表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『追放された料理人ルシアは、聖女級の料理スキルで辺境を癒やす ~伝説の銀狼ともふもふスローライフ~』  作者: 黒澤カール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

第10話 女騎士リアナの加勢と、不屈のビーフステーキ

ミルダの村に、不穏な金属音が響き渡った。

夕闇が迫る村の入り口。

石畳を叩く重厚な足音と共に現れたのは、王都の紋章が刻まれた白銀のフルプレートアーマーに身を包んだ一団だった。


その先頭に立つのは、燃えるような紅蓮の髪を高く結い上げた女性。

王宮守護騎士団・第三隊長、リアナ・ヴァン・ブレイズ。

彼女は「鋼鉄の薔薇」と称されるほど冷徹で、任務に忠実な女性騎士として知られていた。


「見つけましたわ。アデル・フォン・ラフィーネ様。そして——」  


リアナの鋭い眼光が、私の隣に立つハク、そして私自身を射抜いた。


「不当に王宮の重要人物を匿い、人心を惑わす不届きな料理人。貴女がルシア・クロスですね」


 アデル様が、私の前に一歩踏み出した。


「リアナ、およしなさい。私は自分の意志でここにいるのです。

 彼女は……ルシアは、私の命の恩人ですわ」


「令嬢の甘言に耳を貸すほど、私は甘くはありません。

私の任務は、貴女を連れ戻し、この『偽りの聖域』を解体すること。

抵抗するならば、武力行使も辞さない」


 リアナが腰の長剣を抜いた。夕陽を浴びて、刀身が冷たく輝く。

 村の自警団の若者たちが武器を手に駆け寄ろうとしたが、私はそれを手で制した。


「リアナ様。貴女、お顔色が優れませんわね。最後にまともな食事を摂られたのは、いつかしら?」


 唐突な問いに、リアナが眉を潜めた。


「何の話だ。私は騎士だ。戦場では数日の不眠不休など——」


「胃の腑が悲鳴を上げていますわ。王宮での激務、そしてここまで休まず馬を飛ばしてきた無理が、貴女の美しい魔力回路をズタズタに引き裂いている。今の貴女が振るう剣は、ただの『意地』。騎士の魂が籠もった一撃ではありませんわ」


 私は《無限料理庫ディヴァイン・キッチン》を静かに起動した。


「ルシア、何を……?」

「アデル様、大丈夫ですわ。騎士様には、騎士様に相応しい『説得』が必要ですもの」


 広場に据えた大きな鉄板に、魔力の炎が灯る。

 私は《無限料理庫》から、今日のために温めていた最高の素材を取り出した。

焔牛フレイム・ブル》の極上ロース肉。  

 赤身と脂身のバランスが完璧なその肉は、厚さ五センチを超える「男爵カット」と呼ばれる贅沢な厚みを持たせてある。


「料理で私を懐柔しようというのか。侮辱するな!」  


リアナが叫ぶが、私は手を止めない。


 まずは、たっぷりの《熟成発酵ガーリックバター》を鉄板に落とす。

 ジューッ!という快音とともに、食欲を暴力的に刺激するガーリックの香りが広場一帯に爆発した。


 そこへ、常温に戻した焔牛の塊を鎮座させる。

 肉の表面が焼ける香ばしい匂い。脂が弾け、ガーリックの旨味が肉の繊維の奥深くまで浸透していく。


「騎士に必要なのは、折れない心。そして、それを支える『不屈の活力』ですわ」


 私は赤ワインを贅沢に振りかけ、鉄板の上でフランベした。

 高く上がる紅蓮の炎。それはまるで、リアナの髪の色のように美しく燃え盛る。

 肉汁をベースに、黒胡椒とハーブ、そして隠し味に森の蜂蜜を加えた《濃厚赤ワインソース》が、肉の上で艶やかな輝きを放つ。


「さあ、召し上がれ。これが、私の『騎士道』ですわ」


 私は切り分けたステーキを、白磁の皿に載せてリアナの前に差し出した。

 肉の断面は完璧なロゼ色。溢れ出す透明な肉汁が、ソースと混ざり合って宝石のような光沢を放っている。


「下らぬ……。私は、惑わされない……」  


リアナはそう言いながらも、その香りに理性を削り取られていた。

彼女の胃が、主の意思に反して大きく鳴った。


 屈辱に顔を赤らめながら、彼女は力任せにフォークを手に取り、肉を口に運んだ。  

 その瞬間——。


「っ……!!」


 リアナの身体が、雷に打たれたように硬直した。

 圧倒的な肉の旨味。噛み締めるたびに溢れ出す、焔牛の生命力。

 そして、濃厚な赤ワインソースの深いコクと、ガーリックの刺激が、彼女の枯れ果てていた魔力回路を一気に駆け抜けた。


「……あ……ああ……。力が……、魂が……震える……」


 彼女の脳裏に、騎士を目指した幼い頃の情熱が、そして王宮での孤独な戦いで忘れかけていた「誇り」が、鮮烈に蘇る。この料理には、ただの栄養ではない。作り手の「不屈の意志」が込められている。


 最後の一口を飲み込んだ時、リアナの手から剣が滑り落ち、石畳に乾いた音を立てた。  

 彼女は膝をつき、溢れ出す涙を隠そうともせずに叫んだ。


「負け、ました。私は、王宮の命令という『形』だけを守り、自分の中の『正義』を餓えさせていた。……貴女の料理に、私は、騎士として大切なものを教えられましたわ」


 リアナは顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめた。

その瞳からは、先ほどまでの冷徹な光が消え、一人の自立した女性としての、力強い輝きが宿っていた。


「ルシア・クロス。私は、貴女の料理に、そして貴女という女性に、私の『忠誠』を捧げたい。アデル様を守り、この村を守る。それが、私の新しい騎士道ですわ!」


 リアナが私の前で、騎士の最高礼である「忠誠の儀式」を行った。

 それは、権威に屈した敗北ではない。同じ志を持つ「女性同士」としての、魂の契約だった。


「ふふ、頼もしいですわ。……でも、私の騎士様になるなら、好き嫌いは許しませんわよ?」


 私の冗談に、リアナは少し照れたように笑った。


「精進いたしますわ。ルシア様」


 ミナが「新しいお姉様だ!」とはしゃぎ、ハクが歓迎の遠吠えを上げる。

 アデル様とリアナ。かつて王宮という冷たい籠の中にいた二人が、今、私の食卓で手を取り合った。


 王宮から送り込まれた最強の刺客は、今、私たちの最強の盾となった。

 元パーティー《白銀の牙》の連中が、自分たちの犯した過ちの大きさを知るのは、もう間もなくだ。


 私たちの「不屈の絆」は、このステーキのように、誰にも噛み切ることはできないのだから。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ