世界樹のドライアド、お花の妖精と罵られ、ずっと守ってきた国の王太子に婚約破棄される
『親愛なるドーラ
ああ、ドーラ、どうして運命はこうも残酷なのだろう。
おとなしい君には、自分が本当はただのお花の妖精ではなく、世界樹のドライアドだなんて、主張できなかったんだね。
君のその気の弱さが、私たちを引き裂いた。
今なら、そんな君を許せるよ。
君だって、自分がずっと守ってきた国が心配だろう?
君が去ってしまうと、父上はすぐに病死してしまった。
今は私が国王なんだ。
君とは一度は婚約した仲だ。
私には、君を王妃として迎える用意がある。
聖女のアンナは偽物だった上に、亡くなったから気にすることはない。
今は砂漠の国ケルサスにいるのだろう?
砂ばかりの貧しい国ではないか。
植物にとっては過酷な環境だね。
戻っておいで、君が愛した私のいる国へ。
君の王子様 ニコラウス』
わたしが人間姿で立ったまま元婚約者からの手紙を読んでいると、夫でありケルサスの国王であるハリムに背中から抱きしめられた。
「元婚約者殿はなんだって?」
「『戻っておいで』ですって」
ハリムが声を上げて笑い出し、わたしを抱き上げた。
わたしはハリムの力強い腕の中で、便箋を封筒に戻す。
ハリムはバルコニーに出た。
ここからは水と緑に囲まれた美しい王都の街並みが見渡せる。
「空を見てみろ」
ハリムに言われるまま、雲一つない青空を見上げた。
わたしが張っている結界の上を、翼のある魔物たちが飛んでいく。
「あの魔物たちは、守り手なきインユリア王国を目指しているようだ」
「わたし、こわぁーい」
それは、婚約破棄の場で、ニコラウスの腕に抱きついていた平民の出の聖女アンナが言った言葉だった。
ニコラウスとアンナは、わたしに『聖女への嫌がらせ』という冤罪まで着せようとした。
「良いのか? ずっと守っていた国が滅ぶぞ」
「良いも悪いもないわ」
わたしはインユリアの王城の中庭で白百合を見ていたら、ニコラウスに一目惚れされて、婚約を申し込まれた。
その時に、自分が人間ではなく世界樹のドライアドだということは伝えたわ。
それから三年後、ニコラウスは「お花の妖精ごときに、王妃など務まらぬ」と言って、婚約を破棄した。
わたしはインユリアを捨てて旅に出て、砂漠で枯れかけていたところを、ハリムに助けられたの。
ハリムがわたしの傷ついた心を癒し、再び人間を愛することができるようにしてくれたのよ。
わたしの答えは決まっている。
「わたしはすでに、このケルサスに根を下ろしているの。関係ないわ」




