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第二話 白い吐息と赤い旗

【登場人物紹介】


アヤメ:本作の主人公。三人兄妹の末っ子。一話目での年齢は十二歳。太刀と小太刀を使った二刀流と抜刀術を得意としている。


キキョウ:三人兄妹の次女。一話目での年齢は二十歳。野太刀と呼ばれる長さ百五十センチもある刀を愛用している。(通常の太刀は約九十センチ程度)また、弓も得意。いわゆる巨乳の大和撫子で、老獪な言い回しを得意としている。


カエデ:作中では“青年”と表記。三人兄妹の長男。年齢はキキョウの一つ年上。弓を得意としている。姉妹を大切に思う心優しい兄。


当主:三人兄妹の父親。“獅子”と呼ばれる一族を束ねる武将。彼が加勢した軍勢は全戦全勝と言われ、一部では生きた伝説と呼ばれている。




本作に登場する主な登場人物を紹介しました。

詳細な部分はネタバレになりますので、本編でご確認ください。


吐く息が白く、手足がかじかむ冬のある日。

時刻は夜が明けて間もない頃だ。

屋敷の中に、緊急事態を告げる半憧の音が鳴り響いた。

廊下からは数名の足音が聞こえてくる。


「キキョウ、無事か!?」

「あ、兄上、何事が起きたのじゃ」


妹の安否を気に掛けた青年が、慌ててキキョウの寝室にやってきた。

肩には愛用している弓を担いでいる。

彼女は目が覚めたばかりで状況を理解していなかった。

青年は唇を噛み締め、屋敷を囲う塀の向こう側に視線を送った。

塀は泥と砂利、それに屋根代わりの瓦で出来ている。

そして、外敵を弓や槍で撃退する狭間サマと呼ばれる穴が空いているため、微かに外の様子を確認する事が出来た。


「…知らん。しかし、今は一刻も早くアヤメのところに向かうのが先だ」

「父上と母上は無事だろうか…」

「それもわからん。しかし、父上は何があろうと動じぬ肝の持ち主だ。お前が心配するより遥かに安全だろう。それに、すでに配下の者が戦の準備を始めていたから、すぐに乱戦になるぞ」


キキョウは話を聞きながら、急いで身支度を済ませ、野太刀を手にした。

二人は廊下に出てアヤメのいる離れを目指した、

キキョウは廊下を走りながら、今置かれている状況を必死に理解しようと周囲を見渡した。

しかし、半鐘の音が鳴り響くだけで、必要な情報は得られない。

彼女としては、立ち止まって冷静に状況を分析したいところだったが、情報が乏しいこの状況では、いくら時間を使っても答えを見つける事はできない。


「敵襲じゃーッ」


廊下の向こうから老齢な男性の声が聞こえてきた。

それは、屋敷で家臣や女中たちを束ねる平次と言う人物のものだった。


「平次の声…兄上、敵襲とは一体?」


キキョウは、廊下を走りながら兄に疑問をぶつけた。


「わらん。だが、屋敷が何者かに襲われているのは間違いない。それに、我ら“獅子”を狙って襲う輩など大方決まっている」

「“鳳”の手の者か…」

「だろうな」


“鳳”とは”獅子”と同じ祖を持った武芸者集団で、かつては協力関係にあった一族でもある。

しかし、ある時期を境に関係が一変してしまった。

それは、彼ら兄妹の祖父に当たる前当主と、“鳳”一族の前当主の間で交わされた不条理な盟約が原因だった。

その盟約は、半年も経たずに一方的に破られ、両者の関係は敵対関係へと変わり、かれこれ半世紀ほど争いが続いている。

“鳳”は自らの正当性を証明するため、好んで戦を仕掛けてくるため、今回もそれが原因だろう。

今のところ両者の力関係はほぼ拮抗しているものの、油断を許さない状況には変わりない。


「…厄介な話じゃ」

「考えている暇はないぞ、急げ!」


二人はようやく離れにあるアヤメの部屋に辿り着いた。


「アヤメ、無事か!?」


勢いよく障子の戸を開けると、そこには袴に着替え、抜き身の刀を傍らに置いて、正座をしたまま瞑想をするアヤメの姿があった。

どうやら、半鐘の音にいち早く気が付き、いつでも戦えるようにと準備を整えていたらしい。


「…兄上、姉上」

「無事だったか」

「はい、慌てて戦の準備を整えました」


部屋の中をよく見ると、布団もそのままに、鞘は無造作に畳の上に落ちていた。

この状況からもわかるように、よほど慌てていたのだろう。


「兄上、この騒ぎは一体…」

「敵襲だ。先ほど鐘が鳴ったのは聞こえたであろう」


アヤメは小さく頷いて応えた。

すると、庭の方から高い風切り音がする特殊な矢が上空に向かって放たれた。

それに気が付いた三人は、慌てて廊下に飛び出し、外に出て空を見上げた。


「かぶら矢…合戦の合図じゃ」


三人の中でいち早く矢の意味を理解したキキョウは唇を噛んだ。

この時、すでに屋敷の周りは武装した敵の軍勢に包囲をされていた。

敵方の兵は、背中に旗印のついた竿を差して掲げている。

塀越しに見えた旗印は、赤い布に翼を広げた片足の鳳凰が描かれていた。


「片足の鳳凰…間違いない、“鳳”の軍勢だ」


そう呟いた青年は表情を固くした。

そんな兄の変化に気付いた二人は、事の重大さに気が付き、身体を強張らせた。

やがて屋敷の門を激しく叩く音が聞こえてきた。

門の外では、敵の軍勢が巨大な丸太を使って扉を打ち破ろうとしているところだった。


「ヤツらめ…門を破って攻め入るつもりだ」

「…持って数刻と言ったところか?」

「そのようだ。我らも急いで加勢に向かおう。キキョウ、お前とアヤメとで先回りし、正門から屋敷に繋がる道に罠を仕掛けろ。門が破られたと同時に、桶いっぱいに盛った火薬に火矢を放って爆破するんだ」

「兄上は?」

「俺はそれを越えて向かってくる兵どもをコイツで狙い撃つ」


そう言って青年は背負っている弓を見つめた。


「…あい分かった。しかし、無理はせぬようにな」


三人は作戦内容を確認すると、二手に別れて行動を開始した。

アヤメはキキョウの背中を追って廊下を駆けている。


「アヤメ、火薬のありかはわかっておるな?」

「はい」

「よし、では私は火矢の準備をする。おぬしは先に行って準備するのじゃ」


アヤメとキキョウはそれぞれ別にある武器庫へと向かった。

その頃、青年は大量の矢を背負い、正門を見下ろす物見やぐらへ向かっていた。

彼らが準備をする間、正門の閂は外からの圧力に無言で耐えていた。

しかし、門を破られるのは時間の問題だろう。

敵方は門への攻撃を強め、一気に打ち破ろうとしている。

そうしている間に、三人は準備を整えてそれぞれの配置についた。

門に丸太が打ちつけられるたび、屋敷の中には轟音が鳴り響き、閂がギシギシと音を立てた。


「まだか、まだ破れぬのか!?」


馬にまたがり、ひときわ装飾の豪華な鎧を身に着けた敵将は、声を荒げながら配下の兵たちに檄を飛ばした。

兵たちはそれに何とか応えようと、手を休めることなく丸太を門に撃ちつけている。


「…そろそろ限界じゃな」


キキョウとアヤメは、爆発の影響を受けにくい物陰に身を隠し、敵が流れ込んでくるタイミングを計っている。

しかし、アヤメはこれが初めての実戦になるため、緊張のあまり身を強張らせて小さく震えていた。

キキョウはそれに気が付くと、彼女の肩にそっと手を置いた。


「安心せい…ここからなら攻め込んでくる兵どもをまとめて屠る事ができる。それに、万が一それを越えられても、兄上が助けてくれるはずじゃ」


キキョウが視線を移すと、その先には、物見やぐらから正門に向けて弓を構える青年の姿があった。

アヤメはそれを見て安堵すると、首を縦に振って応えた。

こうして三人が戦の準備を整えた頃、ようやく味方である兵が武装をして現れた。

その中には三人の父親である当主の姿もある。

しかし、事前に仕掛けた罠の事を知らせていなかったため、アヤメは慌てて父親の元に駆け寄って事情を説明した。


「父上、ここは危険にございます」

「アヤメ、無事であったか。して、危険とは?」

「あそこに罠を仕掛けてあるのです」


アヤメはそう告げると、罠が仕掛けてある火薬の桶を指し、それに火矢を構えるキキョウの位置も教えた。


「なるほど、あい分った。皆の者、ここは娘らに任せて屋敷の中で待機せよ!」


当主の指示で味方の兵は屋敷へと戻っていった。

白兵戦になれば“獅子”の軍勢に分がある。

当主もその事を理解して、兵を下げたようだ。


正門では、先ほどにも増して多くの敵兵が集まり、門を打ち破ろうと躍起になっていた。

そして、扉を固くざしていた閂からは、ミシミシという鈍い音がしている。

閂はあと数回の衝撃しか耐えられないようだ。


「よいかアヤメ、まもなく正門は破壊される。そうなれば敵兵が流れ込んでくるはずじゃ。お前は爆発を見届けたら兄上のところまで向かい手助けをせよ」

「わかりました。しかし、姉上は?」

「私は父上の元へ向かい、敵兵を討つ」


二人は顔を見合わせて作戦を確認した。

門はそれを待ち望んでいたかのように、閂は真っ二つに折れて、同時に敵がなだれ込んで来た。

キキョウは、敵が罠の近くに通り掛かるのを見計らい、構えていた火矢を火薬の詰まった桶に放った。

すると、火矢は桶の火薬に命中し、まばゆい閃光と共に大爆発を起こした。

爆発の影響で地響きが発生すると、屋敷全体が激しく揺れ、鼓膜が張り裂けそうな音に、二人は思わず両手で耳を塞いだ。

屋敷に侵入してきた敵の大半は、計画の通り爆発に巻き込まれ、断末魔の悲鳴をあげながらことごとく絶命していった。

中には無惨に半身が吹き飛んでいる死体もある。

硝煙と血肉の焼けた匂いが辺りに充満し、さながら地獄絵図と化していた。

それを見て、後方から攻めこうも待機していた敵兵たちは、突然の出来事に戦意を喪失すると、慄いて震え上がっていた。

どうやら作戦は成功したらしい。

それでも、果敢に攻め込もうとする者もおり、青年はやぐらから弓で撃ち殺していった。


「アヤメ、行け!」

「姉上、ご武運を!」


キキョウは得意の野太刀を構え、仲間が控える屋敷の中に戻っていった。

物見やぐらから敵を撃つ青年は、素早く矢を放って、敵方の戦力を確実に減らしている。

そこへキキョウの指示で弓を携えたアヤメが到着した。

背中には大量の矢が入った矢筒を持参している。


「兄上、加勢に参りました」

「あぁ。首尾はうまくいっているようだな。しかし、あとは父上たちが何とかしてくれるようだ。見ろ、本隊が動くぞ」


その言葉通り、屋敷を守備していた当主たちは、雄叫びを上げながら一斉に敵軍へと攻め込んでいった。

その中にはキキョウの姿もある。

一転して劣勢に追い込まれた敵方は、まるで蜘蛛の子を散らすようにちりじりとなり、敵将は一目散に逃げて行った。

残ったのは指揮官を失った烏合の衆だ。

当主は先陣を切って襲い掛かると、あっと言う間に敵を征圧した。

それを確認した見方側の兵は、半鐘を激しく打ち鳴らして戦いに勝利した事を告げた。

こうして、“鳳”による突然の強襲は幕を下ろした。

後に残ったのは、勝ち名乗りを上げる兵たちの声だった。


「…終わったようじゃな」


キキョウの言葉が示す通り、屋敷には静寂が戻ろうとしていた…。

ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。

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