【13】
一勢にセラに視線が向いた。正直予想外の言葉に声が出てこない。
セラは人質なんてなったことないし、好んでなる者なんていないだろう。それでも、セラが断れば事態は動かない。
怖い。
寒さではなく、怖さがセラの身体を震わせた。それでもふと浮かんだのは流星のことがだった。
流星のことがわかるかもしれない、その淡い期待がセラの勇気を行動を後押しする。
「いいわ」
セラが言葉を放ってすぐに、キランがセラを押し止めるように腕をつかんだ。
「代わりに僕が行く」
「いや、お前はだめだ。人質はあくまで、そこのお嬢さんだ」
木の上から指示がとび、セラはそっとキランの腕を払った。
「シューレでの出来事に比べたらこのくらいなんてことないわ」
強がりであるのはセラ自身もわかっている。それでもそれは本心だ。怖い思いなら、もう何度もしているではないか。そう考えてしまえば、ノズとタキス、キランがいる分勝算がないわけではない。
歩み出たセラに、木の上から影が降りてくる。木の上にいた男が身につけているのは、ガレの兵がよく身につけている黒衣のマントだった。
ガレの兵士なのか。だがそれでは狗に追われる理由がわからない。
セラを自らの間合いの中に入れ、男は剣をセラに向ける。その剣がどこか帝国のものとは違っているのに、近くに立ったセラは気がついた。帝国兵のそれはどこか豪としたものだが、男の持つそれはどちらからというと細身で凛としている。
「まずはこちらからの質問に答えて貰おうか?」
皆が張り詰めた空気の中、先に言葉を言葉を発したのは、ガレの兵士の格好をした男だった。
「いいでしょう」
「お前たちは何者で、なんの目的でこの樹海にいる?」
「事情はお伝えできませんが、我らは主を護衛しながらアルクトゥールスに向かっていたのです」
ノズの答えに、セラの腕を押さえつけた男の手に力が入った。
「その軽装で? 娘はまだ心得ているようだが、あんたたちは命知らずにも程がある」
「羅針盤も持っておりますし、旅の心得もありますよ」
「いや、北の寒さを甘くみていないか」
「マントの下には毛織物も羽織っておりますが……」
「まだ初冬だったからよかったものの、本格的な冬を迎えればそうも言っていられなかっただろうよ」
「やけに北の気候にお詳しいんですね」
探るように向けられたノズの言葉に、男は狼狽えることなく苦笑した。
「北の生まれなものでね。動揺を誘っているようだが、無駄だぞ」
「あなたの方こそ、アルクトゥールスから話をそらそうとしても無駄ですよ」
セラの肩ごしに、男の身体が跳ねた。同時にセラの身体も跳ねた。アルクトゥールスは流星が口にしていた北にある国の名だ。セラが横目で男の表情を確認すると、頬が強ばっているのがわかる。
「あなたのその剣は帝国のものとは違う。その作りはアルクトゥールスのものですね」
セラが気づいたことにノズが気づいていないはずがない。
そこを言い当てられた男が、セラの喉元にその刃を近づけた。
「だったらどうする?」
「私たちはあなたの敵ではない」
ノズはそう言いながら、キランに視線をやった。キランはそれに頷いて外套の胸元から何かを手繰り寄せた。
「この羅針盤がその証明になりませんか?」
キランは外套から取り出した羅針盤を高々と掲げてみせる。
赤く光る石がセラの目にも写った。そしてそれを同じく目にした男からは思いがけない言葉がもれる。
「……人魚の涙……」
それもまた流星がセラに教えてくれた言葉でもあった。