10話
「せっかく君を歓迎しようというのに、すまないな。何、面倒なことは先にやっておく主義なのだよ。それで、イシュバーンよ。大体の事情はラズリーから聞いている。君がラズリーの命を救ったのはどういう事情があってのことだろうか?」
公爵はそう言うが、俺を歓迎しようというのはあくまでも名目にすぎず、こちらが本題であることは分かっているつもりだ。
「―たまたまだ。だが、ラズリーの様子が少しおかしかったからな。何かあるんじゃないかとは思っていた。」
たまたま、原作であの日あの場所でセフィリアが襲われていることを知っていて、何かあるんじゃないかと思っていたのは真実だ。
「ラズリー、どういうことだ?」
「ええ。何か、誰かに見られている、ずっとそんな気がしていたの。」
そう言い、ラズリーは少し自分の腕をさする。よほど気味が悪かったのだろう。
「イシュバーン。君はラズリーを襲ったやつに何か心当たりはないのか?」
「実際に連中がどういったやつであるのかは知らん。だが、おそらくそうではないのかと推測することはできる。」
レグルスから公爵に報告されている可能性があるので、これについても知らないと言うことはできない。また、連中が確実に誰であるかということについては、俺も確信を持つには至っていないので、嘘ではない。
「ほう。どういった連中だ?」
「―血のゼヘラ」
俺はそのまま思っていることを話すことにする。これは原作からの伝聞情報にすぎず、事実とは限らないが、俺の内心とは矛盾しない。
「血のゼヘラだと!?イシュバーン、君はそれを誰から聞いた?」
「さあな。風の噂というやつだ。俺の知っていることは得体のしれない連中ということくらいだが。」
これも事実だ。ゼヘラについては、確かハーヴェルがセフィリアを捜索する際に風の噂で聞くはずだった。そして、原作ではゼヘラに関して詳細な情報は語られていない。魔道具が使用されたとしても真実の判定が出るだろう。
公爵はチラッと袖を見る。おそらくレグルスの魔道具だろう。やつは奇妙な魔道具をいくつか持っているという話だった。
「イシュバーン、そもそもラズリーを助けたというのは君か?」
「お父様!それは私が何度も話しているでしょう?」
ラズリーが文句を言う。
「ラズリー、お前の思い違いの可能性もある。」
「―真実だ。」
これは事実だ。
再度公爵はチラッと袖を見る。
「―信じられん。」
公爵は思わず、といった感じで呟く。
「・・・どうやったのだ?」
―ストレートに聞いてくるな。
「ラズリーから聞いていないのか?」
その辺りのことは既にラズリーから聞いていると思っていた。
「最初にぶわーってやっつけちゃったことは何度も言っているわ。そんなことよりお父様、早くご飯にしましょう?」
その説明では俺も何があったのか分からん。
「まあ待て、ラズリー。ところで、イシュバーンよ。レグルスはどうやら君がラズリーの護衛をしているというように疑っているようだった。」
そう言ってニヤッと笑う公爵。
―この流れは良からぬ予感がする。
「そこでだ。本当にラズリーの護衛をしてみるつもりはないか?」
チラッとラズリーの方を見るが、ラズリーも驚いたような顔をしていた。
「断る。何故俺がそんな面倒なことをせねばならん。」
「―ちょっとイシュバーン!そんな言い方ないじゃない!!」
ラズリーがおこである。
そんなこと言われても、お前は公爵令嬢だろう。その護衛が面倒でないはずがない。
「―金貨を出そう。」
―こいつ、分かってやがる!
「・・・ぐっ。」
「―可愛い娘も付いてくるぞ?悪くはないのではないか?」
顎をさすりながら、にっこりと笑う公爵。
「ちょっと!お父様!」
ラズリーの顔が若干赤い。
どうする?俺も一張羅やら宝石など高価なものはほとんどマナポーションになってしまった。だが、面倒な仕事であることに変わりはない。それは戦闘面だけではない。貴族としての面倒なことも含まれるかもしれない。
「・・・イシュバーン、私からもお願いできるかしら?」
―上目遣い!ああ、くそ、ひきょうな!!
「・・・分かったよ。」
カンカンカン!!ゴングが鳴るのが聞こえた気がした。




