13話
「侯爵家のご令嬢?」
その日の晩飯はメイドではなく、セバスが持って来ていた。
「ええ、イシュト様も学院にご入学されるに当たり、婚約者が決まりまして。メドゥイット家のご令嬢です。」
メドゥイット家、つまりはおそらくはヒューヴァの妹か。ちなみに俺は直接会ったことがなく、どんなやつかは知らない。
「これで我が家も安泰というものだな。」
そう言って俺はニヤリと笑う。
「―坊ちゃん、悔しくはないのですか?」
「そもそも、俺はイシュトのことなど気にかけている場合ではないからな。」
「そうですか・・・。メドゥイット家のご当主様と、ご嫡男様、そしてご令嬢様が今度ご挨拶に来られるようです。」
「まあ、俺がそっちに挨拶をしに行くことはないだろうな。」
「承知致しました。」
「・・・坊ちゃん、それでお願いがあるのです。」
「何だ?セバスが俺に何か願うようなことがあるのか?」
いつも俺の方から手伝ってくれと言うことはあっても、セバスの方から言ってくることは珍しいことだった。
「ええ。ご当主様が以前のボアのステーキを大層お気に召されまして・・・。この肉をメドゥイット家にもご馳走したいとのことです。」
「いや、あれは高級なボアでも何でもなく、その辺にいる野生のボアだぞ?」
「ええ。市場の高級のボアの肉よりも遥かに美味いと。私もこれまでに食べてきたボアの肉の中で、坊ちゃんが取ってこられるボアの肉が一番味が良いと思います。」
――面倒なことになった。
「つまり、あれか?親父殿が欲しいと言えば、俺はボアを取りに行かなければならんのか?」
「いえ。私たちもあれは特別な肉で、普段は取ることのできない特殊な肉であると、ご当主様には説明しています。」
「・・・分かった。だが、あれは森で取れるものだ。ボアがいつも森にいるとは限らない。それこそ、野生のボアにでも聞くしかない。セバスに取ってきてくれと言われ、ほいほい取ってこられるものではない。」
「ええ、承知しております。私どもも、ご当主様には、取り寄せできない場合があり、その際は免じて頂くよう、申し上げております。」
「しょうがないか・・・。たかが野生のボアの肉が酷く高くついたものだ。」
「申し訳ございません、坊ちゃん。」
飯を食いながら、俺は鍛錬のことについて考える。
まず優先するべきは、迅雷のいわゆる格ゲーで言うところの、技キャンセルとでもいうべきものの習得である。
迅雷は発動しきってしまうと、最終的に攻撃動作を行うかどうかを問わず、魔力を消費し、体、特に手足および体幹が硬直する。しかし、迅雷を着地すると同時に魔力を切ると、体が崩れる代わりに硬直することはない。そのため、迅雷の着地点付近で、魔力を一度に切り、その後瞬時に魔力集中をすることで硬直を回避することができる。
これまでの魔力集中の鍛錬の成果もあり、態勢が崩れるところから、少しバランスが崩れるくらいまではもっていくことができた。
このまましっかりと迅雷の鍛錬を継続することで、いずれそそのままスムーズに魔力集中に繋げることができるだろう。
もう一つ、俺の課題としてやらなければならないことがある。それは、魔力集中による防御力向上の程度である。魔力集中によってある程度魔法防御力が向上することは、既にサンダーボルトの実験を通じてある程度検証済みである。それでは、通常の攻撃に対する防御力も魔力集中によって高めることができるのだろうか?これは未だ未検証であった。
そのためにも、もう一度、今度は迅雷を使用せずにサラマンダーと戦いたいと思っていたところだ。サラマンダーもボアも森にいるので、サラマンダーを探すついでにボアがいれば、狩っておこうか。
そうして、いつものように、飯を食い終えた。
そして、鍛錬場で迅雷の鍛錬を継続するのだった。