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第一話 とある原野にて

本作品は戦国時代を舞台にしたフィクションです。

実際の人物、団体等は関係ありません。


一部過激な表現が含まれる場合があります。

季節は物寂しさを覚える紅葉の頃。

夕闇が迫る原野に、齢十二歳になる少女が刀を帯びて立っている。

少女が見つめる先には、身の丈よりも長大な野太刀を構える若い女が一人。

その少し後方は、弓を手にする青年が少女を見据えている。

少女は、女が発する殺気で身動きがとれなくなっていた。

長い間ずっと刀を構える事は、武芸の達人であっても心身共に消耗してしまう。

ましてや、経験の浅い者であれば身体に無駄な力が入り、その疲労で徐々に体力が奪われていく。


しばらく膠着状態が続き、肌に感じる空気が次第に冷たくなってきた。

そろそろ日没と言う時間だ。

そして、両者の間に一陣の風が吹き抜け、少女の腰まで伸びた黒髪を撫でていった。


「どうじゃ、そろそろ止めにせぬか?」


口を開いたのは野太刀を構える女だった。

彼女は少女よりも年上で、二十歳そこそこと言ったところだろうか。

整った顔立ちスタイルのいい体型は、誰が見ても息を呑むほど美しい。

彼女は、一言発した言葉でもわかるように、老獪な言い回しを得意としている。

後ろに控える青年は、余計な口出しはせず、黙って事の成り行きを見守っていた。


「止めない。情けは掛けないで」


語気を荒げる少女だが、その表情は険しく余裕は感じられない。

眉間にはシワが寄り、表情からは鬼気迫るものが伝わってくる。

その姿は決死と言うにふさわしい。

長い間刀を握る手には、不快な汗が浮かんでいる。

少女は、汗で手を滑らせないよう、着物で汗を拭った。


「聞きわけのない娘だ。やはり、“獅子”の血は争えぬな」

「まあ、そういう事だな…」


女の後ろに控えていた青年は、腰に下げていた矢筒から矢を抜き、それを弓の弦に掛けた。

弦は限界まで引き絞られ、今にも放たれようとしている。


「最後にもう一度問う。“兵”か”法”、どちらか答えよ」

「答えなんか決まってる。“兵”ッ」


少女は、腹の底から声を出して自らに喝を入れると、同時に二人を睨みつけて威嚇をした。

しかし、二人はその程度の威嚇に動じる事もなく、代わり女は殺気を込めた冷たい視線で睨み返した。

両者の間には、張り詰めた空気が殺気でピリピリと震えている。


「では…覚悟せよ!」


女は、野太刀を肩に担ぐと、腰を落として重心を低くした。

次に瞬間、女の挙動を合図に、青年が矢を放つと、大気を切り裂きながら少女に襲いかかった。


「…ッ」


一瞬の出来事の後、矢は少女の肩口をかすめ、僅かに血が流れ出た。

致命傷ではないが、腕に力を入れれば痛みが走る。

そのため、少女は顔をしかめながら、刀を構えなおした。


「それでは満足に刀は振れまい。どうやら終いのようじゃな」


構えの体勢を元に戻した女は、余裕を持ってそう言い放った。

後ろに控える青年は、勝負の結末を容易に想像し、次に放とうとしていた矢を元に戻した。

誰が見ても少女に勝ち目はない。

彼女が少しでも利口なら、ここで助けを乞わなければ命はないだろう。

しかし、彼女は口を真一文字に結ぶと、刀を構えたまま腰を低くした。


「まだ…まだ終わらない!」

「勝ち目などないと言うのに。やはりそなたも“獅子”の子か」


女は悲哀に満ちた目で少女を見た。

しかし、構えた野太刀はそのままに、後ろに控える男を出て制した。

そして、野太刀を肩から下ろし、引きずるような低い姿勢で一気に距離を詰めた。

五メートル以上あった間合は一瞬で埋まり、少女は慌てて防御の姿勢を取った。

「…早い!?」


女が放った太刀の一閃は、胴を真っ二つにするように、わき腹に向けて正確に振り抜かれた。

恐ろしく早い一撃は、素人が相手なら一瞬で身体を二つにしただろう。

少女はそれを辛うじて刀を差し出し、間一髪のところで防いだ。

同時に、甲高い金属音と共に火花が散った。

薄暗い原野では火花がよく映える。

少女の振るう刀は、高名な鍛治師によって鍛えられた銘刀ではあるものの、女の早く重い一撃を受けて刃こぼれを起こし、なまくらになってしまった。

少女は苦し紛れの一撃を放つと、後ろに飛びのいて距離を取った。


「どうした、その程度か?」


やっとの思いで攻撃を防いだ少女の表情には、もはや問いに答える余力は残っていない。

代わりに左脇に差していた小太刀を抜き、大きく深呼吸した。


「ほお…苦し紛れの二刀か。まだまだ尻の青い娘よ」

「はぁ…はぁ…」

「よかろう。では、私も遠慮なくそれに応えるとしよう…」


そう言って女は再び野太刀を右肩に担いだ。

女の野太刀は、刀身が長く厚いため、使い手によっては甲冑ごと真っ二つにするほど強靭なものだ。

そのため、強力無双の武芸者が使えば、一振りで何十人もの敵を斬り伏せる事も可能だと言う。


「担ぎ…上段の構え…」

「兄者、手出しは無用ぞ」

「へいへい。それじゃあ、成り行きを見守らせてもらおうか」


すでに戦意を失くしていた青年は、その提案をあっさりと了承した。

そして、弓を肩に掛け、手近にあった岩に腰を下ろした。


「これで邪魔者はいなくなった。さあ、全力で打ち込んでみせよ!」


女は少女を見下すような視線を向けて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

それを見て、少女は構えていた二本の刀を鞘に収めた。


「甘く…見るなーッ!」


少女は、咆哮しながら刀も構えず女に向かって駆け出した。


「…抜刀術か。小細工はなしと言う事じゃな!」


抜刀術とは、鞘から剣を抜き、再び鞘に戻すという単純な動作を行う技術で、居合いとも呼ばれる。

この技術は、刀を構えていない状態から一瞬で攻撃に転じるため、相当の修練が必要で、一朝一夕に扱えるものではない。

しかし、少女は幼い頃から抜刀術の達人と呼ばれる父親から直々に手ほどきを受けてきた。

その技術は少女にも受け継がれ、彼女が得意とする技の一つになっている。

女は、太刀の間合いに入った少女の動きに合わせ、構えていた太刀を全力で振り下ろした。

次の瞬間、原野に再び甲高い金属音が辺りに響いた。

よく見ると、少女が抜いた刀は、女が脳天を目がけて放った一閃を寸でのところで受け止めている。

またしても間一髪のところで即死を免れたようだ。

しかし、空気さえ震わせるほど高速で放たれた一撃に、受けた太刀の切先が真っ二つ折れてしまった。


「…終わりじゃな」

「あッ…あッ…」


刀を折るほどの強烈な剣撃は、少女の利き腕の感覚さえも奪っていった。

しびれる腕には力が入らず、握っていた刀は手からこぼれ落ち、そのまま地面に突き刺さった。


「しばらくその腕は使えまい。残った脇差しではこの太刀は受けきれぬぞ」


女は再び野太刀を肩に担ぎ、攻撃の機会をうかがっている。

その姿には寸分の隙もなく、仮に少女が本調子であっても実力の差は明らかだった。

それでも、少女は諦めようとせず、左手の脇差を女に向け、彼女を睨み付けた。


「嫌だ…。私は…まだ…まだ…負けるもんかーッ!」


少女は再び腹の底から咆哮した。

叫び声は反響するものがない原野を駆け抜けると、すぐに収束していく。

女はそんな様子を見て、一つ大きな溜め息をすると、無慈悲に放った一閃が少女の左脇腹を襲った。

その拍子に少女の華奢な身体は折れ曲がり、持っていた脇差が地面に突き刺さった。

少女は、一瞬の痛覚を覚えたものの、声は上げず、その場で前のめりに倒れ込み動かなくなった。


「ありゃ、もう終わっちまったのか?」

「…兄者、介抱をする。手伝ってくれ」

「まったく…手の掛かる妹たちだぜ」

「兄者ほどではない。父上様も嘆いておったわ」

「うるせぇよ!それより、アヤメの様子はどうだ?まさか、本当に切ってはいないだろうな」

「有り得ぬ。しっかりと加減は加えた。まあ、しばらくすれば目を覚ますだろう」


青年は、気だるそうに立ち上がると、急いで二人の元へと駆け寄った。

そして、倒れている少女の身体を抱き上げた。

女は、剣撃を加える瞬間に刃を持ち替え、反りと呼ばれる背の部分を使い、気を失わせる程度の打撃を加えていた。

もちろん、切り傷はなく、衝撃を受けた箇所には少し青あざが出来ているだけだ。

肩に受けた矢傷を確認すると、布で押さえれば出血が止まった。

どうやら深い傷ではないようだ。

青年は慣れた様子で応急処置を施すと、少女を抱えて目が覚めるのを待った。


「おいおい…目ぇ覚まさねぇじゃねぇか。これでアヤメが死んだから、俺がお前を殺るぞ?」

「本気で言っておるのか?今の兄者は弓しか持っておらぬというのに…」

「殺る気になれば、この矢一本で十分過ぎるくらいだ」

「ほお…それは随分と見下された物言いじゃな」

「…試してみるか?」


二人の仲は急速に険悪になった。

お互いに殺気を飛ばし、まさに一触即発と言った状況だ。

このまま怒り任せに動けば、どちらかが確実に死ぬだろう。

青年は、その結末を理解すると、先に怒りをおさめた。

しかし、腹の奥底では怒りが消えうせたわけではない。

何かの拍子で一気に爆発する事もあるだろう。

本人もそれを気にして意識はしているが、不意に感情が爆発すればどうなってしまうかわからない。

そのため、牽制の意味を込めて、女を睨み付けた。


「思い上がるなよ。俺にしてみれば、アヤメもキキョウもまだまだ赤子だ」


キキョウと呼ばれた女は、明後日の方を向き、不要な衝突を避けるために青年から目を背けた。

お互いに実力を理解しているため、無用な争いを避けるためには必要な事だ。

そんな時、青年の腕に抱かれていたアヤメが意識を取り戻した。


「…うぅ」

「おッ、意識が戻るぞ」


青年は腕の中にいる少女の顔を覗き込んだ。

それに対して、キキョウも安堵の表情を浮かべた。


「…当たり前じゃ。峰撃ちで死ぬような、か弱いアヤメなどではない」


キキョウは、野太刀を地元に突き立てると、意識を取り戻したアヤメに、気付と鎮痛効果のある薬草の粉”を飲ませ、竹筒の水筒で水を飲ませた。


「…兄様…姉様…」

「アヤメ、まだ喋れるでない」

「…私は…強くなりたい…」


辛うじて聞き取れるほどの小さな声が漏れた。

キキョウのアヤメの手を握ると、まだ麻痺している利き手をさすった。

彼女の見立てでは、しばらくすれば感覚も戻るはずだ。


「アヤメ、無茶をする事が勇気などではないのだぞ?」

「キキョウの言う通りだ。こんな分の悪い状況で“兵”とは無謀にもほどがある。身の程をわきまえるんだな」


先ほどから使われてる“兵”と“法”にはそれぞれに意味がある。

“兵”とは“戦う者”と言う意味があり、相手に戦う意志を伝える暗号だ。

反対に、“法”は“兵”の逆の意味で使われ、“話し合い”や“調和”を意味するため、無用な戦いの回避する場合に用いられる。

もっとも、生きるか死ぬかの攻防の最中では、優位な立場の者があえて”法”を用いる事は少ない。

したがって、これらの暗号は、相手が同じ血族である今回の場合に用いられるのが一般的だ。


「まったく…無茶な修行に付き合わせやがって。殺さないように戦うのだって神経を使うんだぞ?」

「まったくじゃ。相手が私ではなかったら、倒れているのはアヤメの亡骸じゃぞ」

「…」


血の繋がった兄弟でさえ命を奪いあうことが珍しくない時代。

“強さ”だけが唯一信じられるモノだと信じられている。

その強さを求めるのはごく自然な事だ。

しかし、誤った力の使い方は、自らを滅ぼす事になる。

今回の修行で、アヤメも十分に理解しただろう。


「…ごめんなさい」

「今は喋るな。落ち着いたら屋敷でゆっくり聞いてやるから」

「じゃな。兄上、アヤメを背負ってやってくれぬか」

「あいよ。ほら、立てるか?」


アヤメは青年が差し出した手を掴むと、ゆっくりと身体を起こした。

動作が緩慢なのは、脇腹を負傷したのが原因だ。

青年もそれを理解しているため、彼女を急かしたりはしない。

アヤメは、そのまま青年の背中に身体を預けると、落ちないように首に腕を回した。


「ん、少し大きくなったか?」

「…そのようです」

「そっか。まあ、せいぜい精進するんだな。まずはコイツを目指せ。その次は俺だ。最後は父上かな」

キキョウと自身とを交互に指してアヤメに言い聞かせた。

それを聞いたアヤメは、言葉ではなく小さく頷いて応えた。


「それにしてもだ、もう少し胸の辺りを大きくしないとダメだぞ。ほら、コイツを見習え」


そう言って、キキョウの豊満な乳房を指差した。

この時代の女性にしては大きく、男性ならどうしても目が行ってしまう。

彼女もそれがわかっているのか、胸にさらしを巻いて、少しでも小さく見せようとしている。

それでも、大きく膨らんだ胸は、誰が見ても息を呑むほど巨大だ。


「兄上…いい加減に大人になりなされ」


呆れたキキョウは、頭を抱えると青年に冷たい視線を送った。

彼は、それを聞いても気にした様子はない。


「バカだなぁ。女の器量は胸と昔から決まっているだろう?」

「バカはどっちじゃ!」


キキョウはゲンコツを作って青年の後頭部を思い切り殴りつけた。

ゴンと言う重たい音と共に、青年の顔が苦悶に歪んだ。


「…ッてぇな!」

「自業自得じゃ」

「俺は事実を言ったまでだ。胸が大きければ、色香を使って敵の大将に取り入り、そのまま寝首を刈る事も可能だろう?」


青年の説明は確かに利にかなっている。

しかし、二人は聞こえないフリをして視線を逸らした。

常識的に考えれば、血の繋がった姉妹が戦争の道具として使われると言う事は決して気分がいいものではない。

好きでない男と一夜を共にするかもしれないのだ。

それを象徴するように、青年の一瞬だけ物悲しい表情を浮かべたものの、すぐにいつもの軽薄な表情に戻った。


「アヤメ、お前はもう少し飯を食え。そうすればそのうち強くもなるし、胸も大きくもなる。だが、俺の飯は分けてやらないがな!」

「はい…」


背負われたままのアヤメは小さく返事を返した。

そして、首に回した腕に少しだけ力を込めた。

それが、彼女なりの決意の表れだと、背負っている青年は理解した。


「そうじゃ。強くなければ生きていけぬ。弱い者はただ死ぬだけじゃ…」

「キキョウ、あまり思い詰めるなよ?それに、お前は十分強い。そこらの足軽が束になっても負けはしないさ」

「そうじゃな。足軽どもが束になろうと、この太刀の間合いに入れば赤子も同然じゃ」


キキョウは、脇に差した野太刀の柄巻に手を掛け、刀を抜くマネをして見せた。

素早く抜いて戻すという作業は、繊細な扱いが難しい野太刀には不向きで、抜刀術には適していない。

それでも、キキョウが野太刀にこだわるのは、見てくれの派手さと、鍔の部分に施された装飾の美しさに惹かれての事だ。

以来、彼女が本来の得意としていた二刀流を諦め、野太刀の破壊力だけを求めた一刀流を極めようとしている。

その実力は、すでに高い域まで達し、同じ野太刀同士なら青年でも歯が立たないほどだ。


「ホント、末恐ろしい妹だ…。出来れば戦場でお前とだけは戦いたくはないよ」


青年は苦笑を浮かべると、後ろを歩くキキョウに肩越しから視線を送った。

青年に背負われているアヤメは、いつしか規則正しい寝息を立てて眠りに落ちていた。

慣れない真剣を振り回し、精神と体力を磨り減らす修行は、まだ幼さを残すアヤメにとって過酷なものだ。

しかし、この修行はアヤメが自ら希望したものなので、彼女に後悔はない。

むしろ、意識が続く限り修業を続けたいとさえ思っていた。

それでも、初めは無理だろうと二人の兄妹に諭され、一時は断念さえしていた。

しかし、彼女は諦めきれず、ようやく実現したものだった。


「よく眠っておるな…」

「あぁ、コイツは昔から変わらないな。疲れたらすぐ寝ちまうなんてさ」

「兄上…口元が緩んでおるぞ?」


キキョウが指摘通り、その表情には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

もちろん、青年も承知の上だ。

三人は、すでに深い蒼に染まった空の下、身を寄せ合って帰路についた。

これから秋が一層深まり、まもなく厳しい冬が訪れる。

そして、春が訪れれば、青年は家を離れ、この地方を治める大名の下で働く事になっている。

つまり、こうして一緒に過ごせる時間も残りわずかしかない。

青年の脳裏には、過去の様々な出来事が走馬灯のように駆け抜けていった。

出来ることなら、このまま時間が止まってしまえばどれほど幸せだろうか。

それが叶わないと知っているため、青年は唇を噛んで悔しさを押し殺した…。

ご意見・ご感想・誤字脱字の指摘等があればよろしくお願いします。

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