すごく嬉しそうだ。

 よだれでベトベトのコンセントは見なかったことにして、俺は歌を待つみんなの前に立つ。


「みんな、待たせたなー!! 今日は、新曲を歌うぜええええーーー!」


「「「うおおおおおーーー!!!」」」

「いやだあ、離せ、頼む。もう襲ったりしないから…」


 CDの再生を押し、イントロを流す。

 そのあとの出だしは、もちろん俺のデスボイスシャウト。

 いつもはアカペラでライブだったけど、やっぱり音源があると違う。

 ノリノリで歌うぜ。

 耳栓しようとしたって、無駄。出だしから、逆らう意識を奪い取るから耳を塞ぐこともさせない。

 そのまま、最後まで聞いてもらうぜ。

 俺の歌がうるさいとか苦情をよこしたのを、忘れてないんだからな!

 魔王城から街まで、かなりの距離があるのに聞こえるわけない。


「~♪ここに眠る亡者よ、死は新たな魔王の元に覆る。~♪ここに集え、俺に従ええええええー!」


「亡者すし詰め」の歌詞を異世界風にかなりアレンジして、意気揚々とデスボイスする。

 アンデッド部隊とか、できたら格好いいよなーと考えながら…。

 すると、地中からボコボコとアンデッド状態の魔物が這い出てくる。

 ホラー映画も真っ青な状況に、ビビリながらも這い出てくる亡者に向かって、デスボイスで忠誠を誓わせる。

 アンデッドの中にも知性の高い魔族や魔物がいたので、四天王以外にも出来のいい部下ができそうだ。


 ふと気がつくと、魔物たちは知性にあふれた表情になり凶暴な雰囲気はなりを潜めていた。

 アンデッドたちも、膝まづき忠誠を誓うポーズのまま微動だにしない。

 どうやら「亡者すし詰め」は魔物たちの知性アップに効果抜群だった。

 代わりに、人間たちの方は…意識はあるものの精神が壊れかけていた。

 うん、さすがにちょっとやりすぎたかな…。

 仕方がない、ハイトーンデスボイスで元に戻してあげよう。


 CDを入れ替えて、ハイトーンデスボイスで人間たちの健康を願い歌い上げて行く。

 うるさいとか言わないでねとこっそりお願いしておいた。

 歌い終わる頃には、元魔王がかけたカチカチに凍った魔物たちも精神崩壊した人間たちもすっかり元気になっていた。


 とんだ騒ぎになったけど、新しい武器も手に入れたし結果オーライ!

 CDコンポがあれば、いくら喉を痛めてもすぐに治る。病気も心配ないし、怖いものなし。

 頼もしい部下も増えたし、これからも楽してライブができるな。

 ふへへ、とライブが終わりこれからのことを考えてニヤニヤしていたら、チャーシューな王様が俺の足にすがり付いてこう叫んだ。反対側には俺を森に追いやった騎士がしがみついている。


「ハアハア、私も配下に加えてください!! 今なら娘二人と息子もお付けします!」

「私も是非、部下に…どけっ、この豚がっ!」


 俺の足元で、見たくもない争いが始まった。

 美女が俺をめぐって争うなら大歓迎なんだけど、中年二人に言い寄られても…。

 うへぇーとうんざりして、足にすがり付いて離れないおっさん二人をどうにかしようともがいていると


「その汚ならしい手をハナセ!」


 さっき部下になったアンデッド軍団が音もなく忍び寄り、持っていた何かの破片でおっさん二人の頭を殴り気絶させてそのままどこかへ引きずっていった。


「人間は城の外にポイしといてくれなー」


 俺はアンデッド達に声をかけた。

 彼らは俺に恭しく一礼したあと、放心している人間たちをまとめて外にポイッと投げ始めた。

 軽く投げているけど、人間とはけた違いの腕力なのでうまいこと街の方へ飛んでいっている。

 どうなったかは気にしないことにしよう。


「魔王様、素晴らしいライブお疲れさまでした。皆、魔力が増し知性も増し、より上位の魔物・魔族になれたようです。」


 まわりから感謝の意を次々に表してくれている。

 ここまで喜んでくれると、歌った甲斐があるというもんだ。

 ところでさっきから気になっているんだけど、元魔王が二人に増えてるような…?


「えーと、俺の目が悪いのかな? 二人いるように見えるんだけど。」

「はい、これは私の娘にてございます。先ほどの歌により、魔力が増大し生まれました。ぜひ、伴侶にどうぞ。」


 いや、伴侶にどうぞと犬の子をあげるみたいに言われても…そんな筋肉ゴリゴリなのは好みではない。

 元魔王にそっくりな女性って、どんな悪夢だよ!そもそも「娘」と言われても性別が分からない。


「謹んでお断りします!!」


 このあと、お城の魔物・魔族を巻き込んで俺の結婚相手になるのは誰だ?と大騒ぎになったが、結局元魔王の娘より強い存在はないらしく、とりあえずは婚約で…とその場は収まった。

 彼女もできたことないのに、いきなり婚約者とか無理無理無理!

 俺を鷲掴みにしてそのまま人化して小さくなり(標準人間サイズ)しなだれかかってくる。

 人化するとものすごく美人だった、このままなら結婚もありかなって思うんだけど…。

 くしゃみしたり、気を抜くとすぐに元の魔族(3メートル級)に戻る。

 その度に、潰される俺…、どうしよう元の世界に帰りたい。

 誰か俺に帰ってきて欲しいと祈ってくれないかな。

 

 


おしまい。





※ビリー・・・一応主人公。バンド活動の際の芸名。異世界と自分の世界を行き来できたらいいなーと密かに思っている。

素顔はごく普通な平凡男子。魔王メイクで変身する。

歌うと色んな物を破壊するのが悩み。起こる現象については気にしていない。


※元魔王とその娘・・・主人公が名前をつけてないのでそのまま、娘も同じ。魔王城の運営・経営を引き受ける。ビリー信奉者。

      

※バンド仲間・・ノブ他(笑)。テレビの収録がボロボロになったので、ビリーを見つけたらボコる!と怒っている。しかし、検証は成功したので内心複雑。新しく入ったボーカルは怯えてその日のうちに脱退。ビリーの帰りを待つか、新しいボーカルを探すか相談中。


※他の魔族・魔物のみなさん・・魔王さまの歌、パねー!

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