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星詠みと流星  作者: 黒崎メグ
三章 オーロラの都と声無き者の使者
26/31

【12】

 キランに手をとられ、セラはその背に守られるように木々の間をさらに奥へと進んだ。先を行くノズは弓に矢をつがえたまま警戒を強めている。早足に進む中、頬を打つ冷気がぴんっと張りつめた空気を表しているようだった。

 二人の歩みに導かれるまま、歩を進めているうちに、いつしかそれが変化していることに、セラは気がついた。

 鋭い冷気の中に、生温かい淀んだ何かが溶け込んでいる。肌にまとわりつく不快感をセラが認識した時、むせかえるような獣の臭いが鼻をついた。顔をしかめながら、セラはその臭いの中心にタキスの姿をとらえていた。

 ノズとキランもその姿をとらえたのだろう。タキスの無事を確認しようと駆け寄ろうとしたセラの行く手は、足を止めたキランの背中に阻まれた。

「見ない方がいい」

 警告は遅かった。セラはキランの横から顔を出し、タキスの状況を確認した。セラの位置から距離にして十歩程、木々の間隔が少し空いたそこに、タキスは血に濡れた剣を手に立っている。頭のてっぺんから怪我がないことを確認しつつ、足元に視線を落としたセラは、そこに横たわる黒い獣の体躯をしっかりとその目に映した。

「死んでるの……」

 込み上げてくる感情が何であるのか、セラにはわからなかった。気持ちが悪いだとか、怖いだとか、そんな単純なものではない。動物の熱がまさに目の前で費えていく様に、目頭が熱くなった。

 吠える気配もなく牙を剥き出しにして、大きく見開かれたままのその獣の瞳と目が合った。

 葉の間から指す光を反射して、光るそれはまさしく倒される瞬間を写し取っている。十を迎える子供とさして変わらない大きさの体躯は、四肢を投げ出すように横たえられている。身体からは血が流れ、黒い毛並みを濡らしていた。まだ温かい血は湯気を上げ、それを吸った落ち葉が独特の臭いを放っている。

 タキスは葉のついた枝を折って、セラの目から隠すようにそっとその骸の上に置いた。

 悲しみに歪んだセラの表情から、その心を察したのだろう。続けてタキスは弁明するように口を開いた。

「ここで任務を果たせなかったら、彼らは森をさ迷うことになります。森に残しても自然の摂理に反するだけです。仮に飼い主のもとに戻れたとしても、獲物を捕らえられなかった役立たずとして、餌も与えられず餓死するでしょう。可哀想ですが、苦しまずここで眠った方がずっといい」

 そう言ってタキスは、狗たちに敬意を示すように、目を伏せた。


少しの間だけ、セラもそれに習って目を伏せた。そうしてセラ達が感情の波をやり過ごすのを待って、キランは状況を確認するために口を開いた。

「狗たちは何を追っていたんだ?」

キランの問いに、タキスはついっと頭上に目を向けた。

セラはそれにつられ、キランの背後からタキスの頭上の木に目を凝らした。タキスの頭の高さからほんの二枝隔てた常葉樹の葉先できらりっと何かが光っている。それが矢だと認識した瞬間、セラは声をあげた。

「危ない!」

キランを庇うように肩を掴んで身を丸めたが、一向に矢を射てくる気配はない。セラは恐る恐る顔をあげた。木の上の人物もこちらの動きを警戒しているのか、セラの動きに合わせて枝が揺れている。セラはそれでも矢を射る気配がないことを確認して、常葉樹の葉に隠れたその人物に、自身の存在を示すように声を張り上げた。

「流星、なの?」

「誰だ、それは?」

返ってきたのは、答えではなく問いだった。声だけは若い男のそれであったが、流星の声でないことは明白である。

「じゃあ、あなたは誰?」

「お前たちこそ何者だ?」

またも繰り出された問いに、セラは訳がわからず目をしばたたかせた。キランも困ったように肩をすくめてみせる。

「状況がみえないな。タキス、いったいどうなっているんだい」

「追われていたところを、笛で狗の気を反らし木の上に待避させたまではよかったのですが。狗の危険がなくなっても、こちらを警戒して下りてきてくれません。否応なく弓を引いてはこないので、話し合える余地はあると思うのですが」

セラの時と同様、相手の素性がわからない以上、こちらの素性を明かすわけにもいかず、話が得意ではないタキスは困ってしまったのだろう。

「ノズ、頼めるか」

「承知しました」

ノズは恭しくキランに頭を垂れると、穏やかな口調で木の上の人物に語りかけた。

「我らにあなたを傷つける意思はありません。武器を納めて、事情をお聞かせいただけませんか?」

「本当に何もしないという保障があるのか?」

「お疑いでしたら、私は武器を置きましょう」

ノズは手にした弓と肩に掛けていた矢筒を、男がいる木の幹に立て掛けた。マントの下からも短刀を取り出して、その横にそっと置くと、もう武器はないと示すように両手をあげた。

だがそれでも男は警戒を解こうとはしない。

「あんただけが武器を置いたところで、意味はない。それにそちらは多勢だ。数で押されたらどうしようもないだろう」

「でしたら、どうしろと?」

そうだな、としばし男は思案しているようだった。

「その娘が人質になるというのなら、話し合う余地はある」




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