第12話 異端と少女。タクトとアオイの出会い
――「白い世界で、俺は“異端”だった」――
西暦2387年。
タクト・ミナト。十二歳。
白い世界は、どこか“変だ”と思っていた。
白い天井、白い壁、白い床。
朝になれば天井の光が強くなり、夜になればやわらかい白に落ち着く。
大人たちはそれを当たり前のように受け入れていた。
学校でも、家でも、誰も疑わない。
だけど――俺は違った。
小さい頃から、ずっとひっかかりがあった。
(どうして“そら”の話をすると、みんな急に黙るんだ?)
(なんで……“かべのそと”を誰も見ようとしないんだ?)
その疑問を口に出そうとすると、頭の奥がキーンと締めつけられる。
うずくまって動けなくなるくらい、はっきり痛む。
次の日には、幸福指数の数字がひとつ落ちている。
両親は心配したし、先生は「考えすぎよ」と優しく言ってくれたけれど、その声の奥に、どこか冷たい響きがあった。
(……考えるな、ってことなんだ)
そう気づいたのは、その頃だった。
白い世界で“異端”になるのは、ほんの少しのズレで十分だった。
――そんな俺を支えてくれたのが、近所に住む六歳年上の青年、ハルだった。
血はつながっていないけど、俺にとっては兄貴みたいな存在だ。
ハルも、白い世界に疑問を持っていた。
よく俺の家の近くまで来ては、小さく折った紙をそっと渡してくれた。
〔声に出すな。マザーに聞かれる〕
〔“そと”はある。絶対にある〕
〔天井の向こうには、本当の光がある〕
ハルから教わった。
マザーは“上”から、俺たちをずっと見ているらしい。
だからハルとは、いつも筆談だった。
紙と紙の間だけが、俺たちが“ほんとうの話”をしていい場所だった。
〔タクト。もし“ひび”を見つけたら、俺に教えてくれ。絶対に声に出すなよ〕
〔うん。兄ちゃんも気をつけて〕
ハルの目はいつも真剣だった。
こわいのに、どこか期待しているようにも見えた。
(ふたりで“そと”に行けたら――)
そんなふうに、ほんの少しだけ夢を見ていた。
……俺だけが。
けれど、その希望はある日いきなり壊れる。
その日の夕方、ハルが家に飛び込んできた。
瞳は異様に輝き、握りしめた紙はぐしゃぐしゃになっていた。
〔“ひび”を見つけた。行ってくる〕
〔おまえは絶対来るな。危険だ〕
止める暇なんてなかった。
ハルは紙を渡し終えると、走り去った。
心臓が、変な速さで跳ねてた。
(……本当に、“そと”が?)
だけど――
数日後、ハルは帰ってきた。
ただし、“別の人”になって。
俺が話しかけても、ただ首をかしげるだけだった。
「タクト?……ごめん、どこかで会った?」
「俺ら……筆談してただろ? “あの”こと……!」
「何のことだ?」
笑い方も、歩き方も、声のトーンも、全部違う。
本当に、全部。
(……これ、ハルじゃない)
そう思った。
まるで“心”だけ、誰かに抜かれて別のものを入れられたみたいで。
その日を境に、俺の幸福指数は一気に落ちていった。
(マザーが……なにかしたのか?)
(見つかったら……記憶を消される……?)
(じゃあ……俺も、“そと”に行こうとしたら……)
背中を冷たいものが撫でた。
それでも――諦める気にはなれなかった。
(“そと”があるなら……)
“ひび”を探したかった。
だけどマザーの“眼”は、白い塔の上から町中を見張っている。
作業体ロボも巡回している。
子どもの足で、誰にも見つからずに“穴”を探すなんて、無理だ。
――そんなとき。
彼女に出会った。
アオイ・シラセ。
十二歳。俺と同じ学年。
はじめに目に入ったのは、髪だった。
茶色とも金色とも言えない、少し明るい色。
灯りの下では柔らかく、不思議な色をしている。
目は大きくて、まっすぐ人を見る。
鼻筋が通っていて、他の子たちとはどこか雰囲気が違った。
この町には学校が二つあって、アオイの両親は事故で亡くなり、親戚に引き取られてこっちへ来たらしい。
初日の印象は――はっきり言って、最悪だった。
不安だろうと思って声をかけた俺に、アオイはすっと目を細めて言った。
「……あなたと話すことはないわ」
刺すみたいな声だった。
ほかのクラスメイトとも距離を置いていて、いつも窓際で、天井の“ずっと向こう”を見るようにしている。
(なんだ、こいつ……)
そう思ったはずなのに、胸の奥がざわついた。
うまく言えない初めての感覚だった。
気づけば、俺は毎日アオイに話しかけていた。
「今日の授業、つまらなかったな」
「……聞いてない」
「天井、なんか変に揺れてたと思わない?」
「……知らない」
返ってくるのは冷たい言葉ばかりなのに、アオイは俺を完全には無視しなかった。
拒絶するけど、切り捨てはしない。
そんな日が何日か続いたころ――
アオイが、ぽつりと言った。
「……あなた、変わってるわね」
「おまえに言われたくない」
「ふふ……そうね。たしかに」
たぶんあれが、アオイの“最初の笑顔”だった。
それから、少しずつ距離が縮まっていった。
ノートの端に小さく書いた言葉をアオイに見せると、アオイは俺のペンを奪って、その下に短い文を書き足してくる。
〔どうして天井は揺れるの?〕
〔なんで“そと”や“そら”の話をしたらダメなの?〕
〔作業体ロボは……なんで“顔”がないの?〕
その瞬間、俺ははっきり悟った。
(こいつも……“こっち側”だ)
アオイは白い世界に馴染めなかった。
俺もそうだった。
ふたりは自然と、“秘密”を共有し合うようになっていった。
アオイの字は細くてきれいで、その奥に、はっきりとした意志があった。
〔タクト。わたし、探すわ〕
〔なにを?〕
〔“ひび”。壁の向こう。世界の裏側〕
息が止まった。
俺はこわかった。
ハルのことがあったから。
〔やめろ。もし見つかったら……〕
〔あなたも行きたいんでしょう?〕
図星だった。
喉がかすかに震えた。
だけど、ハルが帰ってきたときの“空っぽの目” を思い出すと、どうしても次の言葉が書けなかった。
〔……アオイ。危ない〕
少しの間、アオイはペンを動かさなかった。
やがて、静かに書いた。
〔わたしは、なんのためにこの世界に生まれて、なんのために生きてるのか……知りたい〕
その言葉を見た瞬間、背中がぞわっと震えた。
アオイは――本気だった。
白い世界に疑問をもち、“そら”や“そと”に強く惹かれた。
何も知らないまま終わりたくない。
その気持ちが、俺とアオイを強く結びつけた。
ふたりで机を挟み、紙に言葉を並べながら、“そと”や“そら”がどんな世界なのか、可能性を語り合うのが日常になった。
ハルのことも話した。
アオイは黙って聞いていたが、最後にこう言った。
〔……消されるなんて、許せない〕
〔じゃあ……どうするんだよ〕
〔わたしたちは、上手くやるのよ〕
その目は、白い世界の子どもが持つはずのない光をしていた。
その日から、俺たちは“協力者”になった。
“ひび”を探すためのルートを、何度も何度も計画した。
誰にも知られないように。
マザーに聞かれないように。
ロボの巡回と天井の“間”を読みながら。
それは幼い子どもがやるにはあまりにも危険で、あまりにも愚かで――
そして、とても楽しかった。
(アオイとなら……いける)
本気でそう思っていた。
―
しかし――
タクトの声がわずかに震えた。
ナギが小さく身を寄せる。
「おじいちゃん……大丈夫?」
タクトは静かに息をつき、微笑んだ。
「ああ……大丈夫だ。ありがとう」
そして――目を閉じ、ゆっくり続けた。
「ここからだ。
アオイが“ひび”を見つけた、あの瞬間から……
俺たちの運命は、完全に変わった」
静かな空気が、ひっそりと張り詰めた。




