9話
「このように、魔法陣を応用することで、スクロールという特殊な羊皮紙でできた巻物に魔法陣を収め、保存しておくことができます。術者がそのスクロールにいつでも魔力を流し込むことで、簡単に魔法を発動させるということもできるのです。」
「ただし、スクロールは消耗品です。地表に描かれた魔法陣のように、一度描けば、図が存在する限り魔法陣として機能するものと比べて、スクロールは脆く、魔法を使用する度に損傷するので、何度も同じスクロールを使用することはできません。」
「それを回避しようとすれば、このように、石板に魔法陣を描けばよいのです。石板は重ければ重いほど、耐久性に優れ、魔法陣も安定しますが、それなりに軽い石板であれば、やはりスクロールほどの耐久性しかありません。ですが、軽い石板であっても、スクロールよりは重い。そのため、冒険者に好まれるのはスクロールなのですね。」
「基本的にスクロールに描かれた魔法は、その魔力適性があり、詠唱して魔法が使いこなすことができる程度の魔力がなければ使用することはできません。ですが、私たち魔法使いの中には、自身の魔力を込めることで、魔力適性があるだけでスクロール中の魔法を発動できる、そういったスクロールを作成できる者もいます。そういったスクロールは市場でも非常に高価に取引されるものです。」
―そろそろセフィリアとラズリーの生贄イベントが近い。
俺の実力は充分だろうか?
今回のイベントの詳細についてはあまり知らない。
ハーヴェルとの模擬戦では、俺は、予め試合の流れを把握できていたことが大きい。
それに比べれば、今回はどんな規模のどんな敵が出てくるのか明らかではなく、未知の部分がかなり多い。
そうは言っても、俺の今後の人生において、このイベントを乗り越えることは必要不可欠だ。
貴族の嫡男の地位を廃嫡で逃し、婚約破棄までされている以上は、自身の実力を乗り越えなければならない。
貴族として独立するとまではいかないが、セフィリアに恩を売ることができるというのは、今後の俺の人生についてかなりプラスに働く。
だが、このイベントを乗り越えるに当たって一番の懸念が、俺の実力が果たして充分かということである。俺の今残っている課題を整理することにする。
まず、迅雷の硬直時間の回避について。これまでのところ、迅雷の硬直をどうにかする手だてを見つけられてはいない。セフィリアはともかく、ラズリーは現時点でも十分に強力な魔法使いだ。それを考えると、おそらく敵は複数だろう。迅雷を使用して一々(いちいち)硬直していては話にならないおそれがある。
次に、闘気について。これも今のところ、自在に扱いきれてはいない。だが、これは実戦になれば勝手に発動する場合があるので、優先順位は低く設定する。イベントに間に合わなくてもよしとしよう。
そして、防御力について。魔力集中によって防御力が向上することは分かったが、実際にどの程度向上するのかを知ることはできていない。検証が不十分な状況である。検証を行うためには、少なくともサラマンダー程度の魔物と戦う必要があると考えている。
課題全てをセフィリアとラズリーの生贄イベントに間に合わせることはできないかもしれない。優先順位を付けて対応することが重要だ。
最も優先度が高いものは、迅雷の硬直時間の回避である。次に、防御力の更なる検証。
「聞いているのですか?イシュバーンさん。」
少し神経質そうな女の講師が声をかけてきた。
「ああ、もちろんだ。」
―何の話だっけ??
「それでは先ほど私が申しあげました事柄を説明してください。」
またこのパターンか。と辟易しながら、
「要するに、スクロールを作成することで、魔法使いでも金儲けができるということだろう?」
俺がそう言うと、クスクスと笑い声が聞こえた。
「・・・イシュバーンさん、あなたは魔法を一体何だと思っているのですか。」
自身の眼鏡を触りながら、講師が難しい顔をするのであった。




