21話
しばらくして、もう日が暮れたころ。
「・・・ん。」
どうやらラズリーが目を覚ましたようだ。
「お目覚めか。」
俺はラズリーに声をかける。
「・・・ええ。あなた、イシュバーン?」
ラズリーはまだ少しぼんやりしているようだ。
「そうだ。」
「なに・・・あれ・・・。」
「それは俺が聞きたい。もう一人いたあの男は誰だ?」
「・・・バルモン家、つまり、もう一つの公爵家の御令息のこと?セフィリアの婚約者よ。彼はどうなったの?」
「さあな、影に取り込まれるところまでは見た。」
「・・・そう。セフィリアが悲しむわね。」
「・・・」
―バルモン家。それは原作中では名前だけしか出てこない公爵家である。だが、詳しくは明らかにされていないが、何か裏のありそうな描写がされていた。
「あなたこそ、どうしてこんなところに?」
「俺か?俺はたまたま屋上で寝ていた。ちょうどクラスルームの前を通りがかったら、あれがいた。」
実際は入学直後からこのイベントに向けて準備をしていた。
「―そう。おかげで助かったわ。」
「ふん。あわよくば王家に恩を売れると思ったが、そこでおねんねとは、アテが外れたようだ。」
「・・・残念だったわね。でもお礼なら私からするわ。私もテレジア家の娘だもの。」
「そうか。では、今度食堂のランチでもご馳走してくれ。」
そう言ってニヤリと笑った。
「―ええ。分かったわ。」
――そして、しばらくの沈黙の後。
「あなた、とても強かったのね。」
ラズリーがぽつっと呟いた。
「さあな。自分でもそれなりにやるとは思っている。」
「・・・最弱のイシュバーンなんてひどい冗談よ。」
「俺は模擬戦なんかには向いていないからな。そういうのとは少し性質が違う。」
「私、あなたの何を見てたんだろう・・・。」
「言っておくが、俺が強いなんて言ってもおそらく誰も信じないぞ。」
「・・・ええ。―本当にひどい冗談。」
―さて、助けることはできたが、この後のことは何も考えてはいない。
――どうしたものか。
「ラズリー。お前はセフィリアを連れて家に帰れるか?確か公爵家の別邸があるのだろう?」
「そうね・・・。でもセフィリアを連れては行けないわ。それに、グラウス、―セフィリアの婚約者も行方不明だし。」
「全く、面倒なことだ。だが、俺は成り行きでお前たちを助けたに過ぎない。俺はもう帰るが問題ないか?」
「―ちょっと待って。あなたの家にそのまま私たちを泊めてもらうことはできないかしら?あなた、今一人暮らしをしているのでしょう?」
誰から聞いた?そんなこと。・・・ルディあたりか。
「おい、話を聞いていたのか?俺は成り行きでお前たちを助けたに過ぎないと。」
―骨折り損のくたびれ儲けどころか、下手すれば牢屋行きになっちまう。
「分かっているわよ。でも私もどうしていいのか分からないのよ。こんなこと・・・。」
「はあ・・・。いいか?俺は無関係だ。何なら通りすがりでお前たちがクラスルームで倒れているところを見つけた。ただそれだけだ。」
「―分かっているわよ。」
俺は返り血でカピカピになった制服を洗うことにする。が、
―洗ったくらいでは血は取り除けないか。
目立たないように制服を細くたたむ。
セフィリアは未だ寝ている。これはスリーブか何かの魔法をかけられたのかもしれない。
ラズリーの方を見ると、
「・・・お願いできるかしら?」
「しょうがないな・・・。」
そう言って俺はセフィリアを背負う。
そのまま俺は誰もいない校舎から出て、離れの館に向かうことにした。
途中、すれ違う人が、男1人に女2人という奇妙な組み合わせを見ることもあったが、特に何事もなく離れにたどり着いた。
「上に部屋がある。」
「・・・素敵―。」
ラズリーはこの館をお気に召したようだ。
「―そいつは良かった。」
俺は階段を上り、空いている部屋にセフィリアを寝かせることにした。




