9話
―森へ来てみたが、何だか困ったことになった。
森に入ったばかりであるはずなのに、迷ってしまった。
森の雰囲気もいつもとは異なり、霧で包まれている。
―この森、こんな感じだったか?
いつかのような嫌な感じはないが、行けども行けども同じような景色が続く。
「―俺はボアを狩りに来たんだよな?」
こんな変な場所に来た覚えはない。どこだここは?
何だか生えている木もいつも見ているような、いかにも広葉樹といったありふれた木々とは異なり、うねうねと曲がりくねった形をしているものがあったり、地を広く這うようなものもある。
―これは明らかにおかしい。
一旦森の入り口に戻ろうとしているが、今森のどの辺りにいるのかさっぱりだ。
そうして俺がしばらく森の中をあてもなく歩いていたときのこと。
「―イシュゼル、この森、何だかおかしいわ。」
何か女の声が聞こえて来た。
―イシュゼル
その名前には聞き覚えがあった。
「リーナ、いつもこの森はこんな様子じゃあないんだ。普通の森なんだ。どうも俺たちは迷っちまったらしい。」
間抜けな声でそんなことを言う男がいるようだ。
―どちらから聞こえる?あっちか?
俺は声の方へ進むことにする。
―いた。間抜けな顔の男をした男と、女の二人組だ。
俺はしばらく二人の後をついて行くことにする。
「リーナ、すまない、だが分かってくれないか?俺は君をこんなところに連れてくるつもりじゃあなかったんだ。本当だよ?愛しいリーナ。」
「―イシュゼル、構わないわ。私貴方となら、どこへでも行けるわ。」
――俺は一体何を見せつけられているというのか?まさか幻覚か?
二人の乳繰り合いを冷静に観察しながら、後をつけていくことにする。
と、
ガサッ
―しまった。音を立ててしまった。
「誰だ!?」
イシュゼルの雰囲気が一変する。
「―出てこい。」
イシュゼルが静かな声で言う。
―やれやれだ。
「すまんな、邪魔するつもりはなかったんだ。」
俺は茂みから姿を現す。
「―おまえは誰だ?」
リーナと呼ばれた女を庇うようにして前へでるイシュゼル。
「俺か?俺はイシュバーン。・・・ただのイシュバーンだ。貴様は?」
およそ目の前の人物が誰であるのかは分かっているが、あえて確認することにする。
「―俺はイシュゼルだ。イシュゼル・ヘイムという。どうしてこんなところにいる?」
イシュゼルは警戒を解こうとはしない。
「それはこっちのセリフだと言いたいところだが・・・。森にボアを狩りに来ていたのだが、いつの間にかこんなところに迷いこんでしまったらしい。貴様がここにいる理由を聞かせてもらおうか?」
「俺は訳あって・・・冒険者!そう、冒険者をしている!!」
―何だかとってつけたような言い方だな?
「―それで?」
俺はイシュゼルに続きを促す。
「依頼の一環で森に来たら、何故かこんなところに来ちまったらしい。イシュバーンとやら、帰り道を知らないか?」
俺は女の方をちらっと見る。女の方も戸惑いを隠せないようだ。
「―駆け落ちか?」
俺はニヤリと笑う。状況からおおよそのことは推測できる。俺の爺さんの考えそうなことだ。
「うるさい!お前には関係ない!」
イシュゼルが大声で言う。
「―とにかくここを出るぞ。話はそれからだ。」
「あ、ああ。だがどうやって?」
「まずは川、あるいは水の流れのある場所を探すんだ。それを辿って行けば人里へ着くはずだ。」
このような森で人が集落を作る場合、きっと水場の近くであることが多いだろう。
「水、川か。リーナ、そんな場所をここまでに見たか?」
「え、ええ。確か・・・。」
リーナは何かを思い出そうとする。
俺は魔眼を使用する。
―だが、周囲には水の流れやそれらしいものは見当たらない。
「・・・思い出したわ!ここに来る前に水の流れる音を聞いた気がしたのよ!」
「本当か!?そっちに行ってみよう!」
イシュゼルがリーナの手を掴む。
「ええ、私の愛しいイシュゼル・・・。」
―抱き合う二人。
と、それを横で見る俺。
「・・・おい、そろそろいいか?」
俺はいつまでも抱きしめ合う二人に声をかける。
ぱっと二人は離れる。
「あ、ああ。イシュバーン。そうだな、行こうじゃあないか。」
「え、ええ、そうね!」
二人ともバツが悪そうにする。
―やれやれ。
俺は先を行く二人の後をついていくことにした。




