5話
学院にて。
「おい、イシュバーン。」
「なんだ?ああ、ハーヴェルか。」
物語の主人公サマの登場である。
「おまえ、今度俺と模擬戦だろう。覚悟はできているんだろうな?いつもあれだけ威張っているんだ。」
「ああ、そのことか。何だ?予めの敗北宣言でもするのか?」
俺はニヤニヤしながらハーヴェルに言ってやる。これは確か、そういったイベントだったはずだ。
「どの口が言うか!俺が勝利し、お前が敗北する以外ないだろう?」
「さあな。勝負など俺の知ったことではない。」
本来なら、ここでイシュバーンは激高し、ハーヴェルに食ってかかる。しかし、今の俺にはここでそんなエネルギーを消費するのは何とも馬鹿げたことだと思った。
「ああ?何だおまえ?」
ハーヴェルが困惑した様子で俺を見る。当然これまでの俺であれば、ハーヴェルにちょっかいをかけるのが普通だった。
「俺が勝っても何の得をすることにもならんからな。賭け事は禁じられているし。」
「・・・お前にはプライドというものがないのか?」
ハーヴェルが驚いたような目をしている。この辺りはいかにもザ・主人公といった感じである。ハーヴェルは、イシュバーンと同じくらい勝負にこだわる性格だった。
「ふん。プライド?そんなものはとうの昔に捨てた。」
「・・・見損なったぞ、イシュバーン。」
「ほほう、俺がお前に認められていたとは、初耳だ。」
俺は相変わらずニヤニヤしている。
「もういい。」
そう言って、ハーヴェルは立ち去った。
クラスの皆が先ほどのやりとりを注目して見ていたようだ。大体いつもはイシュバーンがハーヴェルにちょっかいをかけ、それにハーヴェルが激怒するという展開だが、今回は、ハーヴェルの方から仕掛けてきたことに驚いているのかもしれない。
ちなみに、俺とハーヴェルは口論や、ちょっかいを出すものの、これまで実際に模擬戦をしたことがない。次が初めての模擬戦になる。
だが、これまでの実習やら授業やらで、大体の実力差を察してはいる。ハーヴェルは3つの属性の魔法に加え、剣もかなりの腕前であり、対する俺は、剣はからっきしであり、魔法もちんたら詠唱しなけりゃならんし、使える魔法はサンダーボルトだけときた。
賭けができれば、俺だってハーヴェルに入れる。
――問題は、どのようにしてハーヴェルに負けるか、だ。
ゲームのように無様を晒すのは、今後の学生生活に関わる。とはいえ、万が一勝ってしまうと、今後の展開に影響しかねない他、むやみに注目を集めてしまい、面倒なものがある。
敗北するにしても、適当に形をつけなければならないのだ。ある意味で勝利するよりも難しい。
ハーヴェルはやるからには、決して手を抜くことはない性格であることを知っている。
模擬戦だというのに、魔法剣を使用してくるはずだ。
あれを避けるのは至難の業だ。やれるとしたら、ライジングを発動し、瞬時に回避し、しかし、あたったように見せかける。
―これは俺にとっては模擬戦ではない。
いかに周囲をうまく誤魔化すかという、心理戦の一種に思えた。
そんな青写真も、ライジングを覚えることができるかどうかにかかっているだろう。
イシュバーンの実力は、実際のところ、ハーヴェルはおろか、アイリスやプリムにすら劣る。さすがにルディよりは強いと信じたい。つまり、俺の計画は荒唐無稽のもので、手に入れることができるかどうか分からん魔法頼りということである。
そういうわけで、俺はいつもの森でボア相手に戦闘を行う。狩りすぎて生態系を破壊しては困るので、実際の狩りはほどほどにしておいて、後は自主練、それにイメトレをメインで行う。
ちなみに、途中で現れることが多い、フライングバット。あれは俺の体術のよい訓練相手になった。今の俺ではサンダーボルトで倒すことはできないが、これまで習得した体術を色々と試すことができたのだ。
ハーヴェルとの模擬戦では必要ないだろうが、もしかして今後いずれ必要になるときがくるかもしれない。