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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それは本当に、よくある話で

作者: ののめの

じっくり描写しているわけではなくさらっと「やりましたよ」と書いてあるくらいですが、性的な表現を含むのでご注意ください。

あとだいぶ後味のよろしくない話です。

あとがきでふざけているので口直しに軽い気持ちになりたい人は読んで、読後感を崩したくない人は本文だけでスクロールを止めることをおすすめします。

「また、あの方は……」

 

 中庭の一角、睦み合う一組の男女を目に留めて、ルヴィがわずかに眉根を寄せた。

 あの方、と指したのは低く刈った庭木の向こうで金の髪の令息と肩を寄せて何事かを囁き合っている様子の明るいブラウンの髪をした少女である。彼女——ミシャ・ハルツが誰かと逢引きをしているのは、何もこれが初めてではない。中庭を歩いたことのある者、つまりこの王国学院に通う生徒のほとんどはミシャが不特定多数の令息と男女の仲にあることを知っている。日によって違う令息の隣に侍り、見せつけるように肌を寄せ合っていれば自ずと関係は察せるというものだ。

 

「よろしいのですか、ロゼッタ様? 忠告して差し上げなくて……」

 

 整った顔立ちにわずかに翳りの色を覗かせながら尋ねるルヴィに、ロゼッタは「必要ない」と告げた。


 身分に隔たりなく門戸を開いた学び舎とはいえ、学内には目上の相手——すなわち爵位や学年が上の相手には敬意を払い丁重に扱うべきだという不文律がある。最高学年かつ侯爵家の出であるロゼッタは、現在学内で最も影響力を持つ生徒であると言えよう。

 そのロゼッタからの忠告を、件のミシャは度々無視していた。それどころか「やすやすと異性に身体に触れることを許すべきではない」という至極真っ当な忠言を嫌味を言われただの虐められただのと曲解して、親しくしている令息に泣きつく始末。まるで自分が被害者でロゼッタ達が悪意ある加害者のように他人に吹き込んでいる現場を立ち聞きして、不快な思いをした令嬢は決して少なくない。


 故にロゼッタは、これ以上は何を言っても無駄だと判断していた。目上の存在であるロゼッタ達が恐ろしく思えて、本気で泣いているのならばまだ救いようはある。ただロゼッタの見立てでは、ミシャはそんな殊勝なたまではなくわかっていてあえてロゼッタ達を悪役に仕立て、情人との恋のスパイスに使っている節があった。そんな娘ならば、ロゼッタ達の手助けがなくともどうにかしぶとく生き抜くだけの根性はあるだろう。

 

(仮にどうにもならなくても、ええ、仕方のないことだわ。だって(わたくし)達、学友以上の何でもないただの他人(・・・・・)ですものね)

 

 呑気に逢瀬を楽しむミシャをちらと一瞥すると、ロゼッタは「行きましょう」とルヴィを促して歩き出す。これ以上関わる価値はない、と暗に示す意図を汲み取ったのか、ルヴィは名残惜しそうにミシャの方を振り返りながらもロゼッタの後に続いた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ——案外ちょろいもんね、と、ミシャは内心ほくそ笑んでいた。


 ミシャが現在付き合っている令息は全部で二十三人。いずれも嫡男で、中には伯爵令息もいる。

 選り好みをしなければもっと増やせるだろうが、ミシャはそこそこ以上に裕福な嫡男しか相手にしないことに決めていた。優雅な暮らしのできる貴族夫人になれなければ意味がないからだ。

 

 ミシャはハルツ男爵の愛人の娘だ。ミシャの母は美しい女だったらしいが、ミシャが十になる頃に老けてきたからと捨てられた。

 母はミシャを連れて男爵家を出ようとしたが、男爵がそれを許さなかった。ミシャは最初母と別れるのを拒んだものの、家を出れば今までのような裕福な暮らしはできずその日の食事にも困る貧しい生活になるだろう、と言われて男爵家の子になることを受け入れた。

 

 ミシャは母に似たらしく美しい娘だった。男爵と正妻の間には男児しかおらず、男爵は他家と縁を作るための道具としてミシャを求めた。ミシャは数年かけて最低限の淑女教育を施され、少しでも良い家と縁付けと命じられて王国学院へ放り込まれた。

 王国学院は裕福であれば平民でも入学できるが、ミシャは最初から貴族以外を狙うつもりはなかった。なるべく家格の高い家を狙え、と父に言われたのもある。しかし一番の動機はやはりミシャ自身の向上心と劣等感だ。


 母は愛人だったから惨めに捨てられた。だが貴族夫人なら違う。離縁されても慰謝料は貰えるし、何より貴族として扱われる。

 ならばやはり、自分は貴族夫人になりたい。その一心で、ミシャは目をつけた令息に甘い声で媚びた。自分を売る惨めさなど、本邸で冷ややかな眼差しを向けてきた男爵夫人やその息子達を貴族夫人になって見返すことを考えればいくらでも耐えられた。

 何より、少しかわいこぶって寄り添うだけで男がころっと自分に靡くのが面白くてたまらなかった。ミシャに興味を示さない令息もいるものの、お高くとまった貴族の令嬢などそっちのけで自分をちやほやしてくれる令息に囲まれていれば自分は貴族のお嬢様なんかよりよっぽど魅力があるんだと優越感に浸れた。

 このままいけばゆくゆくは伯爵夫人、悪くても子爵夫人にはなれるだろう。関係のある令息の中には婚約者がいる者も少なくないが、いつものようにかわいくねだればさっさと別れて自分を妻にしてくれるはずだ。そうミシャは確信していた。

 

 それが崩れたのは、最終学年への進級が近付いてきた頃のことだ。ミシャと付き合っている令息は一人、また一人と離れていって、いつしか一桁にまで減っていた。

 もう別れよう、と前置きした上で離れるのならまだいい方で、ひどい時には素知らぬ顔で婚約者を侍らせて、ミシャは完全にいないものとして扱われることもあった。

 婚約者がいる者は婚約者の元へ戻り、いない者はしれっとどこぞの令嬢と婚約を結ぶ。そうして立て続けに何人もミシャから離れていったものだから、ミシャは焦った。


 このままでは貴族夫人になれなくなってしまう。それはいけない。何をしてでも、何を使ってでも自分は貴族夫人になるのだ。そうでなければ、これまでの苦労が何一つ報われないではないか。

 焦燥に駆られるまま、ミシャは残った令息を引き留めるべくこれまで以上に自分の尊厳を切り売りした。あけすけに胸元を開けて相手を誘い、求められれば娼婦のように身体を開いて奉仕した。それで貴族夫人になれるのなら、自分の身体どころか魂だって売り飛ばしても構いやしなかった。

 

 そうして、なりふり構わず男を繋ぎ止める日々が続いたある日のこと。いつものように身体を開いた後で、「あなたの本当の妻になりたい」と媚びる台詞を吐きながら裸の肩に擦り寄ったミシャに、子爵家の嫡男はなぜだか冷めた目を向けた。


「それ、誰にでも言ってるのか?」

「え?」


 今までにない反応に、ミシャは戸惑った。しかしすぐにしおらしい態度を作って、「そんなことはない、あなただけよ」と甘えた声を出してみせる。母の見様見真似で磨いた手練手管に、しかし子爵家の青年は小さく溜息をこぼすだけだった。


「いいって、知ってるよ。男だってそんなに馬鹿じゃないんだぜ? 女と違って横の繋がりがないわけじゃないし、そこじゃ色々下世話な話も回ってくる。お前が簡単に身体を許す軽い女だってことは学内で知れ回ってるんだよ。妻にして欲しい、って誰彼構わずねだってることも」

「そっ、」


 そんなことない、と、ミシャは叫び出しそうになった。取り繕わなければ、という焦りよりも、自分は誰彼構わず寝る女ではない、という怒りの方が強かった。ミシャだって身体を委ねる相手は選んでいるつもりなのだ。どこから噂を聞きつけたのか事に及ばせろと軽い態度や下卑た表情で迫ってくる輩もいたが、ミシャはそうした手合いは毅然とはねつけていた。

 断られると家の力をちらつかせて脅す者もいたし、複数人で囲んで無理矢理に組み敷こうとする下衆もいた。けれどミシャはそれに屈せず、何が何でも自分を守ってきた。ミシャは色を売る女ではなく、貴族夫人に成り上がる手段として身体を使っているだけだ。それなのに節操なしの安い女のように言われるのは我慢がならなかった。


「わたし、そんな女じゃありません。本当は嫌だけど、こわいけど、あなただから、あなた達だから、特別だって思ってしてるだけです」


 目に涙を溜めて、いじらしくシーツを胸元で掴みながらミシャは訴える。馬鹿にするな、と叫びたい気持ちを堪えながら演じた一途な女の姿に、子爵家の青年が微かに眉根を寄せる。心動かされた、と言うよりは呆れている風に見える反応だった。


「だったらさっさと一人に絞れよ。誰にしようか、なんて選り取り見取り気分でいたら全員に愛想尽かされるぞ。薄っぺらい演技じゃなくて、本気で熱を上げる勢いで迫れば今からでも愛人くらいにはしてもらえるだろ」

「あ——」


 愛人、と聞いて、ミシャは頭をがんと殴られたようなショックを受けた。次いで湧き上がってきたのは激しい怒りだ。

 自分は愛人になりたかったわけではない。そんなつもりで身体を許したわけではない。自分は貴族夫人になるのだ。ならなければいけないのだ。

 馬鹿にして、と、憤りに任せて相手をひっぱたきたくなるのを必死に堪えて、ミシャは「それは嫌なの」と哀れっぽく訴えた。愛人では一番になれない。わたしはあなたの一番でいたい、誰もが認めてくれるあなたの妻でいたい、と。涙交じりに縋るミシャに、子爵家の青年は緩く首を横に振る。その眼差しには、どこか憐れむような色が見えた。


「そりゃ無理な話だよ。だってお前、顔と身体以外には特に取り柄もないだろ。せめて家柄がよければ、だけどそっちもいまひとつだし。愛人として置くならまだしも、わざわざお前を妻にするメリットがないんだよ」

「そんなことっ」

「じゃあお前、夫人として交流をしてあちこちに人脈を繋げるか? 女主人として屋敷を切り盛りして、領の運営にも多少なりとも携わって上手く回せる自信はあるか? 万が一主人が不在の時に盗賊だの何だのが出たり、反乱が起きたりしたら指揮を取って騎士団を動かさなきゃならないんだ。有事の際に主人の代わりを務められるだけの度量があるって、胸を張って言えるか?」

「それはっ」

 

 なんとかします、と、ミシャは叫んだ。正直言って自信など欠片もない。時折別邸に訪れては母と爛れた生活を送る男爵にも、食事の時間や教育の進捗を確かめに来る時以外は廊下ですれ違うくらいしか顔を合わせる機会のなかった男爵夫人にも、そんな大層な責務などある風には見えなかった。

 付け焼き刃の淑女教育しか受けていないミシャは、貴族というものをよく知らない。ただ恵まれた暮らしができるからと貴族夫人に憧れていただけなのだ。

 

「やめておけよ。無理して背伸びしたところで、それを温かく見守ってもらえるほど世間は優しくない。むしろつけ込まれて弄ばれるだけだ。それなら愛人で満足しておいた方がずっと幸せだぜ」

 

 まるで幼い子供に向かって諭すような物言いに、「それでも」とミシャは食い下がった。自分は貴族夫人になるために生きてきたのに、愛人では母と何も変わらない。男爵に囲われて良い暮らしをさせられていたのに少し価値が落ちたからと唐突に捨てられた惨めな母。そんな風にはなりたくない。ミシャは幸せになりたいのだ。安定した暮らし、身一つで放り出される心配のない身分。それを叶えるにはやはり、貴族夫人しかない。

 けれど子爵家の青年の対応は、どこまでも冷淡だった。

 

「お前がそうしたくても、向こうにその気がないんじゃ無理だ。なんで自分以外の何人もの男にも囲われているって知っていたのに、誰もお前に文句を言わなかったのかわかるか? 

 最初っからお前は遊び相手でしかなかったんだよ。みんなそのつもりで接してたから、卒業が近付いてきたら精算されたんだ。結婚が間近に控えてるってのに他の女と遊んでたら婚約を続ける意思がないと思われかねないからな。あくまで本命はこっちだから婚約は継続して問題ない、とアピールするために婚約者の下に戻ったんだよ。

 婚約者がいない奴だって同じだ。お前とは刹那的な恋愛を楽しんで、安定した将来は別の誰かと築くことを決めていたんだろう。今残ってるのは、お前を愛人として囲うつもりの奴か、初夜に備えてお前を練習台にしようとしてる奴だけ。

 だからさ。もう、身の丈に合わない夢を見るのはやめておけよ。誰かの愛人になるなら俺が引き取ってもいい。婚約者も夫婦の務めを果たした上で自分を夫人として尊重してくれるなら愛人を囲っていいって言ってくれてるしさ。少なくとも俺が生きてる間はそこそこ裕福な暮らしは保障するよ」

 

 子爵家の青年の誘いに、ミシャは耳を傾けることなく黙って服を着て部屋を出た。この男はもう切り捨てよう、と苛立ち交じりにバツ印を刻んだ脳内の名簿は、もう片手の指で数えられそうな人数しか残っていなかった。


 それから一月後。ミシャは体調不良から訪れた校内の医務室で、自身の妊娠を知った。

 自分の胎に子がいるとわかったミシャは、肉体関係を持ったことのある令息の中で一番爵位の高かった伯爵家の青年の下を訪ねた。あなたの妻にして、と今まで以上に熱っぽく訴えるミシャに青年は戸惑っていたが、お腹にあなたの子がいるの、と言えば途端に顔色を変えた。

 ひとまず「家に持ち帰って父親に話を通す」と返答を貰い、ミシャは満足してその場を去った。胸の内は晴れやかな達成感とほの暗い優越感で満たされていて、どうだ見たことか、と記憶の中の男爵夫人やその息子、それに子爵家の青年に向けてミシャは胸を張ってみせたのだった。


 それから三月も経たないうちに、王都の川に一つの死体が浮かんだ。まだ若い女の死体は、身につけていた持ち物や身体的特徴から王国学院に通うミシャ・ハルツ男爵令嬢のものであると判断された。


 ◇◆◇◆◇◆


「お可哀想にね」


 侯爵邸の庭園のガゼボの下、優雅に紅茶を傾けながらロゼッタが呟く。その視線の先に広げられた新聞の一面には「うら若き男爵令嬢非業の死、物盗りの犯行か」の文字が躍っていた。


「結局こうなってしまわれたのね」


 はあ、と小さく溜息をこぼして、ルヴィが目を伏せる。ルヴィはロゼッタが「関わる価値なし」と判断したあの日以降も、度々ミシャに忠告をしていた。にも関わらずミシャがこのような結果になってしまったことを少なからず悔やんでいるのだろう。


「あなたのせいではないわ。ただ色々なものが上手く噛み合わなかっただけなのよ、きっと」

「そう……かも、しれないわね」


 ロゼッタの慰めに頷きながらも、ルヴィの表情は一向に晴れないままだった。彼女の婚約者もまたミシャをどうにか思いとどまらせることができないかと苦心していたと聞くから、ミシャの訃報には苦いものを感じているに違いない。


 ルヴィの婚約者——子爵家の青年がミシャと関係を持っていたことはルヴィも、そしてロゼッタも知っている。けれどそれは、ロゼッタ達にとっては取り立てて騒ぐほどのことでもない。

 貴族の結婚に求められるのは義務と利益。家同士の結び付きやそれによって生じるメリットが重要なのであって、愛が欲しければ愛人なり何なりに求めればいい、というのが一般的な貴族の価値観である。

 もちろん、一途に配偶者を愛し抜く貴族もそう珍しくはない。ロゼッタの両親とて恋愛結婚に近い関係であるし、ロゼッタが成人を控えた今でも夫婦円満だ。けれど同時に、自分達がこうであるからといって夫となる人に愛を求めすぎてはいけない、とロゼッタは両親に教えられて育ってきた。

 ロゼッタの両親の恋も、両家が縁を結ぶことで何かしらの益があると判断されたから叶ったのだ。家の益のためなら感情には蓋をする、というのが貴族の常識であった。


 ミシャの一件は気の毒ではあるが、貴族社会ではよくある話のひとつでしかない。きらびやかに見える貴族社会も、一皮剥けば権謀術数渦巻く魔境である。疎ましく思う相手を排除すべく、水面下で奸計を巡らす貴族などそこら中にいる。

 ミシャの不幸は、それらの悪意から自分を守る後ろ盾が皆無だったことだろう。生家は弱小男爵家で、唸るほどの財力を持っているわけでもない。だとしても蝶よ花よと育てられた愛娘であれば抗議や報復を警戒して手を出されることはなかったかもしれないが、ろくに学のない——つまり手塩にかけて育てた形跡もない庶子とくれば、これはもうどう扱っても構わない(・・・・・・・・・・)小娘なのだと判断される。


 実際男爵も、ミシャのことは単に使い捨ての道具にしか思っていなかったのであろう。愛人として拾われて他家と縁ができれば万々歳だが、うまくいかなくても娼館にでも売って養育費を回収する腹積もりだったのではなかろうか。ミシャがあれほど必死になって男を捕まえようとしていたのも頷ける話だ。

 ミシャの死を心から悼んでいる者は、おそらく眼前のルヴィとその婚約者の二人くらいのものだろう。ミシャは学園でもあまり友人がいない様子だったし、慕われるほど立派な人間だったわけでもない。紙面を賑やかしたことで今は話の種にもなるが、時が経てば話題は移り変わって、いずれ口の端にも上がらなくなる。

 そんな人もいたかしらね、と。きっかけがあれば記憶の底から浚ってもらえるけれど、自発的に思い返すほどでもない些末なこと。ミシャ・ハルツの死にはその程度の価値しかありはしない。貴族社会ではしくじった(・・・・・)人間が消えることなどままあるのだから。


 むしろ、あれだけ弱い立場にありながらルヴィやその婚約者に善意から憐れみをかけてもらえただけミシャは運が良かったのかもしれない。ただその慈悲から垂らされた命綱をミシャが見逃して、自分から奈落の底へ踏み出したまでのこと。

 大多数の生徒は、生前のミシャには見向きもしていなかった。日ごと違う男に嬉々として侍る様子を見てはしたないな、と眉をひそめることはあっても、それだけ。関わる価値はない、とはなから判断されていたのである。

 そのミシャにわざわざ声をかけてやっていたロゼッタやルヴィは、傍目からは路傍の石を拾って磨いている奇人に見えたことだろう。


「そう暗い顔をしないで、ルヴィ。気晴らしに観劇にでも行きましょう? あなたが好きな絵物語が歌劇になるって、前に話していたでしょう。チケットを取ったから、今度一緒にどうかしら」


 話題を変えるつもりでそう口にすれば、ルヴィの顔がぱっと輝く。

 擦れたところがなくどこか純粋で優しい子とはいえ、ルヴィもまたひとりの貴族だ。ふとした拍子にミシャの死を思い返すことはあるかもしれないけれど、友人付き合いがあったわけでもない赤の他人のためにいつまでも心を砕いてやるほど甘くはない。


 救えたかもしれない命を取りこぼしてしまった、という彼女の後悔も時が経つにつれて自然と薄れ、「そういうこともあったわね」とどこか他人事のように冷めた心地で眺められる記憶のひとつになることだろう。ミシャ・ハルツという少女の死は貴族社会ではありがちな、よく知りもしない誰かの小さな不幸でしかないのだから。

なろうでちょいちょい見かける貴族って感情移入のしやすさやエンタメ性のためかわりとデフォルメされてることが多いですが、デフォルメを薄めたらこんな感じになるのかな、とふと思い書きました。

たぶんこれでもまだデフォルメが効いている方。でももしかしたら変な方向にデフォルメが効いているかもしれない。

貴族は貴族でもコスモ貴族主義だったらまだ哀れな少女も助かっていたかもしれんのにのうワグナス。えっ支配を良しとしない高潔な人間を支配者に据えようとする貴族主義は初めから間違っているって?そうだね(フランスパンでコクピットを貫かれ殉職する)

クールに見えてわりとトンチキでおもしれー奴は見てても書いてても楽しいのですがガチで冷徹な人間は書くのけっこう大変なので今後も貴族を題材にする時はゆるふわデフォルメを効かせておこうと思います。平安貴族でいえば技の華麗さを競う「えくすとりいむ蹴鞠」が流行っていて、今のトレンドは属性技とかそんなくらいの。

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