18話
「王都から距離は近い。これぐらいの距離ならば歩いて帰れる。公爵に挨拶をできないのは残念だが、世話になったと伝えておいてくれ。」
俺はそう言って、公爵家を後にする。
「―馬車を用意してもいいのよ?」
ラズリーの母親はそんなことを言うが、俺は丁重に断りをいれた。
あのまま公爵家に居ると、あの母と娘の善意から放たれたこちらに対する要求がますます増えるのではないかと思ったからだ。
―あの二人はお茶会というものがどれほどの重さであるのかを理解していない。
あれは、困らせてやろうとかそういうことを一切考えていない分、より一層性質が悪い。
「・・・断るわけにはいかないんだろうな。」
俺は王都の貴族区画を歩きながら独り言を言う。
考えてもみろ?
第三王女と公爵令嬢とその取り巻きの集うお上品なお茶会に参加するのは、廃嫡された侯爵家長男である。どんな苦行だ。
―やはりルディをどうにかして巻き込むべきだ
そんなことを考えながら、貴族区画を抜け、ヘイムの別邸までしばらく歩くことにする。
ちなみに、貴族区画を入る時も出る時には貴族の身分証明書が必要だが、俺は一応侯爵家の家紋入りの身分証明書を持っているので、通過することはできる。
道中、誰か知り合いに遭遇するかと思ったが、誰にも会わずにヘイムの別邸にまで戻ることができた。
公爵家にて濃密な時間を過ごしていたせいで、我が家がとても久しぶりに感じる。
とりあえず、制服をいつものシャツとズボンに着替え、鍛錬場へ向かう。
瞑想の続きをやるのだ。
あのシュベルツとかいう執事。
その執事が使用していたものは確かに魔力と闘気だった。
――闘気も鍛えればあれほどのものになる
俺の闘気は、あの執事の闘気の密度に比べればまだまだ薄い。さすがにいきなり闘気を濃くすることはできずとも、せめて意識的に制御できることくらいはできるようにしたい。
そのためにはやはり瞑想がカギになってくるだろう。
瞑想のコツは目を閉じ、雑念を払うこと。
実にシンプルだが、それが思う以上に難しい。
―目を閉じると、自然と昨日の公爵家の出来事が思い出される
料理は美味かったし、とりわけラズリーの寝間着姿はとても眼福だった・・・。
もはや雑念だらけで、瞑想どころか、これではただの変態だ。
「・・・ダメだ、これでは瞑想どころではないな。」
―いつものルーティンを思い出そう
休みの日は今まで何をしていたんだっけか?
――そう、森
俺はこれまで迅雷を鍛えるために、休みの日は必ず森に行っていたはずだ。
今後森ではなく、ダンジョンに行くと決めていたが、この調子ではダンジョンに行く心構えがまだできていない。
一旦森へ行き、普段の鍛錬の感覚を思い出す必要があるかもしれない。
「昼飯を食ったら森へ行ってみるか。」
ただし、森の奥深くへは入らないつもりだ。
―あの白い蛇。あれはただならぬ気配がした。
ピンク色の頭を、いつもの鍛錬を行う頭にすることが今回の目的である。森の入り口付近で深呼吸をするだけでも変わってくるだろう。
ジリリリッ
―すると館のベルが鳴る。
昼飯を持ってきたメイドだろう。
俺が玄関まで行くと、そこに立っていたのはセバスだった。
「坊ちゃん、お帰りなさいませ。お戻りになられていましたか。」
「ああ、セバス。戻っていたぞ。どうした?」
「ええ、坊ちゃん。昨日は公爵家でお泊りになられたのでしょう。いかがでしたか?」
そう言うと、セバスは目を細める。きっと、公爵家で何かやらかしてはいないかの確認だろう。
「そうだな。歓待を受けたよ。テレジア公爵はもちろん、その家人の心地よい態度に、美味な食事。そして、寝心地のよいふかふかのベッド。ヘイム家とは何もかもが違う。」
「それは良うございました。その、ご令嬢には、何か致してはおりませんでしょうな?」
―何を言っているんだ、こいつは
「もちろんだ。俺が公爵家の令嬢に手を出せるはずもない。」
「そうでしたか。このセバスはこれで夜、ぐっすりと眠れそうです。」
セバスは強張った表情を和らげる。これは、もしかすると、公爵家のご令嬢と、俺の爺さんとの間に何かあったのかもしれない。
「―まさか、俺の爺さんの部屋にあった女の人の写真は。」
「―ええ、テレジア家のお嬢様でした。」
「・・・セバス、何故俺の爺さんは死んだんだ?」
俺はしばらく疑問に思っていたことをセバスに聞くことにした。




