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星詠みと流星  作者: 黒崎メグ
三章 オーロラの都と声無き者の使者
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【3】

 セラはライ麦の芳ばしい香りで目が覚めた。

 昨夜はあれから一刻ほど歩を進めたが、湿気をもった腐葉土のせいで足元が悪く体力を奪う。上がらない足を木の根にとられながら始終歩き続けるわけにもいかないので、追手の気配がないことを確認して、皆で身を寄せあって眠りについたはずだ。

 セラは昨日のことを思い出しながら、眠い目を擦り、寒さを感じて思わず身体を震わせた。

 ノズとタキスは交代で火の番と見張りに立っていたようだが、ずっと隣で眠っていたはずの若様の姿もすでにそこにない。

 置いていかれたのか、とセラは一瞬どきりっとしたが、香りを辿れば、昨晩のうちにおこした焚き火を囲むようにして、彼らはセラの目覚めを待っていた。

「起こしてくれればよかったのに……」

 一瞬抱いた不安を打ち消すように不満を口にすれば、若様が苦笑しながらセラを手招きする。

「疲れているようだったから、起こしては悪いかと思ってね。起きれそうなら朝ごはんを一緒にどうだい?」

 彼らの手元の包み紙の上には、日持ちのいい固いライ麦パンと干し果物、肉の燻製といった食べ物が並べられている。

 セラを目覚めに導いたのは、火で炙ったライ麦パンの香りだったのだろう。そういえば昨日の晩から何も食べていないことに気がついて、腹の音がセラを促すように高く響いた。

 セラは慌てて腹を押さえたが、顔には瞬時に熱がのぼってくる。

 くくっと、ノズがそれを見て低く喉を鳴したので、セラはノズを恨めしそうに睨み付けた。

「ノズ、約束は守ってね」

 同時に昨夜の約束の念を押すのも忘れない。

 彼らはセラの願いを聞き入れたものの、昨夜は夜も遅く追手の心配もあったため具体的な話は何もできていない。

 緊張の連続で、体の疲れも空腹も何もかも忘れていたが、セラは身を守る術を教えてもらうというその約束だけはしっかりと覚えていた。

 ノズはセラが起きて早々昨晩のことを持ち出してくるとは、思ってもみなかったのだろう。面食らった様子で答えあぐねて目を泳がせている。

「もちろん今日から教えてくれるんでしょ」

 意地悪なノズを困らせたくて、セラは強気で言ったけれど、答えはタキスから返ってきた。

「今日といっても、その身体ではまだ無理です」

 なんでっ、と反射的に身体を起こせば、兵から逃げる際に打ち付けた箇所が鈍く痛みを帯びている。昨日慣れない山道を駆け回ったことで、節々も軋むような音をたてていた。

「武術を、ということでしたら、しっかりと傷を癒してからでないと、変に庇う癖がついてしまいますよ」

 タキスの声は諭すようであったが、有無を言わさぬ強さがある。タキスがノズの味方をしたことに悔しくなって、セラは若様に助けを求めて視線をやった。

 黙ってやり取りを見守っていた若様は、苦笑を浮かべている。

「ノズも女の子相手じゃいつもの狡猾さも形無しだね。古狸達にも見せてやりたいよ」

「古狸達と違って素直な分、下手に返すと後が恐いんですよ」

 若様の言葉にノズは肩をすくめてみせた。若様までノズの味方では、セラには分が悪い。もともとセラは部外者であったが、これでは三人に上手くあしらわれただけである。

 結局は彼らも村にいた帝国兵と変わりはないのか。

 自身の決意を踏みにじられたような気がして、セラは言い様のない怒りを覚えた。

「もう! 三人とも約束を守るつもりなんてなかったのね!」

「ほら、こんな具合に……」

 と若様に言葉を返しかけたノズは、セラと視線が合うと続くはずだった言葉を飲み込んだ。

 セラは目の奥に潜む熱に懸命に耐えながら、ノズから視線を離さなかった。

「何も教えないとは言っていませんよ」

 自分の敗けだとでも言いたげに、ノズは深くため息を吐いた。

「ほんと?」

「ええ、何も武力で相手を捩じ伏せるばかりが、身を守る術ではありません」


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