8話
長期休暇に入ったある日のこと。
その日、俺はいつものルーティンをこなし、朝から携帯保存食について調べてみることにした。
料理についてはあまり知識がない。せいぜい煮たり焼いたりすることでとりあえず食べられるものを作ることができるだけで、凝ったものについてはさっぱり分からない。
―料理長に相談してみるか。
セバスの話では既にローズは帰宅しているようなので、別邸に行っても問題はないはずだ。できればイシュトと親父殿には会いたくないものだが。
そういうわけで、別邸に向かうことにする。
そのまま正面玄関を開け、別邸の中に入る。
ちなみにたまにセバスに用事があることがあるので別邸の鍵も一応持ってはいる。
―ガチャリ
それなりに大きな扉を開けると、メイドの一人が俺に気が付く。
「イシュバーン様、セバス様でしょうか?」
セバスはうちの筆頭執事であり、メイドからは執事様とかセバス様とか呼ばれている。
「いや、今日は料理長に用事があるんだ。」
俺はそのまま調理室に向かう。
料理長の名前は―確か、ロドリゴだ。
「ロドリゴ、いるか?」
俺は調理室から顔を出す。
「―おや、坊ちゃん。珍しいこともあるもんですね。どうかしたんですかい?」
何かの下準備をしているようだったロドリゴが顔を見せる。
「ああ。携帯保存食が欲しいんだが、何かないか?」
「携帯保存食、ですかい?」
顎に手を当てて考えるロドリゴ。
「それでしたら干し肉ですかねえ?でも、それだけだと栄養が偏るんで、ナッツやドライフルーツを混ぜてひき肉を焼いたものがいいんじゃないですかねえ?」
「―おい、ナッツとドライフルーツは保管室にあるよな?」
ロドリゴは他の料理人に声をかける。
「へえ、確かナッツもドライフルーツも保存室にまだ十分あるはずですぜ?」
「肉はどうだあ?」
ロドリゴはその料理人に確認する。
「肉は余分なものは保存室にはありませんねえ。今あるものだけっす。」
「坊ちゃん、今、肉はあるにはあるんですがね、保存食用には使えないみたいですねえ。」
ロドリゴは申し訳なさそうに言う。
「なに、肉は新しく狩をする予定でいたからな。問題ないだろう。」
セバスからも頼まれているしな。
「おお、久しぶりにボアの肉ですかい?」
「―このまえ渡したばかりのはずだが?」
それとも親父とイシュトとローズの三人でボア一匹分の肉を平らげたのだろうか?
「余りものは燻製にしろとご当主様の要望があったんでさあ。なんでも酒のつまみにするって話です。なんで、燻製室に余分の肉はあるにはあるんですがね・・・。」
「分かった。またボアの肉を取ってくるつもりでいるから、その時は保存食用の分を取っておいてくれ。」
「分かりやした。ボアの肉、お待ちしておりますよ?」
少し嬉しそうなロドリゴ。
「それはボアにでも聞いてくれ。」
そう言って俺は調理室を後にする。
―やれやれだ。
調理室での俺の認識も、ボア取り名人に間違いないだろう。
実際、ボアを取るのはそれなりに難しいらしい。
いきなり遭遇するとびっくりしてこちらに突っ込んでくるが、普段は警戒心が強く、近づくとさっさと逃げていく。魔法を詠唱しようにも、詠唱している間に一目散だ。
俺がボアを簡単に狩ることができるのは、レーダーによって茂みに隠れて油断しているボアを苦も無く発見できたからに他ならない。
通常、貴族も含めてここの世界の人が食うボアは養殖されたボアだが、野生のボアに比べるとなぜか味が随分と劣る。セバスによれば、うちでは俺がいるせいで野生のボアがしょっちゅう食卓に上がるが、こんな家は他にないだろう、とのことだった。
そう聞くと、親父やイシュトにボアの肉を分けてやるのが少し腹立たく思う。
「―まったく、俺はおまえたちのボア取り名人ではないというのに。」
今日はまだ時間が充分にある。せっかくだし、この後ボアを取りに行こう。




