17話
「さて、朝食も食べたし、公爵に挨拶だけして帰ろうと思う。」
俺がそう言うと、ラズリーが少しびっくりした様子だった。
「どうした?ラズリー。」
「・・・イシュバーンって意外と常識あるのね?」
「―お前は一体どういう目で俺を見ているんだよ?」
さすがに俺でも礼くらいは言う。
「―っと。そういや、ラズリーの護衛について公爵から詳しいことを聞けていなかったな。」
あの日は公爵も俺も酒を飲んでいて、何を話したのかあまり覚えていない。しかし、内容のない無駄話だったということだけは確かだ。
「―忘れてたでしょ?」
ラズリーが目を細める。
「とんでもない。金貨が出る仕事だからな。」
「・・・それだけ?」
ラズリーは随分と可愛らしい態度を取るようになったが、それに対してどう接するのが正解なのか、正直分からないところがある。
「さあな?」
とりあえず、その場をしのぎにかかる。
「あ!ごまかしたんだ!?」
まったく勘弁して欲しいと思う。
――そんなやり取りをしていると、
「おはようございます、イシュバーン。朝はもう食べたの?」
公爵夫人が朝の挨拶をする。
「ああ、実に美味しく頂いた。公爵は?礼を言おうと思うのだが。」
「あの人はまだ起きてはこないわ。もう帰るつもりかしら?」
「そうだな・・・。少し家でやることもある。だが、公爵には仕事の件も詳しく聞けてはいない。」
むろん、家でやることとは、鍛錬のことである。
「娘の護衛の件ね?大したことじゃないのよ。ただ少し、娘の様子を見る機会を増やして欲しいだけ。」
「ああ、それは構わないが・・・。それだけか?」
さすがにそれだけというわけではないだろう。
「そうね・・・。そうだ、たまにはお茶会に来てよ!」
ラズリーが少し考えた後、元気な声で言った。
―お茶会?お茶会ってあのお茶会か?貴族が集まってするというあれか??
「・・・お茶会ってあのお茶会か?」
俺はラズリーに確認する。
「そうそう!たまにセフィリアとお友達と一緒にやってるの!」
―重い。凄まじい重さだ。急にこの護衛という仕事が存在感を放ってくる。
「・・・ルディを呼んでもいいか?」
こういうときに頼れるのは我が心の友しかいない。
「うーん、どうかしら。緊張させちゃうんじゃないかなあ?」
首をかしげるラズリー。
―俺は? 俺は緊張するとは思っていないのか、こいつは。
チラッと公爵夫人の方を見ると、ニコニコと微笑んでいる。
―なんだ、これは。俺に行けと言うのか?お茶会に。
「・・・分かった。」
―とてもではないが、断ることができる雰囲気ではない。
「うん!また連絡するね!」
ニコニコするラズリー。
「娘の護衛の件はまたあの人に聞いておくわね。娘に伝えておくから、また後で聞いてちょうだいね。」
「そうだ!ねえ、今度は私がイシュバーンのおうちに泊まりに行っていい?」
――さらりととんでもないことを言うラズリー。
「―ラズリー、落ち着け。俺は既に侯爵家からは廃嫡されている。嫁入り前の娘が泊まりに来て良いわけがないだろう?」
俺は努めて冷静に答える。
―チラッと公爵夫人を見る。
相変わらず公爵夫人はニコニコとしている。
「いいじゃない!減るもんじゃないんだし!もし不安なら、ソフィアも連れて行くわよ?」
―どういう思考回路をしているんだ、こいつは。
女が増えることで何がどう不安が減るというのか?むしろアレがナニする要因が増える。
「ラズリー、そういう問題ではない。」
俺は努めて優しくラズリーに言う。
「お父様にも確認しないといけないのね?」
むむっという顔をする。
―いやいや、そうじゃない。
だが、ラズリーに上手く説明する方法が分からない。
「そうだな、公爵の許可をとる必要がある。」
もはやどうにでもなれだが、さすがに大事な嫁入り前の娘を、下位の、しかも廃嫡された男の家に寄越す親はいないだろう。
「・・・イシュバーンって意外と常識があるのね?」
おやっ?といった表情で、娘と同じことを公爵夫人が言うのだった。




