【10】
一種の賭けではあったんだけど、と付け加えて若様は自嘲しながら顔をあげる。
「僕が居なくなることで、事態が悪化する可能性も考えられたけど、結果的にはよかったと思っている。追手の心配は消えないけれど、何より自身の意思で行動することができているから」
似ている、とセラは思った。流星とではなく、自分とだ。自由を求め行動するその境遇が自身と似ている。シューレを縛る皇族の中にも、その血に縛られ足掻く者がいたなんて、セラは思いもしなかった。
これでは若様自身を見ようともせず、皇族という生まれに勝手に失望していただけである。セラはようやく先程感じた心の痛みを見つめ直した。
そもそも、セラを殺さず導こうとしてくれたのは、若様だったからだ。もしかしたら若様もシューレの民と自分自身を重ねていたのかもしれない。
「ごめんなさい」
何も知ろうともせず拒絶してしまったことが、どれだけ若様を傷つけてしまったのか。きゅっと心臓が締め付けられる思いで、セラはか細く呟いた。
「セラが皇族を嫌う理由もよくわかる。でも許されることなら、皇太子としてではなく、キランとしての僕を信じてくれないか」
若様は、と言葉にしかけて、セラは首を振り呼称を改める。
「キランはシューレを見捨てない?」
「ああ。だからこそ、今はセラを一人でシューレに向かわせるわけにはいかないんだ」
拒絶されていないことを感じ取ったのかキランがセラとの距離をつめる。セラは身体を反らさずそれを許した。
「僕を信じて」
投げ掛けられた言葉は、優しいながらも強い意思を持っている。言葉と共に差し出されたキランの手を見つめ、セラはそのまま視線を上に向けた。あれほど流星と似ていると思った瞳の色は、こうしてみるとキラン独自の意思の強さを宿している。
「わかったわ」
その意思を感じ取って、セラは差し出された手をとり頷いた。
それも束の間。
「何か来ます」
今まで静かに控えていたタキスが急に警戒を顕に立ち上がった。
遅れて獣の遠吠えのような鳴き声が、木々の合間をぬって四人の居場所まで届く。その鳴き声を耳にして、キランとノズも警戒に身を強ばらせた。
「聞いたことない鳴き声だわ」
シューレ周辺に住む野生の獣の声は、セラも大方心得ている。それでもそれはセラの知るどの獣の声よりも獰猛に、高く尾を引いて響いている。樹海の中に住む生き物なのだろうか。
一人で樹海に入ってから幸運にもセラは獣と遭遇してはいなかったし、キランたちと行動を共にしてからも、火を警戒してか獣の気配は近くに感じなかった。
「狗です」
「狗?」
「中央では索敵のためよく用いられる獣のことです」
「人間ではこの樹海のなか我々を追いきれぬと、狗を出してきたのでしょう」
「いえ、それにしては気配がおかしい」
鳴き声のした方向にむけた視線を離さずタキスは答えた。
言われてみれば、鳴き声はこちらに近づいてくるどころか、近づいたり離れたりを繰り返している。
「我々の匂いを追っているわけではないようです。追いますか?」
「流星かもしれない。キラン、お願い助けてあげて」