婚約破棄は問題ありません。ただし、私の隣の席は空けておいてください
残業につき、短めです。
「イザベル! お前との婚約を破棄する!」
とある晩餐会が始まる直前、伯爵令息のロベルトが声高らかに宣言した。
皆が座る前の事だった。
隣には、彼が最近夢中になっている男爵令嬢のマリアがいる。
……ロベルトがマリアの袖を掴んでいるため、彼女は逃げたくても逃げられないようだ。
可哀想に。
「私はマリアを愛している。お前のように退屈な女とは結婚できない!」
「……そうですか。承知いたしました」
私は静かに頷いた。
すると、ロベルトは拍子抜けしたような顔をした。
「……泣かないのか?」
「なぜ泣く必要が?」
「私との結婚は、お前にとって大切なものだったはずだ!」
「ええ。ですから残念です」
そう答えると、彼は勝ち誇ったように笑った。
「ならば、私の事を思い出しながら思い出を反芻していればいい!
まあ戻ってくることはないがな!」
どうやら、私が未練を抱いていると思っているらしい。
私はグラスを置いた。
「ところで、ロベルト様。一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「今日の私の隣の席は誰にも譲らずに空けておいて下さい」
「……は?」
「あなたの代わりに座る方がいらっしゃいますので」
その瞬間、背後から声がした。
「お待たせしました、イザベル嬢」
振り返ると、そこには隣国の外交官であるアーノルド様が立っていた。
彼とは先月、共通の友人を通じて知り合った。
何度か食事を共にし、互いに好意を抱いていることも確認している。
ただ、私には婚約者がいたため、正式な交際は控えていたのだ。
そしてこの気持ちを墓まで持っていく予定だった。
けれど。
このお馬鹿さんが婚約破棄をするらしいと噂で聞いてしまったので。
アーノルド様を、今日の回に招待しておいたのだ。
「こちらが例の婚約者ですか?」
「ええ。今、元婚約者になりました」
「それは何よりです」
アーノルド様が微笑む。
ロベルトは顔を真っ赤にした。
「待て! お前、私という婚約者がいながら、他の男と!」
「元々、この気持ちは自分の墓まで持っていくつもりでした。けれど、貴方が婚約破棄するらしいと噂を聞いたので。
……というか、貴方は先ほど、ご自身で私との婚約を破棄なさいましたよね?」
「それは……!」
さらに、アーノルド様が穏やかに続けた。
「ロベルト殿。ちなみに、あなたの隣にいる女性は私の従妹です」
「……え?」
「彼女は以前からあなたに迷惑をかけられていると相談していました。まさか、婚約者まで捨てて追いかけていたとは」
ロベルトの顔から血の気が引いた。
どうやら、自分が嫌われていると知らなかったらしい。
本当なのか、と問いかけるロベルト。
それに対し、肯定しながらさっさと離れていくマリア。
その様子を見てようやくホッとする。
私にも相談してくれていたからだ。
この感じだと、流石にもう彼女のことを追うこともないだろう。
私はアーノルド様の腕に手を添えた。
「では、参りましょうか」
「ええ、喜んで」
背後からロベルトの叫び声が聞こえた。
婚約破棄は結構。
ただし、捨てた相手がいつまでも自分を待っていると思うのは、少々都合がよすぎるのではないだろうか。




