9話
学院にて。
俺は自宅から帰るために自分のクラスを出たところで、
「―ちょっとあなた。」
誰かに呼び止められる。
この声は・・・。ラズリーか。公爵家の娘。侯爵家の嫡男である俺よりもむしろ位が高い。見た目はツインテールが特徴的なちょっぴりつり目の可愛い女の子と言った感じだ。
「何か用か?」
ちなみに、ゲーム的には、ラズリーはセフィリアと一緒に攫われ、最初に退場する登場人物でもある。
「この前のセフィリア様への無礼は何よ?」
「お前らが廊下で集まるのが悪い。通行の邪魔だ。」
爵位が上の者に対して、通行の邪魔と言ってのけるのは、この学院ではイシュバーンだけだろう。
「―通行の邪魔って・・・!」
ラズリーが気色ばむ。
「およしなさい、ラズリー。彼のような者を相手にするべきではありません。」
―セフィリアか。さすがに、セフィリアをこの場でまともに相手にするべきではない。
「そういうこった。」
俺はひらひらと手をふって、その場を後にする。
「あいつ!信じらんない!!」
ちなみに、戦闘力についても、イシュバーンはラズリーにはとても及ばない。ラズリーは水属性と特殊属性である氷属性の使い手である。攻撃魔法から防御、回復魔法まで幅広く使いこなすことができる。
この学年で指折りの魔力を持つ公爵家の才女であるラズリーは、悲しいかな、セフィリアを何とか守ろうとするも守り切れず、攫われた先でセフィリアの血で作られた魔法陣の上で生贄にされるのだ。
ちなみに、ラズリーとセフィリアを攫うのは、魔族ではない。人間である。作中ではゼヘラ―あるいは血のゼヘラという秘密結社みたいなものに属する人間であることが分かっている。
ラズリーを生贄にして作られた、「かつてラズリーだった何か」を元に、最終的に四天王が降臨し、これをハーヴェルが倒すというのがそのゲームの本筋だった。このゲームを考えたやつは大それたサディストだろう。
―やはり、セフィリアに恩を売るためには強くならねばならない。
そうさ。ハーヴェルを超越し、血のゼヘラも超越し、魔族も四天王も、魔王だってすら凌駕してみせる。
その先に、夢の野望である、「領地に引きこもってスローでハッピーなライフ」があるのだ!
ん?・・・なんか思考がイシュバーンしてたわ。
もちろん、そんなゼヘラの連中や魔族や四天王はハーヴェルたち勇者一行に任せるつもりだ。俺はあくまでもセフィリアを助け、恩を売って、そのままその権力を振りかざし、領地に引きこもるつもりである。
そんなこんなで、今日も俺は森の中に一人で向かうのだった。
「あー。」
「イシュバーン、何間抜けな声だしてんだよ。」
「いや、そもそも何でハーヴェルなんかと模擬戦をすることになったんだ?」
「・・・そりゃ、お前が魔法訓練をサボってたのを教師に見つかって、ハーヴェルを見習えって怒られたら、『ハーヴェルごとき俺が軽く捻ってくれよう』ってお前が啖呵切ったのが原因だろう?それにハーヴェルが激怒して、模擬戦をやろうってことになったんだ。」
「ふっ。実にくだらないな。」
「・・・それかっこつけて言うことかぁ?」
ルディがため息を吐く。
「ちなみに何でルディは俺なんかと一緒にいるんだ?」
「そりゃ、イシュバーン。俺はお前のことを、きっといつかスゲーことをやらかす人間だと思ったからだよ。今思えば、俺の大きな間違いだったよ・・・。」
遠い目をして言う、ルディ。
「おお、心の友よ!」
「いやだー!!」
――ああ、悲しいかな!
将来を嘱望された大いなる才能たちが集う箱庭の屋上で、冷たい風に吹きつけられながら、学院でも逆の意味で指折りの実力と評判を持つ二人が、今日も寂しく昼飯を食らうのであった。