1話
その日、俺は、いつものルーティンをこなした後、少し体でも動かすかと思い、グローブをはめたところで、グローブもサンドバッグに使っているズタ袋も傷だらけになっていることに気が付いた。
そういえば、風呂場の石鹸もそろそろ切れそうだ。
―買い出しに行くか。確か以前取り寄せを婆やに頼んでいたはず
俺は王都の街の商業区に歩いて行くことにする。目指す先はいつかの金物屋だ。
――金物屋の中は相変わらずごちゃごちゃと物が置いてあった。
「―婆や、婆やはいるか?」
「―はいはい、おや、イシュバーンかい。」
店の奥からのっそりと婆やが出てくる。
「婆や、この前頼んでおいたグローブとズタ袋、あと石鹸は置いてあるか?」
俺は本日購入予定のものを婆やに伝えることにする。
「もちろん、この間取り寄せておいたからね。石鹸はあの棚にあるものだけだよ。今ちょうど在庫がなくてねえ。」
そう言って婆やは棚を指さす。
棚の方を見ると、石鹸が三つほどあったが、その他には見当たらない。さすがに全部購入するのは気が引けるな。
「じゃあ、石鹼を二つほど。あと、取り寄せておいたグローブと、ズタ袋を十枚くれないか?」
「グローブとズタ袋ぢゃな。確か・・・この辺りに・・・。あったあった、これぢゃこれぢゃ。」
そう言うと、店の引き出しからお目当てのグローブとズタ袋を取り出す。
「今日はいくらだ?」
この店は割と婆やの気分で値段が変動するのである。
「そうさねえ・・・。銀貨三枚でどうだい?」
「ああ、分かった。」
そう言って俺は銀貨三枚を婆やに手渡す。
「たしかに・・・。また来とくれよ。」
婆やはまた店の奥に戻って行った。
俺は店の外に出る。
―しばらく急ぐような事がないな
燃え尽き症候群ではないが、気分的には似た感じだ。妙な蛇が森の中にいるぞと思い、意気込んで行ったら肩透かしを食らったようなものだったしな。
「いや、イシュバーン。こういう油断がダメなのだ。お前より才能のある連中はだくさんいるぞ。」
俺は人知れず自分自身に言う。
ともすれば自分が物語の序盤の単なる悪役貴族にすぎないことを忘れがちになる。そういうときには、思い出さねばならないのだ。
―俺より才能のある連中は俺が腑抜けている間に強くなっていくことを。
――そして、目指すべきスローライフのためには、己を鍛えに鍛える必要があることを。
―今度こそ、ダンジョンだ。
森もよいが、新しい場所に行き、この腑抜けた精神に少しは刺激を与えてやるべきだろう。
――そんなときだった。
「あれえ、キミ。また会ったね?」
聞き覚えのある声が向こうから聞こえて来た。
―この声は―レティか
レティについても詳細は不明だが、関わってしまえば、またあの訳の分からん連中の相手をせねばならないおそれがある。そう思うとぞっとしない。
「・・・ああ、いつかのボクっ子か。」
「あー!何その嫌そうな顔!」
―どうやら顔に出ていたらしい。
「それに、ボクっ子ってなに?」
レティは顔に分かりやすく???を浮かべる。
「ボクっ子とは貴様のようなことを言うのだ。レティ。」
「―あれ、ボク自己紹介したかな?」
・・・しまった。
「ふん、貴様は有名人だからな。」
――ただし、俺の中では。
「―ふうん?じゃあボクのこと何か当ててみてよ?」
レティはこちらをニンマリ見上げてくる。
「―知らん。」
これ以上ボロが出ないようにレティの詳細は知らないことにする。実際大したことは知らないのだが。
「その服、アルトリウスのだよね?」
よく見ると、レティは清潔感のある私服である。俺はと言えば、長期休暇中とはいえ王都の街中であることを考慮し、いつもの上下ではなく、制服で来ていた。
「ああ、そうだ。何か問題が?」
「ふふん、ボクも同じ!今アルトリウスに留学してて、これまでは仮住まいだったんだけど、本格的にこっちに住むことになったんだ!よろしくね?」
そう言うと、ニッコリと笑うレティ。
「―ああ。」
「じゃね、ボク用事があるからこれで!」
そう言って手を振り、レティはタッタッタと走っていった。
俺は走って行くレティに魔眼を使う。
確かに魔石核は見えたが、綺麗な透明色をしていたのだった。




