コイツハナニヲイッテイルンダ?!
やってしまいました。あたしは、クソバカな質問でカレシを問い詰めた、クソバカな女です。
どういう落としどころに持っていくかも想像しないまま、ただ単に相手に妄想をぶつけた女です。
あたしはあいつに嫌われた。
あたしの親友に相談したら、俺Tueeeする対象が自分じゃないってだけで典型的な中二病的思考ってこき下ろされた。呼び出されて腹パンチされた。そうだよな。なんでもう30過ぎているのに、そんなアホな病にかかってんの、あたし。世間だったら、中二の子供がいたっておかしくないのに、うう、そう考えると怖すぎる。それにしても、エリカは日本語でここまでのことをさらりと言えるのに、彼女が英語でしかできないあいつとの猥談って、いったいどんな話なんだ。ちょっと怖いし、同時にちょっと腹が立つよ、お二人さん。
エリカはご丁寧に「二型中二病」という呼び名までつけやがった。きっと社会学だか心理学だかの先生か誰かがきちんと分類しているんだろうけど、やつは勝手につけた。二型糖尿病のように、ビグアナイドが効けばいいけどそんなわけない。むしろ、リチウムの方が効きそうだ。あるいは逆にメチルフェニデートか。
エリカが口を酸っぱくして言った通り、ただ単にあたしがあいつにべたぼれなだけで、べたぼれな自分を信じ切れていないだけなんだろうか。その場では、そんなことはないと鼻血が出る寸前の鼻水が出るほど全力否定してしまった。しかし、エリカはあいつと同じくらい超絶天才なくせに性格がよくて人付き合いもいい。男どもがナンパを躊躇するという意味合いにおいては、あたしと同点。あたしの方が点数が高いのは身長だけ。うん、間違いなく彼女が言っていることが正しい。くそハズカシイ。全力否定したことが輪をかけてハズカシイ。
はい、あたしはあいつにべたぼれです。あたしはそれに気づかずそんな自分に戸惑いすぎて、なんだかあいつ相手に暴れてしまいました。親族がカワイソウって思うのもよくわかるわー。あたし、ないわー。
オトナなのに、あいつにどう謝ったらよいかもわからない。というか、この年で中二病丸出し女なんて、あたしだって付き合いたくない。あたし、ボーナスはいいですから、ペナルティもらってもいいですから、マトモな女にしてください。
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なのにこいつは、なんでまた朗らかな顔してあたしを誘うのよ......。おしゃれなカフェでの夜中のデートって今の私にはちょっとした拷問。
ちょっと神様、マジで私を適正な年齢に転生させてください。私は中学二年生でホント、ちょうどいいようです。
こいつは、また私がメニュー選びを迷っているところを、結局あたしがいつも変わらず好きな、堅めのプリンに誘導してくれた。こいつは気取って、また正露丸のにおいのミルクティーを飲んでる。うん、こいつの紅茶の趣味だけは嫌いだ!
でもとにかくスミマセン。あたし、一人でたいていなんでもできるんだけど、経済的にも十二分に自立しているけど、こいつといると何もできなくなります。
彼はいつも通りの涼しい顔して口を開く。
「異世界モノのラノベ読んでみたよ。だいたい行く先の異世界って、中世的なところが多いよな。」
ちょっと漏らしそうなくらい恥ずかしいんですけど!こういうのも公開処刑ってやつに入るのかしら、エリカ?いや違う。ただ単に人が多いところで、こいつがあたしを追い込んでいるだけだ......。わざわざ通りから見えるようにそば打ちする職人さん、そばの気持ちを分かってあげて......。
顔から火が出るというか、顔が熱で溶けそうだ。あたしは、顔を両手で覆うことしかできない。隠していない耳から、溶岩が出そうだ。助けて、有毛細胞は再生しないのよ。
「とすると、異世界からこの世界にくるって発想の場合、その異世界がどんな世界なのかは気になるところだよね。」
うん、あたしに言い寄る男が多かったせいで、あたしが人を好きになることが珍しかったせいで、ただ単にあたしは自分の気持ちに気付かなかっただけだ。
「もうやめようよ......ゴメンナサイ......。」
「ところで、異世界召喚について言うなら、単純に向こうの世界に移るということだと保存則に引っかかっちゃうよね。エネルギー保存則的にはカウンターマスと交換することがよいのか、あるいはこっちの世界と向こうの世界で合わせてエネルギーが保存されていればいいなら、召喚でも問題なさそうだよね。ただ、保存則的には慣性の法則の方が処理が大変そうだ。召喚されたと同時に音速で壁にぶつかるのも悲劇だから。だからきっと世界間での召喚はなかなかむつかしい。」
あたし、あんたのこと好きなだけなんだから。目線を落としたテーブルに、彼の顔がぼんやりと反射することに気づく。あたしはそれすら正視できない…。
「あたし、あんたの方からきちんと好きって言ってほしかっただけだ、きっと。いや、たぶんそう。間違いないわ。」
あたしの声は、自分にさえ聞こえないほど小さい。
あ、そうだ、そもそもこいつあたしに好きって言ってくれてたんだった。かなり早いころ、こいつがちょっと長めにスウェーデンへ出張に行く時だった。あたしはそのころまだ本気かどうかよくわからなくて、よくある軽い男の口説き文句とみなしてスルーしたんだった。何もかも全部あたしが悪いんじゃない!ああ、あたしのバカバカバカ。
「ただ、転生と言うことなら話は違う。魂の保存則みたいなものがあるのでなければ、あるいは魂についての慣性の法則みたいなものがなければ、理論上は転生ってありうると思える。そもそも、この地球上だけでも、トランスパーソナル的には転生ってありうるし、世代間トラウマ的にも魂的なものは伝播する。だったら、異世界からの転生だって理論的には否定されないんじゃないかな。そこに有希子が思い至るとは、さすがだね。」
あたしの困惑のせいで、あたしの中二病頭が間違った解答を出したってわけよ。あたしが時々やる、ポンコツスロットマシーンによるトンチンカン解答。上司にもよく言われるっけ。たまに、なぜかジャックポットが出るのが余計に煩わしい。
「中二病をこじらせたのね、バカなあたし。あんた、もっとあたしのことなじっていいわよ。」
「ボーナス点がつくというのは、実際に優れている点を文章化しなくていいというラノベのご都合主義的な部分と、ゲームに慣れた読者へのわかりやすさがあるのだろうね。有希子がボーナス点と言い始めたとき、それは逆に、俺に何かとっても優れている点があるということを表現しようとしていることだったんだよね。そこに俺は思い至らなかった。ごめんね。」
あんたが謝る必要はないのです。むしろあたしが3倍、謝らねばならないのです。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。
転生ボーナスというわけのわからん概念を持ち出さざるを得なかったくらい、あたしにとってあんたが特別と言うだけよ。やばい、やっぱあたし本当にこいつのこと好きみたいだ。別な恥ずかしさですが、認めます。
「あんたのいいところが良すぎて、あたしにとってあんたが特別すぎて、あたしはあたし自身の気持ちの表現の仕方を見つけられなかったのよ、たぶん」
「誰かが言っていたらしいぜ。理解できないほど進んだ科学は、魔法と区別がつかないってさ。理解できないけど結果が出ることって、超科学的とも超自然的とも魔法とも呼び方は違えども、結局は理解できないことに対して呼び名を与えているというだけ。つまり転生によって持ち込まれた有利な点や優れている点が、魔法のように見えることがあるということだね。」
「ちょっと待って、巧、あんたさっきから何を言っているの?」
私は自分の顔がもうほてっていないことに気付いた。でも彼の顔を見つめる勇気が出ないうちに、彼がにっこりと笑う気配を感じる。
「だからさ、転生もボーナス点もあるってことさ」
コイツハナニヲイッテイルンダ?
「ダンプだか魔法だかって、突然すぎて何の話か分からなかったから、有希子の質問に答えられず申し訳なかったね。よくかみ砕いて考えれば、有希子は正しい質問を正しい人にしただけだ。混乱させて申し訳なかったね。」
コイツハナニヲイッテイルンダ??
「俺のもといた世界では、応用科学ではなくて心理的な面での進歩が進んでいたのさ。もっと人権と言うべき概念が広くて、それは人や生き物を超えて機械やモノにさえ尊重する対象にされていた。モノの生産にだってバースコントロールが適用されていて、無駄なモノなど作り出されず、すべてのモノが敬意をもって大切に扱われていた。だからきっとこの世界でも、俺はモノにも機械にも人にも敬意をもって接することができているんじゃないかな。
言葉もそう。文化が接触したり、グローバル化したときに、言葉が集約されていくというような現象は俺の世界では起こらなかった。むしろ、天候を語るによい言語は澄んだ青空の気持ちよさを語るときに、食事を語るによい言葉はとれたてのトマトのみずみずしさを語るときに、政治を語るによい言葉は建前と本音がこんがらがった社会情勢を語るときにって感じで、みんながみんな複数の言葉を使うようになったのさ。もちろん、数学的厳密さが必要な数学には数学と言う言葉自体を使うよ。だから、たぶん俺にはさまざまな言葉にも全般的な親近感と敬意があって、こちらの世界でも、抵抗感なくいろんな種類の言葉を習得しやすいのではないかと思うなぁ。
ボーナス点という何の努力も必要としない有利要素と言う形でも、ましてや不条理と思えるほど有利というわけではないけど、確かに俺は少し恵まれているかも。ただ、逆に言うとこの世界の普通が俺には苦手だから、ずいぶん困っている。普通の教科書に沿って教えられるのって、俺にはまるで頭に入ってこないから、学生時代は苦労したって言ったろ?ことについては有希子も知ってたと思うよ。
有利な点と不利な点を合わせると、せいぜい相殺される程度じゃないかなぁ。うん、その程度の有利さでも、俺の近くにいる有希子にとっては、ボーナス点と言う形に知覚されたんじゃないかと思う。知識よりも自分の知覚を大事にする有希子の姿勢は、とっても好感持てる。」
コイツハナニヲイッテイルンダ?!
私は顔を上げた。彼はにこやかに笑っている。
「まあ、総論的に言うと、俺は別にこの社会の中でずるいほど特別ではないということさ。俺にとって有希子が特別なだけで。だから、有希子のした大切な質問にもちゃんと答えるよ。」
やばい、巧が言っていること、本当のことのように思える。
彼はさらに一つ声の大きさを下げた。
「どういう風に死ぬと転生するのかって?」
あんた、答えられるの?
っていうか、あんたのもといた世界って、そもそも何よ?
ちょっと待って、あたし、あんたの答えをもらう準備ができていない。
しかし彼は、大したことでもなさそうに、言い放つ。
「俺のいた世界では、青の月が傾き無機塩の海が潮満ちて犠牲になると、転生するのさ」




