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星詠みと流星  作者: 黒崎メグ
三章 オーロラの都と声無き者の使者
20/31

【6】

 城を目の前にして、リツェは目を見開いて大きく息を吐いた。

 四日前初めてそれを目にした時も、リツェは思わず感嘆の声をあげたのだが、何度見てもその迫力には圧倒される。

 少し天井の高くなった一階を底辺にして、うっすらと雪をたたえた鱗状の屋根が何層にも連なっている。その中心には一際大きな尖塔と、それを囲むように小さな尖塔が四つ、燻された深い黒を宿して空に向かって伸びていた。そのどれもが木でできているというのだからその技術力が伺いしれるというものだ。

 アルクトゥールスは、ガレとドレナに面して大陸の北の端に位置している。ガレとドレナに接する南には樹海があり、街を囲むようにして樹海は東西にも広がっていた。

 北は海に面しているが、特殊な船を除けば港が使えるのは海が凍らない短い夏期の間だけで、その夏期の間に樹海の木々を加工して船で輸出することで、この国は冬の蓄えを得ている。

 そんな背景もあり、木材とその加工の技術を持つアルクトゥールスの家はみな木造なのだが、それらの技術力が集約されたのがこの城だった。

 宿での朝食を終えたリツェは、身支度を整えて城を訪れた。身支度といっても弦の調律の他には、前袷の上着の襟を伸ばし、帯を締め直す程度だ。旅ではかさばる衣装を持ち運ぶわけにもいかないし、リツェは格式よりも音の本質を大事にしている。そのため音が相手に届けば、格好なんて二の次だ。

 それでも流石に城の雰囲気に圧倒されれば、不安がわき起こってくる。城を守る門番も案内役の役人も、昨日遣いがおいていった通行証を提示すると何も言わなかったが、それが逆にリツェの不安を増幅させていた。

 リツェが最初に案内されたのは城内でも門から近い一室で、待ち構えていたのは腰に剣を携えた一組の男女だった。

 男性の方は防具の上に国の紋の入った飾り布をしていることから、この国の兵士なのだろう。女性の方はスリットの入った裾の長い衣を身につけ、その裾の合間から飾り毛が覗いている。小柄な体型と淡い金色の髪が相まってなんとも剣と不釣り合いである。

 だが案内役の役人が女性に対して頭を下げたことから、彼女の位が高いのは伺い知ることができた。

「羽織ものはこちらでお預かり致します」

 案内役の役人の言葉に促されるまま女将から借りている羽織を脱げば、それこそリツェの身を寒さから守るものは何もなくなってしまう。

 衣の首もとが心許なくて、リツェはぶるりと身震いをした。

「一度服の下も改めさせていただきますね」

 どきりとしたが、リツェが返事をする前に、兵の手は既に身体に触れていた。くすぐったくて、手にした竪琴を落としそうになったが、リツェは慌ててそれを握り直すと姿勢を正した。

 大公と会う前の身体検査なのだろう。女性の前だという気恥ずかしさはあったが、ここで慌てては、不審がられてしまう。

「失礼しました。隣国の情勢もありますから、用心のためです。ご理解ください」

 一通りリツェの身体検査を終え、兵は恭しく礼をした。

 リツェはドレナから氷を砕く特殊な船に乗り、海路アルクトゥールスを目指したのだが、兵の言葉を聞きながら、ドレナの港に妙に警備の兵が多かったこと、アルクトゥールスの港についてからも入国審査は厳しかったことを思い出した。

「隣国で何があったんですか?」

「ドレナからのお客人だと聞いているが、ご存知ないのか?」

 黙って検査の様子を見守っていた女性から、呆れたような声がもれる。

「音楽を求めて旅しているもので、それ以外の事情にはどうも疎くて……」

「そうか、ならこれからの旅路は用心された方がいい。ガレとドレナの間で小競り合いが起こっているようだからな」

 どちらも大国の名に、リツェは目をしばたたかせた。

「あの二国の間で、ですか?」

 リツェの訪れていた港町では、決して争いの気配は感じられなかったから、まだ大きな争いには発展していないのだろう。しかしどちらも大国な以上、一歩間違えば大陸中を巻き込んだ争いに発展しかねない。

 ましてや、そのどちらとも国境を接しているアルクトゥールスにとっては他人事ではないだろう。

「まだ大きな争いには発展していないようだがな。陛下も今は情報を集めるのに尽力なさっている」

「そんな大変な時にお邪魔してしまってすみません」

「全くだ。しかし、お前は人魚の涙を持っている。非常時にそれを持ったお前が来たのは相応の理由があってのことだろう。そう陛下はお考えだ」

 人魚の涙の価値は、随分と高く見積もられているようだ。もしかしたら大公は人魚の正体を知っているのかもしれない。そんな疑惑が浮かんだと同時に、女がリツェを促した。

「付いて来なさい。陛下のもとに案内しよう」


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