8話
馬車はヘイムの別邸から少し離れた位置にあった。
いかにも貴族の乗るような豪華な馬車ではなく、普通の馬車に近い。しかし、内装は素晴らしく、特にクッションはふかふかで文句なしである。
公爵家は様々な馬車を取り揃えているのだろうが、実用的なものを好む俺の性格にぴったりだった。これを選んだのはラズリーだろうか?
馬車が出発してしばらくしたとき、俺は対面に座るメイドに訊ねることにする。
「―この馬車はラズリーが?」
≪繰り返しになっています≫
「はい。お嬢様です。どうやらイシュバーン様はご家族には知らせたくないことを考えると、こちらの馬車が良いだろうとのことです。」
「なるほど。ナイスチョイスだ。」
「ないすちょいす、ですか?」
メイドは首をかしげる。
「いや、さすがは公爵令嬢ということだ。」
「ええ、私たちの自慢のお嬢様です。」
そう言うと、メイドは少し胸を張る。
ちなみに、俺は使用人から自慢のご令息様などと言われたことはない。
別邸にいるセバスやメイドたちも俺を自慢の令息とは思わないだろう。せいぜいたまにボアの肉を持ってくる素敵な人くらいの評価である。親父も自慢の息子と言うことがあったが、それは必ずイシュトのことだった。
「ラズリーは普段は家でどんな様子なんだ?」
特に話すことはないので、メイドにラズリーの普段の様子を聞くことにする。
「普段は学院での出来事などをよく聞かせてくれます。とても楽しい学院生活を送っていると伺っております。」
「楽しい学院生活ねえ・・・。」
学院生活が楽しいか楽しくないかと言えば、微妙なところだが、学院で行われる講義の中には俺が強くなるためのヒントがないとはいえない。
「最近は少し変わった男性がいるという話をされていましたが、それはきっとあなたのことだったのですね、イシュバーン様。」
「おい、そりゃ、どういう意味だ?」
「いいえ、特に深い意味はないようです。」
そう言うと、なぜか苦笑いをするメイド。
―このメイド、短時間で俺との接し方を把握しつつあるな
「ふん、なかなかにやるではないか。」
俺は呟く。
「何かおっしゃいましたか?」
メイドが首をかしげてこちらに訊ねてくる。
「いや、何も。それより、お前はラズリーの護衛ではなかったのか?」
俺は気になったことを聞く。
「ええ。ですが、公爵家には腕の立つ者が多くいるので、問題ないでしょう。今回は私がお迎えに上がりました。これでもお嬢様から信頼されているのです。」
暗に、今回の招待に関し、ラズリーがわざわざその信頼するメイドを遣わすことで、俺を優遇したのだと言いたいのだろう。
「―ああ、それに関しちゃ疑っちゃいないさ。」
「・・・つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
メイドが少し言いにくそうに口を開く。
「何だ?言ってみろ。」
俺はそのまま聞くことにする。
「―ええ。イシュバーン様はとてもお強いとお嬢様より伺っております。それこそまるで御伽噺の英雄のようだったと。ですが、私には―。」
―なるほど。このメイドは
「まあそのように高い戦闘力を持っていれば、廃嫡などされんだろうからな、普通は。」
きっと魔力の強さか何かを見ることができるのだろう。原作では、高い魔力適性があればそのようなことも可能であるという話だったはずだ。
「―申し訳ありません。」
メイドが頭を下げる。
「魔力の強さが分かるのか?」
直球で聞いてみることにする。
「はい。おそれながら。ですが、それはラズリー様も同じこと。ですが、ラズリー様も、イシュバーン様の強さは訳が分からないとおっしゃっておりました。」
「ふん、見くびられたものだ。俺は強いぞ?」
本来、俺の魔力についてはかなり微妙なところがある。そのため、魔力の強さを評価することができるラズリーやこのメイドにとっては、俺を客観的に評価し難いところがあるのだろう。
「きっとそうなのでしょうね。ですが、―いずれ分かるかもしれません。」
「待て。いずれ分かるって何だ?」
思わせぶりなメイドに対し、若干不穏な空気を感じる。
「何でもございません。」
すまし顔でそんなことを言うメイドだった。
―ポーションを持ってくるべきだったかもしれない
しかし無情にも、馬車はそのまま引き返すことなく、公爵家へと進んでいくのだった。




