7話
まだ夕方までは時間がある。
外出用の服は何があったか・・・。
クローゼットを開けるが、大体の俺の服はマナポーション代になっていた。クローゼットの中身はスッカスカである。
手元ですぐに着ることができるものは、制服と、いつもの運動用の上下程度である。
―
ガチャ。俺は無言でクローゼットを閉じる。
当時はまさか他の貴族の屋敷に呼び出されることなど想定していなかったのだ。
金物屋で購入したシャツとズボンはとても気に入っているが、さすがに公爵家に着ていくことはできないだろう。
「しょうがない、制服で行くか。」
苦肉の策ではあるが、やむを得ない選択である。
今はいつものシャツとズボンの格好であるので、制服に着替えておこう。
そういえば、物心がついてから他の貴族の屋敷に行くのは初めてではないか?
イシュバーンが今より小さいころには、プリムやアイリスが来ることはあったようだが、こちらから遊びに行くような記憶はない。
イシュバーンは基本的に誰に対しても態度が変わらなかったはずだが、今回はどう接するのが正しいのだろうか?
しばらくの間社会人なるものをやっていたので、敬語を使用できないことはないはずだ。
だが、何だか緊張してきたぞ。
気が付くと自分の部屋を右へ左へ行ったり来たりしていた。
「―何やってんだ、俺は。」
自分自身に呆れてしまう。
こういうときは瞑想をして呼吸を整えるのがよいのかもしれない。
―落ち着け。
俺はゆっくりと目を閉じ、精神を安定させる。すると何故か自然とリラックスすることができ、かなり微弱ではあるが体に闘気の流れを感じることができた。
―なるほど。これが、闘気か
「って、何やってんだ!?」
瞑想をする目的を違えていた。
―だが、これはまたとない鍛錬のチャンスである!
もう一度だ。
ゆっくりと目を閉じるが、特に何も感じない。
「もう一度だ!」
今の感覚を忘れるわけにはいかない。
ゆっくりと目を閉じるが、精神を安定させることができない。
頭の中ではグルグルと迫りくる公爵家への訪問のことでいっぱいである。
「しまった・・・。雑念が。いや、この場合、どっちが雑念だ?」
そんなこんなで鍛錬場で一人悪戦苦闘していると、玄関のベルがなった。
「―イシュバーン様。お迎えに参りました。」
扉の外から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「すまない、今行く!少し待っていてくれないか?」
俺は扉の中から外へそう言うと、自室に向かう。
謎の瞑想の鍛錬ですっかり忘れていたが、せめてセバスには行先を伝えておくべきだろう。
部屋に戻ると、大急ぎで紙に、
『テレジアの家に呼ばれた。しばらく留守にする。親父には内緒だ。』
と簡単に書きとめ、引き出しの中へ入れる。
完全に引き出しをしめると分かりにくいので、少しだけ引き出しを開けておくことにする。
―他に何か必要なものは?
思わずポーションに目がいくが、別に戦闘をするために公爵家に向かうわけではないのだ。
「特別に公爵家に持っていくものはなさそうだな。」
そうして、俺は鍵だけを持って階段を降り、玄関の扉を開ける。
すると、見覚えのあるメイドが立っていた。
「すまない、待たせた。」
俺はメイドに詫びを入れる。
「とんでもありません。馬車まで案内します。少し離れた場所に馬車を停めております。申し訳ございませんが、私の後を付いてきて頂けますでしょうか?」
「ああ、分かった。」
さすがは公爵家のメイドだけあって、所作が優雅である。
そう言うと俺はメイドの後ろを付いて行くことにする。
―まるで貴族のような。
なるほど、もしかするとどこかの貴族の娘であるのかもしれない。
であれば、ヘイム家から廃嫡され、実質ただの人である俺よりも位が上にならないか?
―聞くのはやめておくか。
やぶ蛇になりかねん。
ちなみにイシュバーンは、元々礼儀などは全く考えていない人間である。そして、中身も会社の社会人マナーくらいしか身に着けていないので、貴族がどのような振る舞いをすればよいのかということについてはさっぱりである。
さながら気分は戦場に向かう兵士のようだった。




