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星詠みと流星  作者: 黒崎メグ
一章 命降る夜
3/31

【3】

「兄さん……」

 セラは兄の姿を見て息をのんだ。

 兄が身につけているのは、一族の正装であったからだ。

 夜に馴染むように染め上げられた紺の上着を、柔らかな絹の帯で巻いている。上着はこの地方でのみ自生している植物の葉の煮汁で染め上げられたものだ。星と心を通わせる儀式において、夜に馴染むその色は欠かせないものである。また腰に巻かれた帯は、月明かりを浴びて育てた蚕の紡ぎだした糸から、大切に織りあげられたものであった。

 先程から衣の擦れる音は兄が身支度を整えていたからなのだろう。迎えに来たという言葉と兄の出で立ちから、セラは瞬時に状況を理解した。

「兄さんに星を詠ませるおつもりですか!」

「何をそんなに声を荒げる必要がある? もう随分前に通達はなされていたはずじゃ」

 村長の言葉にセラは振り返る。黙ってその遣り取りを見守っていた兄は目が合うと、さっと顔を反らしてしまった。

 セラは悟った。兄は隠していたのだ。昼間自分に背を向けた行為もすべてを誤魔化す行為でしかない。

 どうして自分に何も言ってくれなかったのだろうか。

 それを悲しく思うと共に、セラの中で昼間抑え込んだ怒りが再び頭をもたげようとしていた。間の悪いことにその怒りをぶつけるのに値する者達がセラの目前にいる。それでも感情に流されるまま怒りを表に出さないだけの分別がセラにはあった。セラは怒りを押し殺すように、下を向いて唇を噛んだ。

 村長、帝国兵、兄、どの顔を目の前にしても怒りを抑えきれる自信がなかった。だから顔を合わせないことで感情の波が去るのを待とうとした。

 しかしその努力も水の泡と消えてしまう。

 その切欠を作ったのは村長に同行してきた兵の一言だった。

「煩わしい揉め事は勘弁してくれないか。わたしもお前達星詠みの世迷い言にいつまでも付き合っている時間は惜しいのだ」

 かっと頭に血が上り、その衝動のままセラは手を振り上げる。

「やめろ! セラ!」

 その手が兵の頬を打つ前に、兄がセラを抑えつけた。

「離してよ!」

「セラ、落ち着くんだ」

 後ろから抱え込むようにして抑えつけた兄の腕の中から抜け出そうと、セラはもがく。

「無理よ! だってこいつは私達の命に関わることを世迷い言と言ったのよ。わたし達がどんな思いで星を詠んでいるかも知らないくせに」

 セラのその言葉を聞いて、

「ほう、そちらこそ誰がお前達の暮らしを守っていると思っているんだ?」

 と兵は言う。

「わたしはあんた達に守って欲しいなんて一言も頼んでない。あんた達が来てから村はすっかり変わってしまったんだ!」

 ほんの半年前――彼らが村に居座るようになる以前は、時々やってくる帝都からの使者の来訪に応じて細々と星を詠む生活だったはずだ。それでも死者は出ていたが今と比べると少なく、村人たちは必ず死者に対して敬意を払っていた。それが今はどうだ。死者が増えるに従って、村人達の意識は変化している。彼らが死者に向けるのは敬意というよりも諦めを含んだ同情と死んだのが自分の身内ではなかったことへの安堵だ。

 その変化をもたらした切欠は目の前にいる兵達に他ならない。

「世間知らずの小娘が、命の危機に晒されているのが自分達だけだと思わないことだ」

「それってどういう……」

 意味――と続けられるはずだった言葉は村長に阻まれた。とんっと杖を打ち鳴らした村長は険しい顔つきで兵を睨んでいる。

「それを告げてはならぬ」

 その視線に気付いて兵は肩を竦める。

「おっと、この村では外の話は禁句だったな。まあいいさ、無知ほど幸せなことはない。あんたもそう思うだろ、村長殿」

 村長は無言で兵を一瞥しただけだった。だが村長の瞳の中で感情の波が揺れたのをセラは見逃さなかった。

「村長?」

 セラが不安げに呼べば、彼女は瞬時にその感情を消し去ってしまう。彼女は威厳を取り戻して、口を開く。

「時間が押している。すぐに参るぞ」

 彼女の言葉に、セラを拘束していた兄の手が離れる。その手が離れる瞬間セラは「ごめん」という兄の声を聞いた。背を向けた村長の後に続いた兄の背にセラは追いすがろうとしたが、行く手を阻んだ兵の手が伸びてきた瞬間、セラの意識は遠退いていった。


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