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星詠みと流星  作者: 黒崎メグ
三章 オーロラの都と声無き者の使者
15/31

【1】

 青年、リツェの目覚めは悪かった。

 オーロラの調(しらべ)に弦を(はじ)き、一度はベッドに戻ったものの、心に纏わりついた不安を打ち消すことはできなかった。緊張で冷えた手足が温まり、ようやく寝付いたのは空も白ける頃である。

 結局眠れたのは一刻ほどで、リツェは人の動く気配で目が覚めた。

 階下の暖炉で火が焚かれはじめたのだろう。昨晩の熱の名残で夜に支障はなかったが、明け方の冷え込みではその熱ももう残り少ない。

 建物に熱が行き渡れば、動き出す人の気配も増えてくる。

 リツェは部屋が温まるのを待ってから、名残惜しげにベッドから身を起こした。

 やらなければならないことはたくさんある。

 流星からの調は断片的で、その意味を言葉にするのはひどく難しい。音がとんだ楽譜のように、リツェの手元にはそれを奏でる音符(パーツ)が足りなかった。

 それを紐解くには欠けた音符を集めなければならない。

 寝間着を着替え、脚衣を履くと、リツェは借り物の毛織物の羽織を手に階下に下りた。

「リツェさん、おはよう」

 ここ数日で馴染みになった宿の女将が朗らかに声を掛けてくる。

 この国の人々は穏やかだ。寒い気候の中で、寄り添って暖をとる助け合いが根づいているのだろう。覇権争いの激しい大陸にあって、小国ながら国民の結束は固く、オーロラを生む風土もあってこれまで大きな侵略もなく独立を保っている。

 少々保守的なのは玉に暇だけど。

 リツェは四日前のことを思い出した。

 リツェは旅人であり、音楽家でもあった。竪琴を片手に国々を旅し、異国の調を学ぶ。それがリツェの旅の目的のひとつである。

 リツェがアルクトゥールスについたのは四日前で、寒波の激しい日のことだった。

 目の粗いマントとつば広の帽子という出で立ちで宿の扉を叩いたリツェの風貌に、出てきた女将さんはぎょっとした。

 それは旅人にとって、身軽で一般的な服装であったのだが、寒さの厳しい地域では、野で狩った動物の皮か放牧された動物の毛が一般的である。女将さんの目にはさぞや薄着にうつったのだろう。その軽装を心配した女将さんが、この国で放牧している羊の毛の羽織ものを貸してくれたのだが、その礼にと歌った異国の歌を聞いて彼女たちの顔色が変わった。

 それは人魚の歌だった。悲しい運命を辿った人魚の歌。

「その歌は止しておくれ」

 結局曲を最後まで弾き終わらないうちに、演奏は止められてしまった。哀愁のある異国の旋律がこの国の文化にあわなかったのだろう。それからリツェはこの国で他国の歌は歌わないようにしている。


「よく眠れたかい」

 挨拶と一対になって向けられた問いに、思考の波に沈んでいたリツェは束の間反応が遅れた。女将さんは察しがついたように呟きをもらす。

「その様子じゃあ、眠れなかったんだね。昨夜は空が荒れてたからねぇ」

「お気づきだったんですか?」

 てっきりこの国の人々は気づいていないと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。

「この国のもんは皆、空の声が聞こえるからねぇ。あんたみたいに外のもんで耳が良いのは初めてさ。まぁ、しょっちゅうオーロラが鳴るもんだから、国のもんはもう慣れっこさね。いちいち起きてちゃ身がもたないよ」


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