14話
翌日の夕方。俺は森に分け入っていた。
天気は生憎、雨。どんよりと曇った空に、しとしとと雨が降っている。
―今日は森がやけに静かだ。
念のため、レーダーを使用してみるが、魔物の姿は見当たらない。
これは、何か大物がいるか?
サラマンダーであればよいが。
レイスだろうか?だが、たとえレイスだとしても、ある程度対処法は分かる。問題ない。
たまにこの森は不気味な雰囲気がすることがある。サラマンダーやレイスが現れたときも、そんな奇妙な感覚がした。
だが、今回は森の様子が明らかにおかしい。ここまで不気味だと感じることはこれまでになかった。
―どうする?何だか嫌な予感がする。引き返すか?
だが、そろそろセフィリアとラズリーの生贄イベントが迫っている。その日までにできる限りの準備をしておきたい。
―行こう。おそらく気のせいだ。
そう思い、森に入っていく。だが、ここで引き返さなかったことを後々後悔することになるのである。
――決して大雨ではない。しとしと、しとしと。だが、嫌な感じのする雨だった。
気が付くと、普段は入り込まないような場所まで森に入っていた。
―しまった!
気が付いた時には、どちらが戻るべき方向なのか分からなくなっていた。
―引き返そう!
そう思うが、しとしとと降る雨のせいか、どの方向を見渡しても同じような景色がそこにあるだけである。
いつの間にか、森の奥深くに入り込んでいるようだった。
俺は思いつくまま、来た方向だと思われる道を進んでいく。
―しかし。
いつの間にか、見慣れぬ大きな広く開けた場所に出た。
なぜかそこだけ木々がなく、ぽっかりと広場のようになっている。
―つまり。
何かは分からないが、巨大な魔物の巣であるのかもしれない。
よく見ると、焼け焦げた跡のようなものがある。
そして、ここはサラマンダーが住む森である。
サラマンダーは大きく分けると、竜種の一種である。亜竜という種族に分類される。
サラマンダーそのものも強力な魔物として知られているが、サラマンダーには上位種がいくつか存在する。上位種の中には、フォレストサラマンダーのように、人属に友好的であるものすら存在するが、特に人に対して敵対的で、サラマンダーの中でも最も危険であると言われる種類が存在する。
――ズウン、ズウンという大きな足音を響かせてそいつはやってきた。
ただでさえデカいサラマンダーより、更に一回り、いや二回りは巨大である。
――フレイムサラマンダー
「ゴオアアアアアアアアアアアアアア!!!」
大きく咆哮するや否や、サラマンダーの全身が大きく燃える!!
俺は考える間もなく、逃げることにした!
迅雷で何とかできないこともないかもしれないが、その場合、俺もあの燃え盛る炎熱に巻き込まれることは容易に想像できる。下手をすれば、迅雷を命中させられずに、炎熱を食らうだけという酷い結果になるおそれもあった。
この後のイベントを乗り越えるためにはこの場を離脱するしかないが、そんなことを考えられるほど暇ではない。
今ここで大事なことは、何とかここを離脱して、明日を迎えることだ!
つまり生き残らねばならない!!
俺は雨に濡れ、泥だらけになりながら、それでも遮二無二になって走る!
後ろからは火の手とともに、ズゥンズゥンと大きな影が迫ってくる!
「まずい、まずい、まずい!!!」
それでも走る!
「はあ、はあ、はあ・・・。まじかよ・・・!」
―追い詰められた。
気が付くと、山の壁際まで走って来ていた。
逃げるためには、あの斜面を駆け上がるしかない!
――迅雷で届くか?
そんなことを考えたのがいけなかった。
フレイムサラマンダーが大きく口を開け、炎を吐き出してくる!!
「迅雷!」
回避だ!硬直はしない!
俺は火の手が回っていない場所に高速移動し、着地直前で一気に魔力を切る!そして、その瞬間に魔力集中を行う!!!
―何とか回避することができた。
だが、回避した目の前に巨大な爪が迫る!
―しまった!
咄嗟に後ろに飛びながら、両手に魔力を集中させる!!!
ギイン!
硬い音がし、しかし俺の腕が深くえぐられる!
だが、距離をとることができた。
一瞬腕を見ると、闘気と魔力で両腕が覆われている気がしたが、それを確認している場合ではない。
血だらけの腕を何とか動かし、ポシェットからポーションを取り出し、半分飲む。
目はフレイムサラマンダーから決して外さない。
すると、やつは再度大きく口をあける。
「っつ!迅雷!」
再度瞬時に移動する!
すると、そこへちょうどフレイムサラマンダーの尾が飛んできた!!!
――ゴウッッ
こんなところでバランスを崩している場合ではない!咄嗟に魔力を切り替え、全身を魔力と闘気で覆う!
すると、再度キインという金属音のような硬い音がし、サラマンダーの尾にそのまま吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられてしまう!
「グハッ」
気が付くと、せっかく持ってきたポーションやマナポーションが割れていた。
血の気が引いたとはこのことだろう。
―手がカタカタ震える。
ざああああっという冷たい雨音だけが聞こえる。
いつの間にか大雨になっていたようだ。
しかし、火の手は周囲を取り囲み、一体どこに逃げろと言うのか。
目の前を見ると、フレイムサラマンダーが大きく口を開けようとしていた。
―こんなところで
「クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
俺は叫んだ!!!!
力!力が欲しい!!
今目の前のこのクソッたれな竜を!いや敵を!いや世界すらも凌駕できるそんな力が!!!!
まさに灼熱の火炎が吐き出されるその瞬間
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!!!!!!!!!!!!
――真っ白な世界で轟音が響いた。
こんな音は今まで聞いたことがない。耳がどうにかなってしまったかもしれない。
白い世界が元に戻っていく。
俺の目の前には、黒く焼け焦げた一体の巨大なトカゲが横たわっていたのだった。