8話
「ジンライ」
ふわっと浮き上がるような感覚、この感覚の間に移動すれば!
―ビュンッ
瞬時に移動できたのはいいが、方向と距離が定まらない!!
―ガクッ
段々と上手くいっている感覚はある。
―最後の態勢が崩れるのは、今はどうしようもないな。
魔法剣をジンライで回避した後は降参する予定だから、問題はないといえば、問題はない。
問題は距離と方向の方だ。あまりにも大きく移動すると怪しく思われるだろうし、もし方向を間違えて魔法剣の放たれる方向に移動してしまうと、魔法剣の直撃を食らってしまう。
何としても、ジンライで魔法剣の射程からわずかの距離で回避し、さも魔法剣を食らったように演出するのだ!
そして、方向と距離と態勢が定まったとして、今後ジンライを使用する際に、課題があることも分かった。
今の魔力量ではジンライを使用できるのは2回のみ。
それ以上を使用するためにはマナポーションを使用する必要があるが、マナポーションを短い間隔で使用することはできない。
俺の現時点での理想形は、マナポーションを使用してもよいのでジンライを継続的に使用し、その間に敵を相手に圧倒することである。
もちろん、ハーヴェルとの模擬戦までにはそうすることはできないだろうが、できればここ数カ月の間に、ジンライを今の理想形で使用できるようにまでもっていきたい。
なぜか?セフィリアが公爵令嬢であるラズリー共々殺されてしまうイベントがあるからだ。
セフィリアは第三王女である。助けることができれば、何かと便宜を図ってくれるだろう。
まあ、下心がないといえば、嘘になってしまうが、そんなことよりも、俺には都合の良い味方が必要だ。
セフィリアは別のクラスだから、あまり俺と関わることも少ないし、見た目はお淑やかな少女といった感じである。
基本的に、この世界の人々の人格は、「魔法王国エルドリア」によく似ているとは思う。
だが、「魔法王国エルドリア」では途中で退場してしまう人物であるから、俺もその人となりについてはあまり詳しくない。
だが、これまで聞いてきたセフィリアのその人となりに悪い評判はなく、特に問題ないだろう、きっと。
そんな先のことより、目の前のイベント(模擬戦)すら乗り越えられる保証はないのだ。
なんとしても、ジンライを自分のモノにする必要があるだろう。
そしてまだまだ一人で魔法の特訓を続けるのだった。
「兄さん、こんな遅い時間まで何してるんだよ?」
帰ってきるや否や、口うるさい弟に捕まってしまう。
「なんだ?イシュト。そんなにまで俺が恋しかったのか?」
「そんなわけないだろ。俺や父さんにこれ以上迷惑をかけないでくれ。」
「なんだ、迷惑だったのか。」
俺は手を広げ、Whyのポーズをとる。
「・・・いちいち癪にさわるなあ。」
弟はとてもイライラしているようだ。カルシウムが足りていないぞ。
「ちゃんとミルクは飲んでいるか?」
俺はニヤニヤしながら弟に言う。
「馬鹿にするなよ!」
弟は声を荒げる。
俺は手のひらをひらひらさせて、自室に戻るのであった。
弟は上昇志向の強い奴だ。俺が目の上のたんこぶになっていることを俺は良く知っている。
かといって、すんなり弟に家督を明け渡すつもりもないんだがな。
【領地に引きこもって夢のハッピーでスローなライフ】を送るのだ!
「イシュバーンよ、イシュトをからかうのをやめてくれないか?」
「なぜだ?」
「ああ、どうしてお前のような不出来な息子が嫡子なのだ。」
とても深いため息を吐く親父殿。
親父の口癖である。そんなもん俺に言われても知らん。
「父さん、俺は決めたよ。いずれ俺が兄さんに代わってヘイム家の跡取りになるんだ。兄さんは跡取りとしてふさわしくない!」
イシュトが張り切る。
思わず、うんうんと頷きそうになった。とても正論である。
「ああ、もっと強くなってから言えよ。」
「くそ!」
弟は声を荒げ、食堂から出ていく。
もちろん、弟に言ったこともハッタリである。
弟は既に火と風の2属性を扱うことができるのだ。それに日頃から剣術の練習をしており、非常に戦闘力が高いことを知っている。
本来、イシュバーンの強さはイシュトの足元にも及ばないものだったのだ。