9話
―面倒なことにならなければよいが
だが、そもそも今回の訪問は、どの程度ラズリーが公爵に事情を話しているのかは今のところ分からないが、ラズリーの報告の裏付けのようなものだろう。
その後も少しメイドと話していると、公爵家の別邸に到着したようだ。
ヘイム家の別邸のような辺鄙な場所ではなく、公爵家の別邸は王都の貴族街の中にあるようだった。いや、むしろこちらが本邸なのだろうか?俺はその辺りの事情には詳しくはない。
「どうぞ。」
先にメイドが扉を開け、馬車から降りる。
「ああ。」俺はメイドに続いて馬車から降りる。
―本物の貴族の邸宅だな、これは
貴族街にある公爵家の邸宅は、華美さはないが、荘厳な雰囲気である。控えめであるが厳かな正門に、少しくすんだ白色であるが、それがまた良い味を出している外壁。正門をくぐった中庭は隅々まで手入れが行き届いており、綺麗な水路と少し控えめな噴水が見える。
「メイド。名は何という?貴族の娘か?」
ともすれば、俺より身分が上の可能性のある娘に聞くのは妙な気がするが、あえてそれをするのがイシュバーンだろう。
「イシュバーン様。名はソフィアと申します。エデルフィム子爵家の娘になります。」
「―魔法学院には通わないのか?」
「私は庶子の娘ですので、普段は公爵家にてメイドをさせて頂いております。」
―なるほどな。
庶子の娘で半分平民の血が流れていたとしても、貴族は貴族である。ヘイム家のメイドにそのような貴族はいない。
「だが、腕には自信があるのだろう?」
「―お嬢様には敵いませんが、それなりには。」
―魔力の強さを判別することができる位だからな
ちなみに、俺は明確な魔力の強さなどは分からない代わりに、なんかやべえとか、なんかいけそう、とか漠然とした強さのようなものであれば感じることができる。・・・野生の勘だろうか?
変則的な魔力の使い方ばかりするせいで、真っ当な魔法の扱いが逆に難しくなっているのかもしれない。幾度かサンダーボルト以外の魔法も練習してみたが、大体が静電気が起きる程度である。
正面の玄関に着き、ソフィアがベルを鳴らす。
「イシュバーン様をご案内しました。」
少し高い大きな声でソフィアがそう言う。
――ガチャッと扉が開く。
「ようこそ、イシュバーン様。お待ちしておりました。ここからは私がご案内致します。」
中から出てきたのは大柄な男。おそらく執事だろうが、セバスよりもずっとダンディな雰囲気がある。
「私はこれで。」
ソフィアがペコリと頭を下げ、後ろへ下がる。
俺は前を行く執事の後に付いていくことにする。
左右の階段を上った先に大きな扉がある。おそらくその先に公爵がいるのだろう。
―緊張するな。
「テレジア様。イシュバーン様をご案内しました。」
執事が扉の前で言う。
「ご苦労。」
聞こえてきたのは壮年の男の声。おそらくは公爵本人である。
果たして扉を開けると、白い正装を着た公爵とドレスに身を包んだラズリーがいた。
―ああ、一張羅を売るんじゃなかった。
鍛錬中にまさか貴族の家に招待されるなどとは考えもしないことだった。
まだ制服が残っていいただけまし、と考えることにするしかない。
公爵は俺の服装をあからさまに見つめる。
「―申し訳ないが、ましな服が学院の制服しかなかったもので。」
―いかん、口調!だがどうすりゃいいんだ? 自分の話す敬語がかなりヘンテコであることに気づく。
「よい。問題ない。」
「・・・イシュバーン、それしか持っていないの?」
ラズリーが不思議そうに聞いて来る。
「ああ、いやそんなことはないはずなのだが、ちょっと物入りでな。」
―どのように物を言うのが正解であるのか分からん
「イシュバーン、娘から話は聞いている。この度の件についてラズリーの親として感謝する。」
廃嫡された俺よりも遥かに上位の貴族であるので、公爵が頭を下げることはない。
「ああ。だが、俺はたまたま通りがかっただけにすぎない。」
「―その件なんだが、イシュバーン。」
そう言うと、公爵が目くばせをする。
すると、周りの者が出ていき、部屋にいるのは公爵と俺とラズリーと執事だけになった。
―なるほど。詳しい事情を話した方が良さそうだ




