11話
「もうすぐ長期休みじゃねーか。」
いつもの屋上で、いつものように飯を食っているとルディが声をかけてくる。夏になって俺もサンドウィッチを食ってばかりだ。
「ああ、そうだったな。」
セフィリアとラズリーの生贄イベントは終業式のある日のちょうど前日である。
「イシュバーン、夏休みに何か予定があるのか?」
ルディがサンドウィッチを食いながら言う。
「夏休みか~。特に予定はないな。」
ちなみに、本当に予定はない。つまり、うまくイベントを乗り越えることができれば、鍛錬し放題である。やったぜ。
「イシュバーン、ヘイム家って確か侯爵家だよな?」
「そうだな。侯爵家に何か用があるのか?」
「いやな、ヘイム家のイシュト様のパーティーの招待状が俺のところに来たんだ。」
ヘイム家の跡取りがイシュトになったわけだから、様付けで呼ぶのであろう。変なところで律儀なルディである。
―イシュトの入学が決まるのは決定事項として、予め招待状を親父が送付しているのかもしれないな。
「ふうん。俺は何も聞いていないな。この前魔法学院への入学が決まったと執事から聞いたから、それのパーティーかもな。」
「イシュバーン、お前は参加するのか?」
「俺が?イシュトの?俺はパーティーの日付や場所すら知らされていないぞ。」
そもそもパーティーが行われることすら今知った。
「つまり、パーティーに行くと、また気まずい思いをするのか、俺は。」
ルディがげんなりした顔で言う。
「貴族も大変だな。」
「イシュバーン、お前が変なんだ。普通、貴族はパーティーとかお茶会とかで忙しいはずだ。」
「ルディ、そんなことをして一体何の意味があるんだ?」
それなら、鍛錬をする方が、よほど有用性が高い。
「それは、貴族としての社交界がどうとか。だが、実際のところ俺にも分からない。」
ルディもパーティーやお茶会の意義を見出せないようだ。
「じゃあ参加しなくていいんじゃないか?」
とりあえず、素直に思ったことをルディに言ってみる。
「イシュバーン、相手は侯爵家だ。それをお前は断ることができるのか?」
「可能だ。イシュトは俺の弟だからな。」
「そうだった、そうだったよ・・・。」
苦々しい顔をするルディ。その顔はどういう意味だ。
――と、ふいに屋上の扉が開いた。
「セフィリア、ここなら風が涼しくて、気持ちよくてよ?」
「ええ、ラズリー。良い場所を見つけたわね。」
「セフィリア様、あちらの日陰の場所はいかがでしょう?」
取り巻きのうちの一人が言った。
「ええ、そうね、涼しそうで良さそうね。」
見ると、セフィリアとラズリーの一団だった。それぞれ手に小さな箱を持っている。弁当だろうか?
「―あら? げっ。」
こちらを見たラズリーが嫌そうな顔をする。
げって何だ。げって。少なくともこの学院のお嬢様が言う言葉じゃあないぜ。
「セフィリア、別の場所にしません?」
すると、セフィリアもこちらを見て。
「そうね。ここは暑苦しくて良くない場所ね。」
―おまえ、少し前に涼しそうで良さそうとか言ってなかったか?
しょうがない。文句を言うことにする。
「おい、お前たち。ここは良さそうな場所と言っていたではないか。」
「おい、イシュバーン。まずいって。」
ルディがうろたえている。
「気にするな、ルディ。あいつらは明らかに俺たちに気が付いてこの場所を変えると言い出したのだ。文句を言って然るべきだぜ。」
「あら、イシュバーン。ご機嫌よう。そうね、涼しそうに見えたんだけど、実際には暑苦しかったのよ。御免あそばせ?」
ラズリーが涼しい顔をして言い放つ。
「―つまり、俺たちが暑苦しいと言いたいのか?」
俺はラズリーに言い返す。
「おい、イシュバーン。それじゃまるで俺もお前と同類みたいじゃないか!」
ルディが文句を言ってくる。
「―違うのか?」
ルディは何も言わず頭をかかえる。
「イシュバーン、それは自意識が過剰というものですわ。それにそちらの方を巻き込んでしまっては失礼でしてよ?」
―まったくもって嫌味な奴だ。
「まったくもって嫌味な奴だ。」
声に出てしまった。
「―セフィリア、行きましょう。ここは何だか居心地が悪いわ。」
「ええ、そうしましょう、ラズリー。それでは皆さん、ご機嫌よう。」
そう言って、セフィリアとラズリーの一団は去っていった。
―何しに来たんだ、あいつら。




